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0023-傷の痛み


 医務室のベッドにティルを寝かせアルフィーに怪我の具合を診てもらう。

カイが一旦退室するというと、先程殺されると思わされた相手と二人きりになるという恐怖に「ぴぇ!」という小さな叫び声が聞こえた。

そんな声を出されても困る、文句は医務室に常駐していない医師に行ってほしい。

どこに行っているかも不明で取り合えずクレーム案件だろう。

王女が怪我をした時に不在という物理的に首が飛びそうな事案だったので、念のため今回は見逃すというティルの言葉は貰っておいた。

もしかしたら解雇になる可能性は大いにある…が、それについては学園の体制の問題なのでカイがとやかく言う話でもない。

ただ単に、今回が偶々軽傷だったというだけなのだから。


アルフィーが診察を終え出てくると一言「無傷」と言ったのでカイは再び入室した。

流石に王女殿下と二人きりはマズいので、扉は開けすぐ外にアルフィーを立たせている。

…というか、そもそも取り巻きの誰かを連れてくるべきだったと失敗に気が付いた。


ティルの方を伺うと…

痛みはもうないと言っていたが、問題は心の方であろう。

先ずは魔力について…


「初めてあそこまで精密に魔力が制御出来て…心が高揚してしまったというのでしょうか。」


「魔力の制御は出来ていたが、心が制御できなかった?」


「多分そう捉えるのが一番妥当な表現だと思います。」


ふむ、と一瞬考えるがティルの表情を見てカイは答えを決めた。


「それでは一歩前進と言ったところでしょうか。」


「前進ですか?うっかりカイ様を殺そうとしてしまったんですよ…?」


「ですが、昨日までは全くと言っていいほど制御ができていなかったのでしょう?

一つ壁を越えたらまた新たな壁にぶつかった…そのように見えます。」


そうなのだ…

折角制御が出来たと思ったら、それに取り込まれてやらかしてしまった…

ティルはふて寝を決め込みたい気分に陥った。


「壁にぶつかったならその壁をどうするかは、その壁まで歩いてこれたあなたの権利です。

俺がとやかく言う事ではありません。」


「そもそも、俺には殿下の苦しみを理解してあげられる権利すらありませんしね…」


その言葉を聞いてティルはスッと息を吸い込みながらカイを見た。

そうだった、自分なんて人に魔法の使い方を教えてもらっていたのだ…

目の前の人は魔法を使いたくても使えない人間だというのに。


カイとしてはティルが魔法を使える使えないはさほど問題ではない。

事故があると困るので制御くらいはちゃんとして置いてほしいというくらいだろうか。

だがもう一つの方はかなり深刻だ…これでは困る。


「殿下、先程蹴られた腹はいかがでしょうか?」


言われて「もう大丈夫です…」と蹴られた腹をさするティル。


「殿下は痛みに慣れていらっしゃらない?」


「…はい。」


これは困ったことだ。

アルフィーの手ごたえとしてはそこまで痛みはないはずだという。

であれば、本来ならばあの練習場での出来事…

特にティルが蹴られた後の事は、即座にティルが復帰し周りをいさめなければならなかったはずなのだ。

だが、それをせずに痛みに耐えるようなしぐさを続けてしまった結果、他の生徒達の危機感が最大限となりあのような結果となってしまったのだ。

例えばこれが魔力の暴走であれば大したことはない、被害を受けるのは高々周りの人間だけだ。

だがこれが家臣をいさめなければならない時に自身の痛みでそれが出来ない、権力の過剰反応であった場合はどうだろうか?

小さな痛みを過大に捉え、結果その他の被害を考えない過剰な政策を実行してしまう。

ティルは仮にも将来女王となる事が定められた人間である。


彼女が怠惰な人間だとは思わない。

剣であれ礼儀作法であれ、彼女のソレは王族に相応しい立派なものでそれを身に着ける事は一長一短では出来ない。

だがしかし、王としての能力とは果たしてそれだけでいいのだろうか…


これはカイが薄々は感じていた事ではあった。

…あまりに痛みというものを知らなすぎではないだろうか?


さてと考える。

このままハイさよならとこの場を去る事は簡単だ。

愚かな敵というのは有能な味方より価値があるとも言える…

だがしかし、それは明確に敵である事が前提だ。

エルデバルド王国が明確に敵であるのであればカイはこちらから打って出る事はやぶさかではない、トールソンを戦場になど出来ないのだから。

だが当たり前の話、それは最後の手段で今はその段階ではないと考えているのだ。

カイがこの学園にいる理由…それは王国が敵となるのか、味方となるのか、つかず離れずの関係となるのか、現状の半鎖国状態を維持する事になるのか…それを見極めるためだ。

だからこそ、今ここで王国憎しと希望の芽を摘んでしまうなど…そんな我儘が許される事があってはならない。


それでは、この目の前の少女に何を伝えればいいのだろうか。

魔力というゆりかごから一歩外に出て、ものの見事につまづいた少女に…

カイはティルに向かって「殿下…」と語り掛ける。


「今日感じた痛み…それは魔無しに限らず、持たざる者が当然のように感じる痛みです。」


「これから話すことは俺個人の想いとしてお聞きください。」


カイはそう言うと、ティルが「はい」と頷くのを確認し言葉を並べた。


「その痛みを取り除いてやる事も、利用する事も、労わることも、耐えろと言う事も、無視する事も…。

強者にはそれを自由にすることが出来てしまいます。」


「それの何が正しくて何が間違っているのかなど、私にはわかりません。

善悪など何を見るかによって簡単に捻じ曲げられてしまうあやふやなものです。」


「ですが、我々が覚えておかなければならない事…

それは、何か一つの決定をするごとにその陰で痛みで悲鳴を上げる人間がいるという事です。

人々を平等に不幸にすることは出来ても、平等に幸福にする事なんて神様でもない限りできないのですから。」


「我々はそんな叫び声の中を歩き続けなければならないのです。

叫び声が小さな道が正しい道とは限らないそんな場所を。

小さな痛みを大きく叫び、大きな痛みを小さく見せるなどザラにあるのです。」


「どう歩けばいいかさえも分かりません。

風見鶏では嵐で方向を失う。

巨人であれば足元を踏みつぶしてしまう。

民の目線に立てば先は見通せない。」


「殿下がこの先どのように歩んでいくかは分かりません…ですが先に言っておきます。」


「かなり堪えますよ?」


そう言ってカイは最後に困ったように笑いながら締めくくった。

そんなカイの言葉をジッと受け止めていたティルは一つの疑問を投げかけた。


「カイ様は…逃げたいとは思わないのですか?」


何故そんな場所で生きなければならないのか、血統によって定められた運命。

そこから逃げようとは思わなかったのか?

そんなティルの疑問にカイはそっと、耳元で囁きかける。


………


それが終わると口に指をあてティルにお願いをする。


「秘密にしてくださいね?」


「誓います…」


この先はティルの問題である。

そう考えたカイは「それでは俺はこれで…」とこの場から去る事にした。

ただ、ティルは少し待てと引き止めてしまった。


「そ、その…二人きりの時は…ティルと呼んで下さいませんか?」


顔を火照らせて頼んでくるティルにカイは一瞬悩んでから答えた。


「ええ、構いませんよ…殿()()。」


「???」


そういうと、カイはチョイチョイと出入口の方を指差す。

出入口の横にはアルフィーが待機しているはずなのだ。


「壁に耳あり障子に目あり…殿下と二人きりなど、そうそうありませんからね。」


とイタズラっぽそうに笑いながらヒラヒラと手を振って去っていくカイの後ろ姿にティルは抗議する。


「意地悪です!」



――――――――――



「あー酷い目にあった…」


そう言って、芝生の上に敷いたシートの上に寝転がるカイ。

そんなカイに対してシートにカイの用意した弁当を広げながら愚痴るアルフィー。


「ほんと勘弁してくださいよ。肝が冷えましたよ?」


「悪かったよ…、まさかああなるとは思わなかったんだから。」


授業を中途半端な時間に抜け出したカイであったが、今更戻るのも気まずいので早々に昼休憩に入らせてもらった。

あとで何か報告をさせられるかもしれないが、こちとら王女殿下がついているのだから負ける事はない。

虎の威を借る狐のやり方を学ぶには本当にイイ環境だと思う。


「アレが王女様ってやつですか?

随分な箱入りって感じですね。まるで物語のお姫様みたいな軟弱っぷりだ。」


「国王の一人娘って話だから大事に育てられてるんだろ。」


「本当だったらあのクルクルしたのは打ち取っておきたかったんですけど…」


「ダメだよ、彼女がレイクヴェルのお嬢様だ。」


それを聞いてそうだったのかとカイが止めに入った理由に納得する。

カイは言いながらムクリと起き上がりアルフィーに手を差し出した。


「じゃあ、ほら手を出して?」


「じゃあってなんですか…」


アルフィーはそのカイの行動に呆れつつも長年の経験から言っても聞かないだろう事はわかっていた。

諦めて先ほど攻撃魔法を受け止めた左手を差し出しす。


「やっぱりケガしてるしてるじゃないか。」


「火の矢の爆風でちょっと擦りむいてるだけです。

なめときゃ治りますよ、ケガのうちにも入らない…」


これは本当の話だ。

攻撃にすぐに入れるよう魔法障壁をギリギリまで絞った結果少し擦りむいてはいるが特に痛みもない。

訓練していてもこれ以上の傷は多いのだから、本来は特に気にすることなどないはずなのだ。


「またそう言って…、ほら薬塗るからジッとして。」


「昔から大袈裟なんですから…」


「そりゃあ、大袈裟にしてるもの。

だって、アルフィーは自分のケガとか痛みとかに鈍感というか、すぐ放置しちゃうんだから…」


「別に痛いわけじゃないんだからほっときゃいいでしょ?」


「アルフィーが自分の痛みに鈍感だから俺が大袈裟に騒ぐのさ…、そしたらアルフィーはそれを嫌がってケガに注意するようになるじゃないか。」


そう言って頬の傷を触れながら微笑むカイ。

長年理解できなかったカイの行動の真相を突然知らされたアルフィーは呆れかえって一言いうだけだった。


「…アホ」


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