0024-ミーティング
女子寮にある庭のガゼボでティルとアデレードはお茶をしていた。
アデレ―ドは王都の別宅通いなので寮住まいのティルに誘われた形だ。
王都なので勿論ティルは王宮住まいなのだが、数少ない我儘で学生の間は寮住まいを許されている。
名目としては庶民の暮らしを知るため…云々ではあるが、それにかこつけて羽目を外しているところはある。
ただそれを多めに見てもらえるほどには王女としての仕事はちゃんとやっているのだ。
そして、今日アデレードをお茶に誘った理由は…
当然の事ながら先ほどの剣術授業の一件であった。
アデレードは切り出し、ティルに謝罪した。
「殿下を御守りしなければならない身でありながら手も足も出ず…
害意がない相手であったのが運が良かったものの、不甲斐ない気持ちでいっぱいです。
申し訳ありません。」
「アデルの謝罪を受ける資格なんて私にはないわ。
そもそもの原因は私にあるんだから…」
アデレードにはそれが不可解でならなかった。
あの時のティルはいつものティルではなかった。
精霊光をまき散らし執拗にカイを追う姿…
「カイ様はティル様になさったのですか?あのような暴走状態となるなど何かされたとしか…」
「それは違うの!!あれは暴走ではなく…」
暴走ではない?
あれが暴走でなくて何なのだろうかとアデレードは不審に思う。
ただ、ティルの言葉を聞いて思い返すと、確かにあの状態となってから練習場の床は最後の一撃以外壊してはいなかった…
「あの時、魔力は制御できてたはずなのに…」
自分の魔力を初めて制御出来て、一種の興奮状態に入り周りが見えなくなった。
あれは魔力の暴走ではなく心の暴走であった…。
ティルが自分の不甲斐なさを嘆くも、アデレードも同様に不甲斐なさを感じていた。
それはアルフィーに手も足も出なかったこと。
「あの力…間違いないくソレスではないでしょう。
あれが自分と同じ存在だと言われても信じません。
おそらく…ソル…」
「トールソンの"英雄"ですか…」
「王家でスカウトなされますか?」
「おそらく無理だと思う。カイ様の危機にあの激昂っぷりだからね。
私はあのまま殺されるのだと思ってたよ?」
そして、カイにたしなめられたら直ぐに行いを正す。
蹴られた腹の痛みを思い出すかのようにさすりながら、あの赤髪の女性について考える。
きっとカイが男爵を継いだらそのまま騎士になるだろうと容易に想像がつく。
…いや、むしろ妻に迎えるつもりかもしれない。
そう考えると魔無しのカイがあそこまで余裕がある態度を見せているのも頷ける。
チクリと蹴られた場所とは違う場所に痛みを感じる…
「私は死んだと思いました。
今でもあの時の瞬間を思い出すと自分の顔があるのをつい確認してしまう程に。
ソレスの私がまるで子供扱いですわ…」
しかもハルゲルトの魔法に無傷な上、煙幕として利用させ攻撃を誘った。
そしてそれに釣られたアデレードに剣を囮に攻撃を促し空振りを誘う…
敵を目の前にして剣を捨てるという判断を一瞬のうちにしてしまう度胸とアデレードを素手でも倒せるという自信。
並の場数ではないのだろう。
もし、あそこが訓練場でなく戦場であったならば…
その考えに支配されそうになり頭を振る。
アデレードが痛めつけられたのはプライドだった、それもボロボロに。
王女であるティルだけでなく、魔力の高いアデレードも故郷に戻り当主を受け継ぐか、誘いを受けているティルの騎士としての道を選ぶか…
どちらにしろ重責のある役職である。
そんな彼女たちに学園も後一年で卒業というところで突如として現れた巨大な壁。
卒業後のそれぞれの場所での責任も相まって考えると憂鬱になる状況であった。
「カイ様にも謝罪しないとね…」
「ティル様…王族がみだりに謝罪など。」
「う”っ…お詫びよお詫び。ダメ?」
「んもう、ティル様ったら…」
こうなったらアデレードは弱い。
ティルのおねだりに屈してしまい、それ以上の追及は出来なくなってしまった。
そんなティルだが、話を逸らすように「そうだ」と二枚のチケットを取り出してきた。
「演劇のチケット手に入ったんだけど一緒に行こう!」
「うぇ…それって…」
「"黒と白の百合姫"!!」
「ですから私、王国版は…ごにょごにょ」
レイクヴェルは国境の守護が任務であるため、王都よりも帝国の方が距離的に近いという位置関係になっている。
勿論、帝都が近いというわけではないが、それでも帝国の文化が流入しやすい土地と言える。
とりわけ昨今では帝国からの圧力が緩和されているため、その色が強くそれは娯楽のための書物が入ってきやすい環境になっているのだ。
そんなわけで実家に帰ると帝国から輸入された書物はかなりある。
その中には"黒と白の百合姫"も含まれているのだが…
何と、この本の中身が王都に来ると全く違う内容になっていたのだ。
ただ、王女が王国版のファンであるゆえに大きな声では言えないのだが。
「ダメェ?」
「その日は少々用事が…」
(あと、その公演は既に…)
そう、アデレードはその公演は初日に既に鑑賞済み…そして二度目はないと心に決めていたのだった。
勿論楽しそうにしているティルにそんな現実を突きつけるような事を出来るはずもなく…
「そっかー、じゃあ誰誘おうか…」
そうとは知らずにペラペラとチケットを扇子にしながら考えるティルだった。
――――――――――
一日の終わりに寮の自室でお風呂に入りながらティルは過密な今日一日の出来事を考えていた。
ちなみに毎日風呂に入る習慣が出来たのは最近になってからだ。
物語を読んでいると度々主人公たちが風呂に入る描写があり、それに憧れて時折湯あみの用意をさせていた。
いつの間にかそれが毎日の習慣になってしまっていたのだ。
今では読書の時間と並んで至福の時間と言ってもいい大切な習慣になってしまっていた。
ドレスや宝石などを買い集める趣味などはないティルである。
この程度の贅沢、王家という立場を考えると可愛いものであった。
しかもこのお湯も、ティルの専属奴隷である侍女のアマ―リアが魔法で用意してくれているのでそれほど手間がないのだ。
当たり前の話だが、このように大量の水やましてやお湯まで用意できる奴隷など平民では手の届かない程高価である。
それだけの魔力があれば戦場に連れて行く事がほとんどだ。
王族だからこそ許された贅沢と言ってもいい。
そんなアマ―リアはティルが幼い頃から使用人として働いてくれている。
ティルは昔から制御が利かない魔力を無意識に垂れ流していた。
そのためその魔力に当てられた周りの人間はそれを恐れてしまい、普通の使用人ではとてもじゃないが世話係など出来ないという状態となってしまった。
そこでティルとしては不本意ではあるが首輪奴隷のアマ―リアが強制的に世話係をやらされたのだ。
勿論子供だった当時のティルはそんな事を知るはずもなく後になって気が付いたのだが。
風呂で思い返すのはカイの話。
上に立つものとしての"痛み"に対しての向き合い方…
例えばティルが貧者に施しを与えるという行為をしたとしよう。
この施した金は元を辿れば国民の血税である。
それはつまりティルが良かれと思って行った施しが巡り廻って民を苦しめる事になる…
人を助けるという行為…それは一人の人間としては立派な行為であろう。
だが、カイは上に立つものにとってのソレを否定したのだ。
上に立つものにとって、"人を助ける事には理由が必要である"…と。
勿論これはカイ個人の考えであり、それが正しい事であるなんて断言できるわけがない。
そしてティルも考えるのだ本当にそうだろうかと…
民が皆、痛みを感じない世界…
それは民が皆で痛みを共有する世界の事…
そんな事が可能なのか…
………
……
…
ティルは自分の考えを振り払うかのように風呂から上がった。
答えは…可能…。
ただしその悪魔的考えは絶対に実行してはならないのだ。
風呂に入っていたというのに寒気を感じるティル。
侍女のアマ―リアがバスローブを着せてくる。
その時にふと目に入ったアマ―リアに着けられている首輪。
一瞬、自分の悍ましい考えが見透かされたような気がして動揺してしまうティル。
それを感じ取ったのか、アマ―リアが何事かとこちらを伺ってくる。
ティルはそれを誤魔化すようにアマ―リアに尋ねた。
「ねえアマ―リア…私の所で奴隷として働いていて、苦しいと思ったことはない?」
突然の質問に驚くアマ―リアだったが、一瞬考えた後に微笑みを浮かべながらゆっくりと答えた。
「いいえ姫様、私は姫様の下で働ける事がとても誇りに思っております。
それに、この首輪の命令だって…今まで一度だって姫様に使われたことはありませんし。」
「アマ―リアにそんなひどい事しないわ。」
そんなティルを見て可笑しくなってついつい意地悪を言ってしまうアマ―リア。
「ああ、一度だけありましたね…六の鐘が鳴るまでに姫様を見つけなさいと言って隠れてしまった事が。」
クスクス笑いながら言うアマ―リアに焦るティル。
「あれは…あれが命令になるなんて知らなかっただけだからね?」
ティルはアマ―リアと会った当初は自分の所有の奴隷ではなかった。
だから、いつも世話をしてくれるアマ―リアの所有権を貰った時、アマ―リアがより傍に来てくれたのだと嬉しかった。
そして、調子に乗ったティルはアマ―リアにその命令を出して隠れてしまったのだ。
ティルはそれがアマ―リアにとっては重大な事だとは気が付かず、見つけに来たアマ―リアの必死な形相に驚いた。
奴隷の首輪への命令…それは首輪に登録された人間による魔力のこもった命令を行う必要がある。
そして、ティルは産まれた時から膨大な魔力を保持しているティルは無意識のうちにその魔力を帯びて生活をしている。
言っても中々直せない癖…
そんなティルが出す命令は全て魔力を帯びた命令となってしまうのだ。
それを理解したティルはアマ―リアに話をする時にはそれが命令にならないように言葉をえらび細心の注意を払うようになった。
「ええ、存じ上げております。
ですから姫様はそのような事ご心配なさらずとも良いのですよ。」
「ありがとうアマ―リア、大好きよ。」
ティルにとってアマ―リアはずっと傍にいてくれた本当に大切な存在である。
それは、もう二人目の母と言っても過言ではない程に…
もし苦痛で顔を歪めることがあるなら全力で助けようとするだろう。
そんな彼女に対して、奴隷として命令など出来ようはずがない。
いくら人の上に立つものだからと言って、傍にいる大切な人に手を差し出すことが出来ないならそれはもう人ではない。
そして、人を裁くのも人でなければならない。
人を支配するのはせめて人であれと考えるティルであった。
そんな思いに行きついたティルに対してカイは何というだろうか…
テーブルの上に置いてあった演劇のチケットに目が行った…
そのチケットもアマ―リアにおねだりをして買ってきてもらったチケットだった。
………
「あ、そうだ。いい事思い付いた!」
ティルは本当にイイ考えだと思っているのだ…
ただ、その良い考えでガッツリダメージを食らう人間がいるという所まで考えが行きつかなかっただけで…
――――――――――
「というわけで王女殿下と演劇を見に行かなくちゃならなくなったんだが…」
「一週間もたたないうちに王女様をスケコマすとかアホですか?」
アルフィーの辛辣な一言が深々とカイに突き刺さる。
本日、帰り際にティルに突撃されたカイ。
なにかと思ったら、昨日の事をお詫びしたいとか…
あれはこちらも迂闊な所はあったのでそうされる必要もなかったのだが。
「それでカイ様…お詫びと言っては何ですが。」
そう言っておもむろに取り出される二枚のチケット。
人生も二度目ともなると、チケットを破り捨てて「お前を殺す」と言ってのけた人間の心境がわかってしまうようだ。
ちなみにそれをやると漏れなく反逆罪で首が飛ぶので間違っても真似をしてはいけない。
「絶対誰にも言わないでくださいね。二人だけの秘密です!」
というわけで、ティルを演劇へ連れて行く事になったのだが…
お詫びとは…?
無論、二人だけの秘密をクソ真面目に守るわけがない。
ティルに何かあったら、トールソンが危機に陥るのだから。
なので、宿に帰ってすぐにアルフィーに相談したというわけである。
「俺は何にもやってないんだって、信じてくれよ。」
「前科100犯の言う事を信じる人間なんて新聞真面目に読んでる連中くらいですよ…
まあ、カイ様がどんな女たらしこんだって別に驚きゃしませんが。」
しかしアルフィーは「ただ…」と付け加え続ける。
「大尉が仕入れてきた情報なんですが、今戦争やってる東のヴゥルムランドがらみでちょいと変な動きがあるみたいなんで注意してください。」
「具体的には?」
「何とも言えませんが、どうやら王都にいる獣人の中で、過激派と穏健派が揉めたらしくて過激派を中心に何かやろうとしてるようです。
つーわけで、護衛を張り付かせますんで…自分は色々目立つんで行けませんがね。
気になることもありますし。」
「んー、そうかい?でも皆も忙しいだろ、それにほら王女近辺での動きではないんだろ?
まあ、ピンポイントで狙われるって可能性は低いんじゃないか~?」
「あん?その可能性の低いトラブルを何度も悪引きしてる男が何言ってんですか。
それで何回うちらが割り食ってると思ってるんで?アホですか?
そもそもカイ様の意見なんて聞いちゃいねーんです。
カイ様の身辺警護の責任者である自分が決めたんですから決定です。」
(あっ、はい…)
「あっ、それから部屋の用意はしておきますが尾行には注意してくださいね。
あっちの尾行は合図送ってくれりゃ撒くの手伝うよう手配しときますけど。」
(それはいらない…)
「っとそうでした、後これトールソンからの定期連絡です。
向こうはカイ様がいないってのに概ね問題ないようですね。」
「うんうん、そうだろうさ。うちの家宰様は俺なんかよりも何倍も優秀だから。」
その言葉に何にも言えなくなってしまうアルフィー。
正直なところ、アルフィーはずっと、カイこそがこの世で一番賢い人間なのではないかと思っていた時期があったのだから。
そんなカイをヒョイと乗り越えるような優秀な人材など…
確かにアルフィーはトールソンの中では頭を使う人間ではあるのだが、だからと言って特別頭がいいわけではない。
プーサの書く詳細な報告書に毎回苦労させられるほどに…
結局の所、トールソンの慢性的な士官不足の穴埋め、腕っぷしで武功を挙げ今の地位を確立しているにすぎないのだ。
だからこそトールソンではそう言った人材の昇進は驚くほど早い。
勿論やっかみも受けるだろうが、プーサのような頭のいい人材を寝かせていられるほどリッチな台所事情ではないのだ。
兵たちにカイが説明した後にハンマー担いで殴ってくりゃいいと説明し直すとホッとする兵を見て白目を剥いているカイの顔を何度見た事か…
だからだろう…頭でカイの手助けを出来る人材たちに嫉妬に似た感情を持っているのかもしれない。
色気と愛嬌を振りまく文官の女たちとは違い所詮アルフィーは血の気の多い、女らしさの欠片もない粗野な人間なのだ。
そんな事を思っていると、カイがのほほんとアルフィーに口を開いた。
「そういえばアルフィーって気になる男とかいないのかい?
年頃なんだしそろそろいるんじゃないか?いるなら協力するぞ?」
(イラッ)
「とゆうか、気づいてないだけでアルフィーに粉かけてくる男だって結構いるんじゃないのか?
アルフィーは可愛いし優しくて面倒見もいいからいい奥さんになりそうだしほっとくわけないだろ!」
(イライラッ)
「あ!もしかして仕事が忙しくてそんな暇が無いとか!?
よく考えたらアルフィーには子供のころからずっと苦労かけっぱなしだからなぁ…」
(ブチッ)
「そうだ!今度「(バンっ )黙 っ て 仕 事 し ろ 」………ハイ。」
定期連絡の報告書をカイの机に叩きつけ黙らせたアルフィー。
この男はいっぺん夜這いでもかけてやれば理解するのだろうか?
散々夜這いをかけようとした女ども(男も混じっていたが)を排除してきたアルフィー。
だが実際に自分がやるとなるとそんな度胸もない。
絶対に負ける戦いを避ける程度には小賢しい自分が嫌になるアルフィーだった。
――――――――――
フードを深く被った女がスラム街を一人歩いていた。
時折声をかけられるも、それをまるでいない人間かのように無視してドンドン進んでいく。
「そっちは行かない方がいいぞ。」という善意の忠告も無視してその地区に入る。
―獣人区画―
別にお上がそう決めたわけではなく、獣人達が勝手に集まって作ったコロニーだ。
明らかにすれ違う人間が獣人という人種だらけになり、相手も異物が入ってきたことによる警戒によりジロジロ観察される。
そんな中を堂々と歩いて行くフードの女。
一件の家に着くとそこで門番をしている男に止められる。
しかし、その門番もローブの下の顔を確認すると「入れ」と許可を出した。
その家の大きさに比べて多すぎるというくらいの獣人達が住んでいる。
今は日が出ているので仕事に出ている人間も多いがそれでも十人近くは残っているだろうか…
"広野の牙"…反王国を掲げている王都の獣人達が寄り集まって出来たグループであり、ここはその拠点の一つであった。
男たちは女を出迎えその場で話し合いが始まる。
話し合いは獣人の男二人と女が中心となって行われた。
獣人の男二人は、一人が落ち着いた狼人族の男、もう一人が若い豹人族の男であった。
「予定に変更はないか?」
「一点、同行者がソレスの女生徒から魔無しの男子生徒に変わったようよ。」
「魔無しに?では護衛がつくのか…」
「いえ、そのつもりもないみたい。本当にお気楽な事…」
「であれば好都合だが。」
「ケッ!ディルソルのお姫様には護衛もいらねーってかよ。」
「…それで、例の物の準備は?」
「もちろんできている…が、本当にいいのか?
お前さんの事情は理解できるし、王女を亡き者にできればこちらも好都合。
だから手を貸しているが…確実に死ぬんだぞ、考え直した方がいい。」
「おいおい、今更ビビってんじゃねーぞ!?
こっちは準備にどれだけ苦労したかわかってんだろうな?」
「ここに来て今更引き返す事なんてできないわ。
貴方たちも、私が一つでも何かしているとバレれば、全てを晒すことになるのだから。
それに王女暗殺なんて企てればどの道生きてはいけないし、それにもう私には時間がないの…」
そう…急がなければならない…
アマ―リアに残された時間はあとわずかなのだから…




