第43話 絆
大混乱に見舞われた病室はようやく落ち着いた。虎も着替え終わり、いよいよ病室を出るというところで再び看護師長さんが病室を覗きに来た。片手に手紙を持っていて、それを虎に差し出す。
「千歳先生。この手紙。あなたが災害現場で手当てした女性から」
「あー? どの災害現場だよ」
「ユナイテッドシティよ」
天、虎、奏ちゃんが顔を見合わせる。……奏ちゃんから聞いた。確か、娘さんを災害現場で亡くした女の人のことだよね。……そして、天に対して『英雄ならっ! 助けなさいよ!』って言ってきた人。天が酷く傷ついた現場の一つ。
「千歳先生がこの病院で勤めてるってどこからか聞いたみたいで。ここの病棟の看護師に渡してきたみたいよ」
「……預かります」
虎は看護師長さんから手紙をもらう。その手紙を四人でしばらく眺め続けていた。
……どんな内容が書いてあるんだろう。もし、また、天が傷つくようなことが書いてあったら。
私は天の表情を確認する。私の心配をよそに、穏やかな表情だ。
「虎。開けてみてよ」
「オレ宛だろ。アイコーポ帰ってから見る」
「いいから。……気になるんだ」
「……ッチ。何が書いてあっても知らねぇからな」
封筒を乱雑に開ける虎。そこには便せん一枚に文字が事細かく敷き詰められていた。
私たちは四人で覗き込む。そして、内容を確認した。
“千歳先生へ あの時私は気が動転していました。そんな私に対して優しく声をかけていただきありがとうございました。千歳先生がいなかったら、小鳥遊さんに対してもっとひどい言葉をかけていました。小鳥遊さんは何も悪くないのに。むしろ、杏奈があのような状態になっているのに優しく手を握っていただいて、今となってはとても温かい気持ちでいっぱいです。千歳先生。R-METで小鳥遊さんと一緒に尽力されていると聞きました。もし、この手紙を千歳先生が読んだ後に小鳥遊さんと会ったなら、こう伝えてください。”
「……杏奈も私も、小鳥遊さんの優しさに救われました。きっと天国の杏奈も同じことを思っています」
虎がぼそりと呟く。
……病室に差し込む陽の光が、やけに柔らかく感じた。
その光が天の顔を照らす。陽射しを浴びて輝いたのは、頬を伝う雫だった。雫はきらめきを帯びながら、床へ落ちていく。
天は顔を伏せた。そして、目を力強く拭う。再び顔をあげた天は、はち切れんばかりの笑顔を浮かべていた。
「……わざわざ、手紙になんか書かなくていいのにな」
「天が英雄で、あの場にいたからこの親子は救われたんだな」
「……英雄、か」
天の口から零れ落ちる。天を縛り続けてきた、呪いのような言葉。……だけど。
「まだ、ちょっと続けてみようかな」
断言ではない。……それが天らしかった。そんな天の言葉を聞いて、みんな穏やかに笑う。天はきっと、もう大丈夫。そう思えるほどに、天の表情にもう迷いはなかった。
今回の騒動で、みんな沢山傷ついた。だけどその度に思ったのは、私たちは一人じゃないってこと。そして、みんながみんなのことを大切に思っていて守りたいって思いあっていること。
……私たちは、見事なまでに長所短所がデコボコとした集団だ。でも、そのおかげで互いを結ぶ絆が深い。
十年前もそうだったけど……。この仲間たちがいたからこそ、また困難を乗り越えることが出来た。……みんなも、そう思ってるよね。
「千歳先生! 着替え終わったならさっさと出て行ってください!」
「あー? 言われんでも出ていく。じゃ、蓮。お前はもう少し治療頑張れな」
「……僕を利用して強制退院になった奴の言うセリフではないな」
「ま、蓮ならオレの思惑を気付いていただろ?」
「虎の考えることなんてすべてお見通しだよ」
蓮と虎は互いに含み笑いをする。そして、私たちは蓮に手を振って病室を後にした。
「あー、腹減った。なんか食ってから帰ろうぜぇ」
「……虎。今日の朝、意識が戻ったばかりなんだろ? 軽いものから始めた方がいいんじゃ?」
「うるせー。医者のオレが良いっつってんだから良いんだよ」
病院からの帰り道。天と虎は私と奏ちゃんの前を歩いている。憎まれ口を叩いている様子から、すっかりいつもの虎に戻ったことが分かった。
「愛ちゃんは大丈夫? 創造を無理して使ったんでしょ?」
「私? さすがにアイコーポに帰ってきた後は十五時間くらい寝てたんだっけ……。それ以降は何も問題ないよ。今だって元気」
創造を酷使した後は、やはり脳に負担がかかり過ぎるようで私はアイコーポに戻った後、意識が途絶えた。そして、そのまま長時間眠り続けたらしい。
……改めて、蓮の規格外さを実感する。私が創造を三分も使ったら、それこそ廃人になっていたと思う。
「……みんなさ。みんなのことが大事だから、無茶しちゃうんだよね」
「そうだね。私も無我夢中だった。みんなを守りたかったから」
……奏ちゃんはAIだから、創造を使うことができない。使えば、創造の力にあてられ、機能停止してしまうからだ。
……優しい奏ちゃんのことだから、きっとみんなの役に立てていないなんて思ってるんだろうな。
「奏。ここら辺で美味い焼き肉屋ないか?」
「ええ? 焼き肉屋? ちょっと待ってよ……メモリーをチェックするね」
「虎……。いきなり、そんな脂っこいもの食べて大丈夫?」
「だぁから。医者のオレが大丈夫って言ってんだから大丈夫だっての」
奏ちゃんがおすすめの焼肉屋さんを虎のスマホに送っていた。虎は色とりどりのお肉が載っているメニュー表を見て、珍しく満面の笑みを浮かべている。
「よし。行くぞおめぇら」
「はぁ……。具合悪くなっても知らないからな」
こうして私たちは、虎の退院祝いとして焼き肉屋に向かうのであった。
ボスのこととか、ネヴァを今後どう扱っていくとか考えないといけないけど……。
三人の笑顔を見ていると、今だけは、このちょっとした平穏を楽しむのも悪くないと思えた。
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