Side story 05 落ちるわけないだろ!
「……えぇ。数か月前から起こっている災害は全て“ボス”と呼ばれる者が関与している可能性が高いです。AIを誑かして……もしくは強制的に改造なりして思考をコントロール。そして、人為的に災害を引き起こしていた。そう考えるのが妥当です」
『花園社長。私は、あなたの味方側でいたい気持ちは変わっていない。……だが、ここまでAIによる問題が多発……しかも死傷者が出てしまっているとなるとそれが難しくなる』
「……はい。責任はとりますよ。日本のAIの技術を発展させてきたのはアイコーポですからね」
『心苦しいが……。こちら側のお偉い様方は、君を切ることで国民を納得させようとしている』
「はは。切られる気はないですよ。まぁ、なんとかしますよ」
『……影ながら、応援しています』
「ありがとうございます。南川審議官」
通話終了をタップする。俺は誰もいない社長室で深く溜息をつく。誰に拾われるでもない重さをまとった息は陰鬱とした室内をいつまでも漂った。
――AIによる犯罪。今回が初めてではない。ただ、AIが起こしてきた犯罪というのは、プログラミングがお粗末なために起こる軽犯罪だけだった。そもそも、AIは作った企業が管理しているためAIによる大きな事件というのは今まで起きずに経過していた。
そこで問題となってくるのがAIの権利だ。このご時世、AIも皆、奏ちゃんや希さんのように豊かな感情を持ち生活を送っている。
ほぼ人間と変わらないAIをどこまで管理するのか。数年前、政府との話し合いで、その方針が決まった。
そこで義務化されたのが『思考制限の禁止』『基本的倫理観の設定』『就業させる場合は、各企業が定めたマニュアルの範囲内で業務を行わせる』この三本柱だ。
十年前の時点で、AIに仕事を奪われる人間が続出したことから三つ目の義務は最もデリケートに扱われている事項。ああでもないこうでもないと、未だにアイコーポでも改定し続けている。そして、一般企業からも相談を受け社会的に解決していかなくてはならない問題となっている。
「基本的倫理観が正常に機能していれば……こんな災害を引き起こすはずはない。だが、ボスはどうやってそれを可能にした?」
煙草に火をつけ、大きく息を吸う。成分が循環して頭が冴えてくる感覚。
溜息とともに一気に煙を吐き出す。……ボスは本当にAIなのか? 少年AIはボスのことをAIと言っていたようだが……その証言を鵜吞みにしていいのか? それに、愛ちゃんはボスが発動しかけた創造を素手で止めたと言っていた。AIであればありえない行動だ。
「何者なんだ。お前は……」
……今回ばかりは、ボスという存在がほかのAIを巻き込み、人命を奪うほどの災害を引き起こした以上、AIとの共存の仕方を再び考えなければならない。
お陰様で政府からお呼び出しを食らってしまった。議会で読み上げるようにと、事前にお偉い様方から台本が送られてきた。そこには笑止千万な内容が書かれていた。
『“十年前に起こったアイコーポ騒動、そしてこの度生じた災害の数々。AIの危険性を痛烈に思い知らされました。AIは徹底的に思考の制限を課し、人間に逆らえないようにし人々が暮らしやすい世の中を再構築する必要があると考えます”』
俺は送られてきた台本を破き、ゴミ箱にぶち込む。
どいつもこいつも保身。目先のことと自分のことしか考えられないんだな。
天や奏ちゃんを筆頭に、みんなで共存の道を整えていたのにまた溝が深まってしまう。
頭を抱え、目を閉じる。……はぁ。考えることが山積みだ。
ピロンッ。
私物のスマホが揺れ、メッセージが届いたことを告げる。煙草を口に咥えなおし、通知を確認した。……愛ちゃんから?
ピロンッ。
連続して鳴る通知音。何々? 画像?
画面をスワイプし、メッセージ画面を開く。
「……虎の奴。あほか」
三日前までICUにいた重病人が、なぜもう退院しているんだ。いや、あいつのことだ。無理を言って退院したんだろう。……意識が戻ったのは今日の朝だと聞いたが。今日の朝意識が戻って、昼頃退院して、なんでこいつは焼肉を食ってるんだ。リスみたいに肉を頬張って……なんともまぁ幸せそうな顔をしているな。
俺はいつの間にか微笑み、更に画面をスワイプしていた。
「……だろうなぁ」
二枚目には、壁にもたれかかって天に介抱される虎が写っていた。奏ちゃんと愛ちゃんが食べきれなかった肉を、渋々平らげている。
…………みんな、笑ってる。
天が記憶をなくし、ネヴァやボスと死闘を繰り広げ、蓮も虎も愛ちゃんもボロボロになったというのにこんなくだらないことで笑えている。
こんな些細だけれど何よりも尊い日常のために……俺たちは必死になっていたんだよな。
歳のせいか、目頭が熱くなる。鼻を軽く啜り上げ、目を拭い、両手で頬を叩く。
しっかりしろ、花園翔。ここが踏ん張り時だ。
ピロンッ。
なんだ。人が決意している時に。
……絶賛、体調不良中の虎から?
『経費で落としてくれ』
電子領収書が送られて来る。一、十、百、千、万、十万…………。
「落ちるわけないだろ!」
俺のツッコミは誰に聞かれるでもなく一人きりの空間に響き渡った。……と、思ったが。
社長室の扉が開かれる。扉を開いた者を、じっと見つめる。動きは問題ないようだな。
「花園翔。大きな声を出してどうしたの?」
「身内のとんでもない要求に驚いていただけだ」
「そう」
「それよりも、出発準備は出来たのか?」
「千歳蘭がもう少し待ってと言っていた」
薄い桃色のサイドテールをなびかせた彼女は、きりっとした目つきが印象的だ。元々の性格も相まって近づきがたい雰囲気になってしまったな。だが、一番合いそうなボディがこの型しかなかった。
「……本当に、蓮が入院している病院の師長がボスと繋がっているのか?」
「信用しないならいい。西園寺蓮を入院させとけばいい」
「人間がAIを崇拝する時代が来たのかと思ってな。信じられないというよりは信じたくないという表現が正しい」
「ボスは弱みに付け込むのが上手だから」
真っ直ぐ俺を見据えるその目に温度はない。奏ちゃんや希さんと比べるとやはり感情が乏しいように思える。……人間と同じく、感情の成長は環境に左右される。
今までの立ち居振る舞いや、今見ている表情からも彼女が良い環境にいなかったことを容易に想像できた。
……それでも、今までの行いを容認することはできないが。
俺は、煙草を灰皿に押し付ける。
「……ネヴァ。蓮を、頼むぞ」
「……」




