戦いの後
「やはりそうか」
ダイチが、本来なら心で呟かねばいけないことを声に出す。
「敵の数、およそ二百! こちらへ向かって走ってきます!」
二百、か。千のうち、二百。
今度は心に留めることができた。
先鋒の数が、予想より遥かに少ない。
けれど、これをまずは叩くしかない。
しかも次鋒がすでに進撃を始めている。これは弓矢隊だろう。
城壁を陥落させるための隊だ。
そして、本隊。
これが大挙して押し寄せたら、この城は呆気なく敗北する。
ダイチは、幾つかの伝令を走らせた。これらの敵の陣形は、シャイル王や将軍らにも届くはず。
予定では一つだったはずの号砲を二つ持つ。
震える手は、武者振るいだと思いたい、そう苦く笑う。
速いスピードで、馬たちが駆け上がってくる。
どどっと地響きが次第に大きくなってくる。
正門だけを開け放った城壁に向かって、恐らくは向こうも精鋭であろう、先鋒の部隊が押し寄せてくる。
入り口が一つと悟ると、三列ほどの間伸びをした隊列に変化し突っ込んできた。
正門の中から、次々と馬の影が見えると、ダイチはすかさずタタンと号砲を二度鳴らした。
これは、「網」をまだ使わない作戦への変更も兼ねてである。
「レイ=シン部隊には悪いが、敵の数が二百であれば、このままぶつかって貰うしかあるまい」
ダイチは苦く笑ってから、「だが、こちらは、五十だ。一人、四人で良いんだぞ。レイ、お前計算できてるか?」
そして、正門から入る馬の影が消えると、「門を閉じよっ‼︎ 門を閉じるのだっ‼︎」
腹から声を出して下へと叫ぶ。
ががっと凄まじい音がして、正門が降ろされた。
正門を降ろすのに、二分ほど要する。
そのうちに、次鋒が弓矢を放ちながら駆けてくるに違いない。
その後に本隊が来る。それぞれが梯子を掛けて城壁を登るだろう。
登り切ったら、城へと向かうはずだ。そのルートには、左右それぞれにスローが鍛え上げた、強固な部隊を配置してある。
城外の遠方に視線を戻す。
ダイチは、その先を睨みつけるようにして、立った。
後ろでは、人の怒声や叫び声、剣の交わる金属音が盛んになる。
「次鋒が来たら、今一度門を開けるぞっ! 用意しておけ‼︎」
ダイチは次には別の号砲を用意し、次鋒部隊に「網」を使うべく、タンっと空高く放った。
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「酷い、」
千景は自分の中から、その言葉しか出てこないのをどこかで不思議に思っていた。
読書が好きで、文芸から歴史小説まで、本棚を漁っては読み散らしてきた。
語彙力はあるはずなのに、こうも言葉が出てこないとは。
それは何らの感動によるものでなく、何らの驚きによるものでもなかった。
ただただ、凄惨。
その一言に尽きる。
戦争とは、何と怖ろしいものだ。
血生臭い、残酷だ、平和な国の中で育ち、そんなものだろうなどと思っていた。そう、思い込んでいた。
目を背けたくなるような、この世界。
現実は、怖ろしい程に現実だった。
累々と積み上げられる屍体。その山。
衝撃が全身を駆け巡っていき、身体も動かず、言葉も出ない。
きっと、少しすると動かなかった身体が震えだす、そう確信できる程の恐怖がじりじりと歩を詰めてくる。
キッチンタイマーが鳴るのを待っていてはいけない。
こんな世界を、まだ5歳であるはずの凛に見せたくない。
千景は戻ることだけを考えた。
あの、平和で落ち着ける家へと。
凛と克幸と、自分の三人が暮らす、自分たちの世界へと。
そして、顔を上げた。目一杯、息を吸い込む。
直ぐに向かいの凛を、お湯から出そうとまだ湯の中にある凛の両頬に手を遣る。
そして、持ち上げると、凛が、凛の顔が。泣きそうな、いや、泣いていたのだろうか、くしゃりと歪んだ顔で千景を見ている。
千景は直ぐに凛を抱き締めた。髪から流れる湯を、いつもは直ぐに前髪を掻き上げて拭う湯を、そのままにして抱き締め続けた。




