0025-二人のデート①
当日
カイは待ち合わせに指定された街の噴水前で時間よりも早く来て待機していた。
皆からは早すぎるからギリギリに行けと言われたが、流石に一国の王女を1秒でも待たせるわけにはいかない。
そして今は二人目のナンパを追い払ったところだ。
遠くで張っているセルゲイとクルセイ…
今度は男がナンパしてくる方に張っていたセルゲイが勝利したらしい。
カイを賭けの対象にするなと言いたいところだがこればかりはしょうがない。
目立つ人間はそう言った対象になりやすく、トールソンの連中はギャンブルが大好きなのだから。
ちなみに軍規では金銭等を賭ける事は金銭トラブルで殺人の原因にもなりかねないので禁止となっている。
せいぜい今日の酒代くらい…というルールだ。
と言っても、小銭程度なら上司も見なかったことにするくらいの融通は利くし、ひとたび軍を離れるとギャンブルで散財するのがほとんどなのだが。
男が口説いてくるという悲しい出来後を振り払うかのように噴水を眺める。
この噴水は魔道具によって動いており、トールソンの中央広場でも過去の遺物として噴水が壊れた状態で残されていたため、修理をして夏の間は稼働させている。
ただ、酔っ払いが頻繁に池に飛び込むのが悩みの種だったりするのだ。
王都はどうだろうかと近くのおばあちゃんに尋ねてみると…やっぱり飛び込むらしい。
とは言っても祭りの時とかだったりするのだが。
そこからおじいさんとの馴れ初め話を聞くことになり、教会の二つの鐘が鳴り約束の時間が訪れた。
カイが鐘の音に聴き入ってたことで、おばあさんは随分話し込んでいた事に気が付きそれじゃあと言って別れを告げた。
あのおばあさんには、祭りの熱気に浮かれ全裸で池に飛び込みその勢いで求婚したおじいさんの黒歴史をずっと大事にしてもらいたい。
………
……
…
「お待たせしました!」
約束の時間からおよそ20~30分後ほどでティルが来た…
一見遅刻に見えるかもしれないが、コレには王女ならではの大きな理由がある。
先ず第一に時間通りに来るという事はそれだけ暗殺などの計画があった場合、そのシナリオ通りに進んでしまう可能性が高くなるのだ。
そしてもう一つの理由が遅く来る事で相手に自分が上位者であるという事を分からせる意味合いもあるのだ。
「いやー、変装に凝っていたら少し遅くなってしまいました。
どうですか?カイ様とお揃いで黒髪のカツラを被ってみたんですが。」
………
「イエ、イマキタトコロデスノデ。ええ、お似合いですよ。」
若干イヤミのようなものがこもってしまったが、どうやらティルは気が付かなかったようだ。
それにしてもよりにもよって王都ではあまり見ない黒髪を選ぶとは…
「うーん、この格好どうだろう…
あまり目立たないように庶民っぽい服を選んできたんですけど。」
「どっからどう見てもお忍びの貴族令嬢に見えるので大丈夫じゃないでしょうか?」
治安が割といい王都では貴族に対してわざわざ危害を加えて首を飛ばされるような事はしないだろう。
無論、金を持っているのは見て分かるのでそれ目当てでスリや物を売りつけようとする人間は寄ってくるだろうが。
正直致命的な問題になるような事に巻き込まれなければいいのだ。
ちなみに目立たないようにしたいなら黒髪はダメですけどね。
「そうですか?ならいいんですけど…私も男装した方が良かったかな?」
「………男装されている方がいるのですか?」
そしてティルはキョトンと当たり前のように失言を放つ。
「え?それはもちろんカイ………あ~、いたような?」
高速で目を逸らすがもう遅い。
「人と話すときはこちらを見て話しましょうね?」
「はい…ごめんなさい。」
わざとらしくシュンとして謝ってくるティルに呆れてしまうカイだった。
「ところで本当に歩きでよろしかったのですか?」
「ええ、普段はたまに友人と出歩くくらいだから、ゆっくり歩いてみたいの。」
「護衛はほんとにつけていないのですか?」
「今日は頼りになる騎士様が付いていますでしょう?」
「困った人だ、何かあったら俺や周りの事は無視して先ず自分の身を守る事を考えてくださいね?
約束ですよ?」
「は~い!」
女学生らしい元気な返事に思わずクスリと笑ってしまい「それでは参りましょうか、お姫様。」とエスコートをするカイ。
これにはティルも思わず吹き出し、カイの腕に飛びつく。
「よろしくお願いしますね、騎士様。」
―――――――――
演劇が始まるまではまだ時間があるので、二人は街をぶらつく事にした。
これはティルの予定通りであり、待ち合わせ時間を聞いたカイもそうなる事はわかっていた。
カイとしてもただ演劇に行くだけではつまらないし、領暮らしのティルを晩御飯に誘うわけにも行かないのだから助かるといえる。
もし演劇だけだった場合、一緒に遊びに行った際の評価が演劇が面白かったかどうかで終わってしまう。
自分の人物評価を他人が作った演劇に委ねるなどこれ程悲しい事はない…
そしてティルの思惑だが、純粋に王都に来たばかりのカイに王都を好きになってもらいたかったのだ。
正直トールソンという土地について考えたのはカイに会って初めてという程、知らない土地だった。
カイという人物に自分が興味があるというのは明白で、トールソンについてもこれから見識を深めようとしている所だ。
同い年なはずなのに年上と話しているような落ち着きがあり、一緒にいてとても安心する。
学園に入ってから男性にここまで興味を持ったのは初めてと言っていい。
カイが魔無しという事を考慮するとあり得ないとは思う…
だが、もしかしたらとも思うのだ。
恋をしているかと言われればノーである、だが結婚相手がカイだと言われたらどうだと言われれば…
多分ティルはYesと答えるのではないだろうか。
そのくらいにはカイに対して好感を持っているのだ。
それ故に、そのもしかしたらが頭をよぎってしまい、将来ともに治めるかもしれない王都を見てほしいという…
まあ、言ってみればちょっとした願望が前に出てきてしまったのだ。
そんなわけだから、ティルが案内をしたのは貴族用の商業地区ではなく、平民が集る市場のような場所だ。
そこは出店や露店などが並び人々が行きかう活気のある場所だった。
食料から、小物、道具など生活用品を中心に様々なものを売られている。
王都は近くの町や村だけでなく、他領からも多くの物が集る大都市である。
そしてこの場所にはそれを売りさばこうと一生懸命働く人々が集まっているのだ。
カイは屋台や露店を興味深そうに見ていく。
王国のあらゆるものが集るココは、当たり前だがカイにとっては物珍しさ満載であった。
王都について今まで色んな施設を視察してきたが、この市場については訪れていなかった。
見ていくと、羨ましい事に小麦、野菜などの食材関連は物凄く安い。
そして、塩、香辛料などの輸入に頼らざるを得ないものに関してはすごく高い。
勿論、報告は受けていたので驚くことはなかった。
ただ、実際に見て回ると…漏れだろうか?報告にはなかったような物もあったりする。
その一つでカイは足を止めた。
この行動にティルは思わずギョッとする。
何故よりにもよってそこで足を止めたのか?…と。
「店主、これはなんだ?…虫か?」
カイが足を止めたのは一軒の出店。
そして、ティルが驚いたのはその屋台が出している食べ物であった。
………なんと芋虫のような虫の幼虫を串焼きにして売っていたのだ。
街歩きをよくするティルもこれは流石に挑戦する気にはなれない。
「へい、うちの村ではよく食べてる虫で結構美味いから王都で出してみたんですが…」
「売れてるのか?」
「正直言うとあんまりでさぁ…」
そうかと言ってカイは何の幼虫なのかと尋ねると店主は知らないと答えた。
所詮はこの店主は村から上ってきた世間知らずの田舎者であり幼虫を研究するなんていう学はない。
美味しければ売れるという浅はかな考えで店を出したくらいには無知なのだ。
なのでカイの問いには当然答える事など出来ない。
カイもそれを理解して深く追求する事はなかった。
だが、この後カイはティルには信じられない行動にでた。
………財布を出したのである。
「店主、それを二つ「一つでいいと思いますよ?」………そうかい?」
危うく自分の分まで用意されそうになったティルは即座にそれを止めさせた。
そしてカイはというと…何の躊躇もなくそれを食べたのだ…うぇ。
「あ、見た目とは違って中々いけますね。味が濃厚というか…」
「そうでしょ!」
言って身を乗り出すようにカイの言葉に食いつく店主。
これだけでも信じられないのだがカイは更に信じられない言葉を投下した。
「ええ、魔物なんかと比べると遥かに美味しいですよこれ。」
………うっぷ。
今何と言ったか?
魔物を…食べた?
この言葉は芋虫を進めてくる店主すらもドン引きさせる言葉であった。
「魔物…食べたんですか?」
「ええ…まあ、言っても食べ物が無く仕方なくですけどね。とてもマズいですから…」
カイは当たり前のように言うが、ティルと店主は顔面蒼白である。
どれだけ食料が無ければ魔物を食べるという結論に行きつくのかが全く分からない…
魔物はマズい…知りたくなかった情報である。
勿論、そんなものを食べなければならない人間がいるという状況を知りたくなかったという意味でも…
「ああ、そうでしたね。王都では魔物は食べないんでしたか、これは失礼しました。」
ティルは考えを改めた。
そりゃあ魔物を食べれるくらいなら芋虫ごときどおって事ないだろう…と。
もう一つ言わせてもらうと、比較対象が魔物である芋虫はサッサと店をたたんだ方がいい…
…ああ、店主も同じことを思ったらしい、せっせと店をたたみ始めた。
そんな店主の行動をカイは不思議そうに眺めるのだった。
ティルとしては何故一番ダメな出店で足を止めたのか小一時間問いただしたい気分だ。
ともあれ、その後は二人にとって比較的平和に市場を楽しむことが出来た。
出店を覗きながら歩いて行く二人であったが、カイの足はその間とある場所に徐々に引き寄せられていた。
それは、この市場に入った時から聞えてきていた音楽が流れてくる場所…
カイは見た事のない弦楽器で路上演奏をしている演奏家の前で足を止めついつい聞き入ってしまう。
その様子は…もどかしそうとかウズウズしているという表現が正しいかもしれない。
音に一喜一憂するカイの子供っぽい姿にクスリと笑いながら尋ねてみる。
「音楽がお好きなんですか?」
「ええ、とても好きですね。ずっと昔から…今では趣味…みたいなものになっていますが。」
「何か演奏されるんですか?聴いてみたいですね。」
「ええ、機会があったら是非。」
本当だったらここでこの初めて見る楽器を触らせてもらって演奏してみたいという気持ちでいっぱいである。
ただ、それをやると多分それだけで今日という一日が終わってしまうかもしれない。
それに何より、カイは周りから相手が要求してこない限り、人の楽器を奪って演奏する事を禁じられているのだ…
カイとしては抗議ものだが周りは皆「順当」と言ってきかない。
もし破ろうものならアルフィー辺りからお説教が入るという理不尽さ…
カイはしばらく聴き入ってから演者に銅貨を二枚放ってお礼を言って去った。
カイは疑問に思っていた。
何故王女であるはずのティルがこんなにも街歩きに慣れているのかと。
「殿下はよく街歩きをされるのですか?」
「………」
この問いにティルはわざとらしくツーンとソッポを向いてしまう。
そんなティルの子供のような行動に呆れながらも折れるカイは言い直す。
「ティル様はよく街歩きをされるのですか…?」
ケラケラ笑いながらもごめんなさいといい、ティルは理由を説明した。
実は学園に入学し寮住まいになってからは休みの日にコッソリ抜け出して街歩きを楽しんでいるのだとか。
「でも、アマ―リアは知ってるからきっとお父様やお母様も知ってるわね。
毎週近況報告に行くことになってるから。確か今日も報告の日だったはず。」
アマ―リアというのがティルの侍女であることはわかる。
だがカイはその物言いに少々違和感を感じた。
自分の侍女であればただ単に口止めをしておけばいいはず。
それが出来ないのは、よほど国王に忠誠を誓っているか…もしくは。
「…口止めをされてないという事は…奴隷でしょうか?」
「え?そうだけど…それがどうかしましたか?」
「…いいえ、何でもありません。」
トールソンでは首輪奴隷というのをあの首輪は欠陥品であるとしてカイの小さい時に禁止とした。
そして実のところを言うと、トールソンが王国からの支援を打ち切られたという理由はその首輪の禁止に対する報復でもあったのだ。
今では尊敬を持って扱われているが、当時のその判断は失政の烙印を押され相当な反感を買った。
そして最近までは首輪は禁止にしたが奴隷制自体は残っていた…だが現在はそれすらも破棄したのだ。
これは王国としたら喧嘩を売っているとしか思えない行為だろう。
なので、ティルが奴隷に対してどういう感情を持っているのか…それはカイにとって大きな関心ごとでもあった。
そしてそんなカイの思いも知らないティルであったが…
「子供のころからずっと傍にいてくれるの、二人目のお母さんね。」
そんな風に自分の侍女を本当に大切そうに語るのだった。
「そうでしたか。…そんな関係もあるのかもしれませんね。」
ティルが今後どのように自分たちを見るのか…
カイは、この時点で結論を出すことは止めた、ティルはまだ若いのだ。
今どのような考えを持っていたとしても、明日には180°違う考えになる事すら可能なほどに…
それは若さに与えれらた特権であり、カイが口を出す権利はない。
高々一週間程度でティルという人物の今、そしてこれからがどのような人間になるのかを分かるほどカイは人を見る目などないのだから。
そしてそれは裏を返せばティルが今は信用できる人間ではないという事でもあるのだ…
………
二人の会話が途切れた事を見計らったかのように教会の鐘が鳴り響いた。
その音にジッと耳を澄ませるカイ。
その姿に思わず見惚れてしまうティル。
カーンカーンカーン…
………
鐘の音が終わると、カイはティルの方を向きなおる。
「そろそろ劇場に向かいましょうか。」
ティルが「はい」と返事をして二人は劇場へと歩を進めた。




