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0022-剣術指南②


カン、カン、カン


練習場にカイとティルの木剣と木剣がぶつかり合う音が響く。

他の生徒達はその光景に自分たちの手を止めて見入ってしまっていた。


………


いや、別に二人が特別凄いわけでもない。

ティルの剣は奇麗な型通りではあるが並程度だし、カイに至っては受けてるだけだ。

では何故ここまで注目されるか…

それはティルが普通に剣の打ち合いをしている光景など初めて見たからだ。

練習場の各所に作られた既に埋める事を諦められた穴ぼこがそれを証明している。


そんなティルもまるで初めて体を動かしたかのように楽しそうに剣を振っている。

見ると頬を赤らめ、初めてまともに打ち合えている歓びが見て取れる。

そして、魔力を常に帯びて生きてきた事を示すように、少し打ち合っただけだというのに薄っすらと汗をかいている。

これほど奇麗な型を見せているのだから、それ相応の鍛錬は積んでいるはずだというのに…


ここまで素の体力がないのは問題に思えるが、カイとしては今の趣旨とは離れているためここでは問題視しないことにした。

そして、次のステップへと進むためにティルに助言をする。


「では少しずつ魔力を込めて行ってください。少しずつですよ?」


「はい!」


そう言って振りぬいたティルの一撃をカイは横にステップする事によって躱す。


ドゴン!!


クレーター製造機が再び新たな穴を作り上げた。

木剣一本も壊すことが出来なかったティルの一撃。

これは天丼という技術なのだが今のは失敗例と言っていいのではないだろうか。

トールソン領軍でも天丼は2回までと決まっており、それ以上はくどくってしまうため使いどころの見極めは難しく勿論嘘である。

気を取り直して構えなおすティル、カイはティルの剣筋の斜線上には絶対はいらないよう肝に銘じた。


「少しずつです。もっとゆっくり安定してから打ち込んできてください。」


「は、はい!」


ティルは集中する。

溢れそうになる魔力を慌てて抑え込む。

目の前の人間はこんな小さな力でも自分を傷つけることが出来なくなる人間なのだと…

そう言い聞かせて…


いつもは荒々しい魔力が渦巻きポツンと一人孤島に取り残されていたティル。

だが、不思議な事に今日はその嵐が凪いでいた。

いつもとは違うその魔力から、ティルはそっと少しだけ魔力をすくい上げる。

そして、それを維持したまま…木剣を振り降ろした。


カン!


剣を受けたカイの手に先程とは違う、重い一撃が伝わってきた。

ティルは恐る恐るという感じでカイの方を覗いてくる。


「ええ、力強い一撃でした。」


そう褒めるとティルはパァと笑顔を浮かべる。


「俺には殿下の感覚はわからないので、慣れてきたら魔力を追加するって感じでやってみてください。

こちらが限界の場合は声をかけますので。」


「はい!」


そう言って再び集中し始めるティル。

その光景に周りの生徒達は訳が分からなくなっていた。

何しろ、魔無しのカイが、歴史上類を見ないほどの魔力保持者であるティルに魔力の使い方を教えているのだ。

何の冗談であろうか…

当たり前のことだが、ティルに対して「魔力を抑えろ」とか「魔力を使うな」とかの助言をした人間は多い。

だが、そのことごとくが返り討ちにあっていた。

それがティルが魔力を制御する事を諦められていた原因であったのだが…

目の前に広がっているのは一体何なのだ?

カイが一言「魔力を使うな」と言えばその通りになり「魔力を抑えろ」と言えばティルも剣で受けれる程度まで魔力を抑えたではないか。

一体今までと何が違うというのか………顔か?


そんな周囲を無視してティルは自分の世界に入っていた。

気分が高揚していた。

まるで自分の魔力かのように自由に出来る事に対して。


少しだけと言い聞かせ、追加する魔力。

そして追加しただけ自分の全能感が大きくなり、それに酔いしれた。



少しずつ…少しずつ…


ああ、もっと…


少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…


もっと…もっと…


少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…


もっと…もっと…もっと…


少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…少しずつ…



ああ………



~も っ と こ の 魔 力 と 一 つ に な り た い ~



――――――――――


 鍛錬場は騒然としていた………。

最初はゆったりとした、一つ一つの動作を確認するような稽古だったはずなのだ。

それが、次第に早く、鋭く、そして強くなっていき…

今はもう連打と言えるスピードにまで上がってきている。

カイはそのティルの激しい剣戟を捌くのでいっぱいいっぱいであった。

ティルの魔力の高まりはとどまるところを知らず…


 「殿下!!!もう、いいです。止めてください!」


先程からずっと、そう叫ぶもティルの耳にそれが届くことはなかった。

ティルの異常は明らかであった。

目はハッキリこちらを捕えているのに声に耳を傾けない。

木剣は既にへし折られている。

今はただ避ける事に専念している状態だ。


では周りの人間はどうしているのか?

もしやカイの事を見捨てるつもりなのか…というとそうではなかった。

止めなくてはいけないことは頭では理解できているのだが、足がすくんで動けないのだ…


そしてついにそれが表に現れた。

ティルから溢れでる魔力の粒。


 "精霊光"


ここにいる誰もが未だ見たことが無かった現象。

戦場に出たことがある人間が話していたのを聞いたこともある人間もいただろう。

だがそれはおとぎ話のように思っていた。

その現象が今目の前で起こっているのである。

その冷徹な魔力に誰もが呆然の見守るしかなかった。

あそこに近づく事、それは死を意味するのだから。


カイはひたすら避け続けていた。

幸いだったのが、ティルの攻撃が単調な攻撃の繰り返しで、タイミングが取りやすかったことだ。

リズムが取れれば、カイにとっては避けるのはたやすい…が、それも体がついていけるスピードであればの話だ。

ティルの攻撃スピードは徐々に上がっていきカイの身体能力の限界を迎えてくる。


それでも何とか隙をついて懐から小さな笛を取り出し思いっきり吹いた…

その笛は音が鳴る事はなく…それでもカイはその笛を用済みと捨ててしまった。

もはやもう一度しまう余裕すらなくなっているのだ。


周りは誰も身動きが取れず、声も出せない。

そんな静寂の空間にティルの剣を振る音だけが響く。


ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン


この音を切り裂いているかのような斬撃一つにでも当たれば、そこでカイの命は途絶える。

そして、命がけのリズムゲームを続けるカイであったが、ついに終わりの時が来た。

あろうことか、ティルが作った穴に足を取られバランスを崩してしまったのだ。


(しまった!)


その隙を見逃さず冷静にティルが振り下ろそうとする。


 「ティルセニア!!!」


カイの咄嗟の叫びにティルはハッと気が付いてももう遅い。

ティルが気が付いて目の前に広がっていたのは自分がカイを殺そうとするその瞬間であった。

振り下ろした剣は止められず…


ああ、と思ったティルのその木剣は剣で受け流され"ドゴンッ!!"と新たなクレータを練習場に作った。


………


ティルの目の前にいたのは、頬に傷のある赤髪の女…


その形相を怒りと殺意に染めた…


…ティルは反射的にこの世に生を受け初めて死の恐怖を感じた。


どうすれば…そう考える間もなく赤髪の女は動いた。

ティルの腹に強烈な蹴りを入れたのだ。


「カハッ!!!」


その蹴りに一瞬息が出来なくなりそのままかなりの距離を吹き飛ばされ、転がりまわる事になった。


――――――――――


 ティルが蹴り飛ばされた…

咄嗟の事で思考が追い付かなかった。

あの途方もない魔力を持っているティルが蹴り飛ばされたのである…

そんな事が出来る人間がいるなど、王国全てを見渡しても片手で数えるほどであろう。

だが、目の前に見えているのはティルが腹を抑えうずくまっている姿。

そして、ティルを蹴り飛ばした人間はというと…

カイを守るように佇むその姿。

頬に傷のある赤髪の女…アルフィーは怒りに満ちた形相で、練習場に隠すことのない殺意のオーラをまき散らしている。

その肌がピリピリするような怒りの魔力に足がすくみそうになるが、アデレードは自身の役目を思い出す。


「サーシャ、マリーダ!殿下をお守りしなさい。」


アデレードの取り巻き達にティルの護衛を命じた。

これは練習場の人間全員に自身の役割を思い出させる事に加え、足がすくみそうになっている自身に喝を入れるという理由もあった。

アデレードはそれを命じると自身はティルとアルフィーの間に入り木剣を構えた。


目の前に現れたアルフィーがカイを守ろうとして乱入してきたというのは理解はできる。

だが、このアルフィーが飛ばしている殺気が一瞬でも油断したらその瞬間殺されるという程、恐ろしいものなのだ。

反射的に反応し、自分たちの主たるティルを守るための行動をとった。

そしてアデレードがとった行動は決して相手に攻撃を仕掛けるためではなかった。

当たり前だろう、目の前の人間…いや、バケモノはアデレードが敵う相手とは到底思えなかったのだから。

これは単なる威嚇である。


アデレードの故郷レイクヴェル伯爵領の役割とは南に位置する帝国から侵略を受けないようにするための防衛だ。

今の帝国は比較的友好的な関係を築けており交易も盛んだ…とは言え、他国を安易に信用など出来るはずもない。

相手が巨大故にこちらからは決して攻撃してはならないが、武力をちらつかせることによりもし攻撃するのであれば援軍が来るまでの間持ちこたえて見せるという意思表示をする事が重要である。


アデレードはその姿勢を常日頃から心に備えているが故の行動。

幸い相手は敵意を見せているものの、目的はカイの保護であろうことは明白である。

例え相手が遥かに強い相手であろうと、こちらから攻撃さえしなければ話が付けられる可能性は大きい。

アデレードの精一杯の虚勢で怯みそうになる心を抑え、さあ相手に語り掛けようとしたその瞬間である。


「ロックバレット!」「ファイアアロー!」


魔法の詠唱と共に石の礫と炎の矢が飛んでいく。

とんでもない事をしでかしてくれた。

やったのは軍閥貴族の中でもリーダー格の男と侯爵家の子息ハルゲルト。

アデレードの指示の意図を読み違えた二人はアデレードの攻撃準備が整ったのを見て、不意打ちとばかりに攻撃魔法を放ったのだ。


(!!…何てこと!)


相手の力量が判らなかったわけでもあるまいに、あろうことか開戦の狼煙を上げてしまった血の気の多い二人。

彼らは実家の仕事は確かに東のヴゥルムランドに兵を出し長年戦をしていた家柄ではある。

そして、そんな彼らが先制攻撃を良しとする理由も理解はできる。

だがアデレードは言いたい。

相手と状況を考えろと、王女であるティルを背に何故この強敵と戦う必要があるのか…

そして、ただ目の前に現れた脅威を取り払うためだけに放たれた<基礎魔法>。

仮に戦うのであれば何故もっと強力な魔法で攻撃しなかったのかと…


全てにおいて中途半端なこの攻撃は真の意味で開戦の狼煙でしかなかった。

その証拠に二人の放った魔法はいとも簡単にさばかれてしまったのだ。


ロックバレットをヒョイと避け、ファイアアローは魔法障壁任せ左手でそのまま受け止める。

その左手で受けたファイアアローは爆炎を上げその炎がアルフィーを包み込む。


「やったか!?」


そんな言葉を尻目にアデレードは駆け出した。


(やってるわけがない!!)


駆け抜けつつも攻撃力の足りない木剣に魔法で風を纏わせ敵を切り裂く剣とした。

今は政治的判断などをじっくり吟味する時間などありはしないのだ。

戦いが始まってしまったのであれば、剣を振るしかない。

ティルに攻撃を仕掛けた報復としてこの攻撃魔法で出来た隙に一撃入れ手傷を負わせ後退させる。

その後にもう一度交渉の機会を設ける…これが今取れる最善の手段に思えたのだ。

そしてその一撃すら入れるとしたら今この瞬間しか見込みがない。

爆炎の中に駆け入り…そしてそれはすぐに見つけることが出来た。


(…剣の影…捉えた!)


その剣の影を目印にアデレードは渾身の魔力と力を込め必殺の一撃を振りぬいた。


(このタイミングなら完全に入った!)


そしてその渾身の斬撃は物の見事に空を斬った。


「………え?」


カランと剣が地面に落ちる音…

理解した…爆炎で隠れた敵の目の前で剣を手放し囮にしたのだ。

そのあり得ない行動にまんまと引っかかり、渾身の一撃を空振りしたアデレード。

そして、目の前に無慈悲に現れるアルフィー。

拳がスローモーションのようにアデレードの顔面に向かって近づいてくる。

…アデレードは確信した。


(…あ、死んだ。)


アルフィーのカウンターがアデレードの顔に突き刺さろうとしたその瞬間。


「殺すな!!」


………


カイのその一言により目の前で拳が止まった。

放心するアデレードはそのまま襟首を掴まれ遠くに放られた。

死の体験により体も思考も動かせなくなっていたアデレードはなすがままに放られ、そのまま地面を転がって行く。


アデレードの目の前に空が広がる…

頭は吹き飛ばされたはずなのに何故自分は空を見つめているのだろうか?

そんな纏まらない考えをしながらペタペタと自分の顔を触って感触を確認していた。



アルフィーは周りを見渡し敵の戦意喪失を確認しカイに声をかけた。


「それでカイ様、なんか処刑されるような事をしたんですかい?」


処刑…確かにそう見えなくもなかっただろう。

それほど一方的な追いかけっこだったのだから。


「いや、勘違いだよアルフィー。これは処刑ではなくてただの訓練中の事故だ。」


「訓練?…毎日生死を賭けた訓練をしているようには見えない練度ですけどね?」


ギロリと自分たちを警戒している周りを見渡す。

そして、元凶であるティルを見据えて怒鳴る。


「おいそこのうずくまってる元凶!!!いつまで痛い振りしてんだ!テメーの障壁でそこまで痛いわけねーだろ!!

サッサと起き上がって詫び入れろやコラ!!!」


ガンッと足を踏み鳴らし練習場に新たな凹みが作られる。


「アルフィー、そこまでだ訓練中の事故だと言っただろう、彼女が王女殿下だ。

それと、痛いっていうのも多分本当だ。」


カイは立ち上がってアルフィーを制し、ティルに近寄っていく。


「殿下はなまじ強力な障壁で守られている分、

痛みというものをあまり経験したことが無いんだろう。」


「失礼いたしました。」


言って、アルフィーは頭を下げ素直に引き下がった。

これに周りの人間達はホッと胸をなでおろした。

アルフィーは完全にカイの制御下にあるのだという事が分かったからだ。


カイは蹴られた腹を抑えながらうずくまっているティルに近寄って声をかける。


「殿下…医務室にお連れします。」


コクリと頷くティルはカイに抱かれて医務室へと連れていかれた。

それを止める人間は誰もおらず…

お姫様抱っこにトキメク余裕など今のティルにはありはしなかった…


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