第44話 償い
――虎が強制退院して四時間後。
「早速、ネヴァちゃんと組むなんて思っていなかったわ」
『同意見だわ』
私と千歳蘭は西園寺蓮が入院している病院の正面入口へ着いたところだった。
赤や黄色に色づいた葉が、寒気と共に舞う。その風に煽られ、千歳蘭の紫紺色の髪がふわりと舞う。左頬に貼られたガーゼが覗いた。……モアに思い切り殴り飛ばされた時にできた傷だ。
『私と一緒に行動することに対して、拒否はないの? 私はモアと結託して貴方を含む仲間も殺害しようとした』
「そうねぇ。あなたのことは信頼していないわ」
『……信頼していないのであれば、なぜ』
「天くんや翔のことは信頼しているもの。その二人があなたを迎え入れるというのであれば私が口を挟むことじゃないわ」
自身は私を信頼していない。それなのに、信頼する他者の判断だからと、その決定に従う……? かつて私たちと対峙した時、圧倒的な判断力と行動力を見せた千歳蘭。そんな彼が、私には到底理解できない考え方をしていることに困惑する。
「ネヴァちゃんが再び私たちを傷つけるようなことするのであれば、その時は……どうなるかしらね」
『そんなことはしない』
「それを聞いて安心したわ」
別に、私のことは信頼しなくていい。仲間だとも思わなくていい。私はただ、私の思考で最善の行動をするだけ。
私は多くの人間を殺し、残された者たちに悲しみを与えた。だからこそ、これ以上悲しむ人間が生まれないようにする。
――それが私なりの償いだ。
もちろん、それだけで罪を償いきれるなんて思わない。人を何人も殺したというのであれば、人間たちの法に照らせば、私は死刑を免れないだろう。
ボスを止めて全てが終わったら、私は……私は…………。
「あー……。ネヴァちゃん。その形態だと怪しまれるから私のバッグの中に入ってくれる?」
『……了解』
私は千歳蘭の手提げバッグに入り込む。バッグの中に初めて入ったが、居心地は……まぁ、こんなものかという感じ。千歳蘭が歩く度、上下左右の揺れを感知。人間的な表現でいうと酔いそうといったところか。
揺れに耐えていると、私の内部スピーカーから花園翔の声が響いた。随分と好き勝手にカスタマイズしてくれたものだ。
『蘭さん。虎たちようやく帰ってきましたよ。虎がグロッキーになって帰ってくるのが遅れたと天が愚痴をこぼしていました』
「はぁ……。なんで退院して初めて食べる食事が焼肉なのよ。あの子本当に医者なの?」
『ははは。まぁ、楽しそうな写真だったじゃないですか。……あの子たちがようやく取り戻した日常。年長者の我々は静かに守ってあげましょう』
「そうね。ようやく取り戻した日常だものね。……一肌脱いであげるわ」
そういって千歳蘭は歩みを進める。すると、チンッ、と軽快な音が鳴る。恐らくエレベーターが到着した音だろう。加速度センサーがエレベーターの上昇を検知した。やがて減速を感知し、停止を告げる。どうやら、目的の階に着いたようだ。私は再び揺さぶられながら千歳蘭に運ばれる。……人間の喋る声が聞こえる。
私は聴覚を研ぎ澄ます。複数人の声。「岡田さんの頓服は――」「この人は指示の変更が行われて――」「本日の入院は二名で――」……今の時間は五時前後。データベース上、一般的な病院だと日勤帯と夜勤帯の看護師が入れ替わる時間。申し送り、というのをしているのだろう。
……? 揺れがいきなり激しくなった。カッカッカッ! と、ヒールの音が床を叩く。千歳蘭が慌てるなんて相当な出来事が起きている? カバンの中にいる私には予測しか出来ないが。
「順調に回復している患者に対して、何の薬剤が追加オーダーされたのか教えてくれるかしら?」
『千歳蘭。トラブル?』
「あー。もう出てきていいわよ」
『……了解』
私は千歳蘭のカバンから飛び出る。そして、病室をぐるりと一周する。
私は天井すれすれまで高度を上げ、病室内を見渡した。眼下には、二人の患者と、西園寺蓮が横たわるベッドが見える。そのベッドの脇では、千歳蘭が看護師の手首を握り締めていた。
『便利だろ? その形態』
『機動性は文句の言いようがない』
私は、小型ドローンのような姿になり花園翔に操作されている。変形の機能を美味い具合に改造し、本来の姿とドローンの姿どちらも思い通りに変形できるようにしたらしい。さすがAWを作っただけある技術者だ。
花園翔がカメラを操作し、看護師の手元を拡大する。……これはシリンジ? 中には何らかの薬液が入っている。西園寺蓮の点滴ラインに注入しようとしていたのか。
「蘭さん……? なんでここに? どうしたんですか?」
西園寺蓮が目を擦りながら、床頭台の上に置いてあった眼鏡を装着する。そして、ベッドサイドで対峙している千歳蘭と看護師を見て怪訝そうな表情を浮かべていた。




