0026-二人のデート②
プーサはいつものように愚痴っていた。
「ったく、何が悲しくて人のデートの出歯亀なんかしなきゃならないんだっての…」
護衛部隊だから…そんな事はわかっている。
単にメチャクチャ羨ましいから愚痴ってるだけなのだから、これは正当な愚痴である。
だが、愚痴りたいのはそれだけではなかった。
「しかも相手が一週間程前に会ったばかりのお姫様とか、あの人頭おかしいんじゃないか??」
コレガワカラナイ。
ミーティングの際にも議題に挙がったが、誰にも具体的な答えを出すことは出来ず"カイだから"と納得するしかなかったのだ。
そして、もう一つ愚痴りたいのだがプーサはそれを何とか我慢していた。
それはイオの事であった。
イオはこの度正式にプーサの部下として配属されたのだ。
プーサにとっては正規軍に入隊してたった一人ではあるが初めての部下となる。
勿論、軍学校では士官候補として同期の仲間を引き連れる小隊リーダーをやっていたので経験的には問題ない。
それにトールソンの軍学校は経験値ボックスに囲まれているという立地条件ゆえに、訓練には実戦訓練が豊富に組み込まれている。
軍学校のプーサの戦績的には特務兵を一人任せるくらいは問題ないと判断されたのだろう。
だが問題はイオの待遇である。
それがどんな待遇であるかというと…上等兵…。
せめて伍長にしてくれと頼み込んだが聞き届けられる事はなかった。
この意味は何かというと"イオの責任は全部プーサ持ち"である。
しかも、仮にも軍に先に入隊した先輩であるイオの教育係までやらされるオマケ付きだ。
特務中尉として自分より給料が高い奴の責任を全て自分がとり、尚且つ教育係までやらされるこの不条理。
そして、それはまだ序の口であった。
一番の問題は今隣を歩いているイオという存在そのものである。
本日の任務はカイ達を尾行し護衛するわけであるが、ピッタリ張り付くのはセルゲイとクルセイの二人。
プーサとイオは遠目からそのバックアップとして動くことになっており、別行動で劇場に入り込むことになる。
先輩たち二人は当たり前だが自分たちで判断して行動が出来るため個別に劇場に入場する事になる。
だが、イオはそうはいかないためプーサが上官として御守をしなければならないのだ。
しかし、そこまではまだ許容範囲内である。
問題は…ちらりと横の存在を盗み見ると…
………どっからどう見ても美少女な男子がそこにいた。
春らしい清楚な純白のワンピースに身を包んだ少女風…少年。
胸もパットでも入れているのか、慎ましいが膨らみがあり完璧な女装と言えよう。
いつもはフードを愛用し隠れるように深く被ろうとする。
フードではただただ根暗陰キャのイオだった。
だが今日はフードではなく帽子を被っており、この服装で人とすれ違うたびに帽子を深く被ろうとするその様はただただ可愛いだけである。
まるでプーサの妄想の中の理想の少女が現実に飛び出てきてしまったかのような…少年。
野郎二人で演劇を見に行くというのがどれほど虚しい行為かは理解できる。
だからこそ、イオが身を張って…(いや、多分セルゲイ大尉かクルセイさん辺りに騙されたな…)
それにしたって、コレはダメなんじゃないか??
そもそもである。
「ってゆうかその服どうしたんだ?」
まさかアルフィーに借りたわけでもあるまい。
もしそうなら、フィドラークラブの連絡網でトールソン中に緊急連絡が飛ぶレベルの大事件になる。
「えっと…セルゲイ…さんが、お洋服屋さんに連れて行ってくれて…選んでくれた。」
「Oh…」
あの変態爺、ついにイオのケツに狙いを定めてやがった…
「他には何もされなかっただろうな?」
恐る恐る聞いてみる。
するとイオは「うーん?」と首をひねりながらも思い出すように言った。
「…あっ!こんな大きなソーセージ食べさせてくれた。」
「それなら俺の方が大きいって、やかましいわ!」
ちなみに正真正銘女の子であるイオにセルゲイが服を選ぶ事になったのは単なる消去法の産物である。
メルルはイオが慣れていない上に田舎の芋娘。
プーサには荷が重い。
クルセイだとただの変態。
アルフィーは論外。
カイだと逆に着せられる。
…以上の理由で一番無難だったのがセルゲイだったのだ。
そしてセルゲイも当たり前だが、イオを狙うような趣味は持ち合わせてはいない。
洋服だって特にセルゲイが選んだというわけでもない…
店には連れて行ったが、イオもセルゲイも服の良し悪しなどわからない。
なので、マネキンに着せてあった服を店員に言ってイオに着せてもらい、店員に似合うかどうかを確認してもらった。
そして、大丈夫そうだったので即断で購入し半時もたたないうちに店を出たのである。
そんな事も知らず、プーサはイオの男女についての理解不足を憂いていた…
そして、今度自分の宝物である聖典をイオに見せてやって男の何たるかを教えてやろうと決めたのだ。
聖典:きょぬ~の赤毛ちゃん
カイが広めた知識の中で最も尊敬を集めているであろう概念。
そのおかげで識字率を著しく高まり、性犯罪を激減させるという、まるで奇跡のような現象を起こしたと男たちは皆口々に言い張っている。
口からもクソを出すトールソン女から解放されるための娼婦のお姉さん達と双璧をなす癒しの象徴…エロ本。
その中でもひと際白熱する議題…それが、トールソン男の深層心理に焼き付けられた理想の女性像"赤毛ちゃん"である。
そして数ある赤毛ちゃん本で最も光り輝いていると言っていいプーサ一押しのあの本をイオに見せることで自分が男であることを認識してもらおうと考えたのだ…
プーサは気づいていなかった。
イオの男としての扉を開いてやろうと手にかけたその扉が地獄の門だという事に…
――――――――――
「っと、ありゃりゃ?裏道から来ると劇場って宿からあんま離れてなかったな。
早く着きすぎちゃった。」
クルセイが作ってくれた王都の概略図を見たプーサは、普段使っていた道とは別のルートで劇場に向かった。
軍事施設は勿論、様々な価格動向などを調べるために市場などにも頻繁に訪れる事はあったが、娯楽施設は全く手つかずだったのだ。
この際だから別ルートを探しておこうと人通りが少ない裏道を歩いてきたのである。
「はいる?」
「どうせ入ってもやることないし少しサボろーぜ。」
周辺の安全調査の名の下、少しサボる事にしたプーサはキョロキョロと辺りを見渡し面白そうなものを探した。
イオもいいのかな?とは思いつつも素直にプーサについて行く。
「お、美味そうな屋台発見!」
「あ、うん…あれ、セルゲイさんがイマイチって言ってたよ?」
「そーか、ガックシ。なんか王都来てからカイ様の手料理しか美味いもの食ってない気が…」
そうは言いつつも、見た目は美味しそうなので二つ購入して一つをイオに押し付ける。
イオは渡された食べ物を見て思わず目を輝かせてしまう…
(いや金払えよ…)
とは思ったが、お尻の辺りが揺れているのを見ると尻尾を振るほど喜んでいるようなので、まあいいかという気分になった。
パンに野菜と肉を挟んだサンドイッチのようだが…
パクりと齧り付く…確かに…
感想はセルゲイが言ったという言葉に同意で"イマイチ"であった。
それぞれの素材単体の味はトールソンより遥かに美味いのだが、いかんせん味付けが殆ど無いのだ。
塩などの調味料が主に保存用に優先され庶民には高くなってしまう事もあって王都の食事は殆ど全て薄味になってしまう。
本当に食べれるかわからないようなマズい食材を無理やり調理して食べるトールソンとは根本的に食べ物に対する姿勢が違うのだろう。
要はカイが悪いと結論付けてサンドイッチを口に放り込んだ。
一応調査の名目でサボっているのでアリバイ作りに、周辺調査を行いイオに地形を覚えておくように言っておく。
ただ、途中からイオが覚えきれずに頭からプスプスと煙を上げ始めたので調査も途中で切り上げ劇場の場所まで戻る事にした。
歩きながらプーサは手元のチケットを眺めていた。
「このチケット、ダフ屋通すの覚悟してたのに普通に手に入ったんだけどほんとに大丈夫か?」
「どゆこと?」
「席が余ってるってことだよ。
面白けりゃ噂聞きつけた奴やリピーターでチケットなんて買えなくなるだろうに、初公演からそこまで日が経ってないのに空席かよ。」
気が滅入る話であった。
本当なら、護衛の仕事をしながらついでに演劇を軍の金で見ることが出来るおいしい仕事なはずだったのだが。
「てか、よりにもよってカイ様にこんな怪しげな公演よく見せようと思うよな~。」
「え?カイ様って劇嫌いなの?」
「いやいや、そんなはずないだろ。
逆だよ、大好きすぎて金取る演劇は論評が辛口になるの。
そもそも"黒と白の百合姫"ってカイ様が作った歌劇だぞ?
コピー品だとしてもここまで落ちぶれてるとかどんなん?」
「そーなの!?」
「俺も3回は見に行ったんだけど…イオもしかして観たことないのか?
トールソンに住んでるなら一度は観とけって、帰ったら連れてってやるから。」
「うん!…あ、でも帰るまでやってるのかな?」
「あー大丈夫。あそこの劇団それしか能がないから…」
「そっか、えへへ」
思えばトールソンの女というのはとんでもない奴が多い。
一度可愛いと思った女の子をデートに誘った事があったんだが、一言目で「奢り?」である。
勿論奢るつもりではあったのだが、その時は一瞬の判断力で「割り勘」と答えると「じゃあ行かない」ときたもんだ。
あの時の判断は自分でも素晴らしかったと思う。
それが例え、後から"プーサちゃんはケチんぼ"という噂が流れようとも、野郎どもと情報共有は出来ているのだから…
演劇に連れて行くと言っただけで純粋に喜ぶイオに思わずニマニマしてしまうプーサ。
………
(何やってんだ俺!)
何かに目覚めてしまいそうになるプーサであったが鉄の心でこれを引き止めた。
ふと、護衛メンバーの顔合わせミーティングの席でイオを見せながら放ったあの悪魔の声が聞こえてきた。
『ほれほれプーサちゃ~ん、見てみろよ男の娘みたいだろ、これなら欲情しちゃってもいいんだぞ~?』
…
…
…ガン!
悪魔の思い通りになどなるものかと地面に頭を叩きつけて正気を取り戻すプーサ。
これに驚くのはイオだ、先程まで隣で普通に話していた人間が突然奇行に走ったのだから。
勿論周辺住民の皆様も変人を見る目でこちらを見ているが…
「プ、プーサ!?血でてるよ?」
あん?と額を確認するが、どうやら少し切っただけで傷とも呼べない程度だった。
「こんな程度舐めときゃ治るから問題ない。」
「え?あ、うん…うん?」
しかしだ…
どうやって自分で額を舐めるのだろうか?
プーサは頭がいいからもしかしたらできるのかもしれないが、同時に責任感の強い人でもある。
…心配だ。
「…そうだ!」
イオは天啓が下りたかのように名案が頭に浮かんだ。
そしてそれを即座に実行に移した。
自分の家族になってくれたプーサが血を流している光景など一秒たりとも見たくないのだ。
プーサの前にまわって突然プーサのクビに手を回す。
そのままスッと頭を胸の方に引き寄せると…
ぺろぺろ…
突然プーサのおでこを舐め始めたイオ。
…
…
…へ?
プーサの視界が突然イオの胸元でふさがれ、おでこに何やらくすぐったい感触が訪れる…
一瞬何が起こったかわからなかった。
だが、次第にイオが何をやっているのかが理解できるようになり…
「おおおおおおお前ぇええええ!!!ななななにやって!!!!」
慌ててイオを引きはがすと、イオは何故引き離されたのかがわからず「?」を浮かべながらキョトンとする。
「?じゃねーよ!!」
プーサが文句を言おうとするもここは街中、既に周囲の生暖かい視線が二人に集まっていた。
慌ててイオの手を引いて後ろから「お幸せに~」などと声をかけてくるのも無視してその場から離れる。
「イオ、他でもそんな事やってんじゃないだろうな!?」
「え?やってないけど。」
「もうやるじゃないぞ!!」
「うん分かった…」
プーサの言葉通り他の人には絶対やらないと心に決めるイオであった。




