想い合い
「リンよ、前にお前が派遣した偵察部隊から連絡があってな、我がアルス国と同盟を結んでおるカランダル国がダイン公国に攻め入ろうとしているようだ。我が国とダイン公国とが戦っている機に乗じて、ダイン公国を乗っ取る気でいるらしい。ダインは今、我が国との戦争で、兵力を減らしている。どちらが勝つと思う?」
「ダイン公国とカランダル国が戦えば、たぶんダインが勝つと思う。ダインはこちらに千を派兵したけれど、まだ千ほどの戦力が残っていると思うから。こちらに兵を送り込んで手薄になったところをカランダルに突かれないように、半分は兵を残したはず。カランダル国は、少し前の情報になってしまうけど、兵士は千五百ほどとのことだった。でも、精鋭と呼ばれる隊が居ない、烏合の衆とも言える貧弱な戦力だと聞いているよ」
細く高い声が部屋に響く。
「そうか、ダインにまだそんなに兵力が残っているとは。それに比べて、我が国は……」
「兵は疲れているだけだよ。ゆっくり休んでいれば、ケガも治るし士気も戻る。兵を補充する必要はあるけど。今はカランダルの睨みのお陰で、こっちには十分休める時間があるからね。準備を進めていれば大丈夫」
「お前に大丈夫と言われるのが一番心強いとはな」
「けれど、カランダルはダインを攻め落とせないと知れば、ダインに同盟を提案する可能性がある。そうなると、うちは二国を相手に戦わなければならなくなるから、そうなるとかなり厳しい状況になると思う。準備の中に、それを含めておくと良いかもしれない」
「そうだな、ユアンにも伝えておこう」
シャイル王が、大仰に溜息を吐いた。
ダイン公国との戦争でかなりの兵力を減らし、今のアルス国が苦しい状況であることが、この王の様子からも見て取れる。
「藁の準備はどう? 次また戦争になれば、大量に必要となってくるから」
「ああ、その点は大丈夫だ。我が国は広い麦畑を持っているからな。藁は何かと使い途が多いから、備蓄も多い」
「投石機の試作品は出来た?」
「ああ、良く飛ぶのが出来たそうだ。けれど、小石を投げたところで、どうだと言うのだ。武器にもならんぞ」
ふふ、と可愛らしい声が響く。
「武器という点ではあまり役には立ちそうもないけれど、使い道は色々あるから、無いよりはあった方が良い。なるべく多く作って城壁の上へ」
リンの声が矢継ぎ早に続く。
「人選は、上手くいってる?」
「ああ、的確な判断力を持つことに重きを置いて選んでいる。俺は人には恵まれている。ダイチを亡くしたのは痛恨の極みだがな」
「そうだね」
少しの沈黙がある。
「あとはまあ、ソウジュはともかく、ユアンの意見も聞いて立てるようにしてね。彼は少しプライドが高いところがあるから、無視すると暴走するかも」
王がはは、と笑う。
「お前は良く見ているな」
そして、黙り込んだ。
「アイリさんの事は、ごめんなさい、よく分からなくて。一度アイリさんの気持ちを確かめてみたらどうかな」
「リンには好きな者はおらぬのか?」
「うん、いない。そういうの、よく分からない」
「そうか、人を好きになるのは、良いことばかりではないんだ。苦しいこともある」
ふふっと、声が弾む。
「そうなんだ、お父さんもそんなようなこと、言ってたよ」
「世の男は皆んな、そういう思いをするものなのだな」
「そういえばね、お父さんにも聞いたの、『自由』について」
「そうか、どのように言っていた?」
「自由って、心のままに感じたり考えたりすることなんだって。でもね、こうも言っていた。色々と感じたり考えることは自由なんだけれど、でも『考えない』という選択をするのも、自由のうちの一つだと。『考えない』という選択が必要な時もあるって」
「お前の父上は、難しいことを言うな。人間は常に考える生き物だぞ。俺にも、何も考えないという、腑抜けたような時が来るのだろうか」
すると、王は黙り込んでしまった。
少しの間の沈黙を破るようにして、王はすくっと立ち上がると、
「リン、悪いが話しはここまでだ。少し、出てくる」
分かったと声がして、しんと静かになる。
「考えない、という選択があるとはな。心の感じるままに、という事だろうか」
王は上着を羽織ると、靴を履き、ドアを開けた。
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遠慮がちに、ノックをした。
しんと静かな廊下には、少しの音でもその長い廊下の先まで響いていって、届くような気になる。
そのような寂し気な廊下であるからか、シャイル王は少し心細いような面持ちで、ドアの前に立っていた。
「はい、」
か細い声がして、ドアが開けられる。
けれど、それは直ぐにも閉められようとした。
王が手を掛けて、それを阻む。
そうなると、アイリの細腕ではどうすることも出来なかった。
「陛下、どうぞお許しを」
後ろへ後ずさっていくのを機に、シャイル王が中へと歩を進める。
「アイリ、お前が城を出ると聞いて、居てもたってもいられなくなった。お願いだ、行かないでくれ。好いた人がいるというのは、嘘なのであろう」
王が後手にドアを閉める。それを見てアイリは、質素なテーブルへと回り込み、手をついた。
「陛下、後生でございます。どうか、城を出ることをお許し下さい」
「アイリ、本当のことを言ってくれ!」
「お慕いしている方の元へ行くのです。どうか、お許しを」
「お前を愛しているのだ。今日は俺の妃になってくれと、頼むつもりでここへ来た」
アイリは泣き崩れるようにして、床に伏せた。ひやりと冷たい床に、両手をつけ頭を垂れて懇願する。
「そのような戯言を言うのは、お止めくださいませ、どうかお願いです」
「戯言などでは無い! お前は俺を信じられないと言うのか!」
シャイル王が、アイリの肩をぐいっと掴んで、身体を起こさせる。アイリは涙を拭いもせず、そのままにして身体を震わせていた。
「恐れ多いことでございます、どうか、どうかお許しを」
か細い声が、更に震えて小さくなる。
「愛してるのだ、お前だけを。お前が去ってしまったら、俺はどうやって生きていけば良いのだ」
「陛下、」
「聞いてくれ。お前が側に居るだけで俺は幸せなのだ。いつもいつも、そうだ毎日だ。お前に会える時間を待ちわび、お前に会えば心も踊った。俺と結婚してくれ、一生、大切にする」
「陛下、陛下、」
何度も繰り返す。
「うんと言ってくれ、頷くだけでも良い。お願いだ、アイリ。愛してる、愛してるのだ」
アイリの肩を掴んでいる手に力を込める。感情を言葉と一緒に絞り出すようにして言う。
「お前に側にいて欲しいのだ」
そして、そうやって絞り出した言葉が、アイリの心の中にある隙間に染み込むようにして入り込む。
「陛下、」
涙が頬を幾つも流れていく。夜空を横切る、流れ星のように。何度も、何度も。
「私も、お慕いしております」
小さな声に、王がはっと顔を上げる。その驚きの表情が、直ぐにもくしゃりと歪む。
「やっと、やっと言ったな。もう俺のものだぞ、誰にもやらん。俺のものだ」
王がアイリを抱き締める。何度もそう繰り返しながら。アイリが縋るように背に手を回す。
「側にいて、俺を助けてくれ」
王がそっと囁くと、アイリが涙を流しながらも、こくっと小さく頷いたようだった。




