第42話 強制退院
――ネヴァ・ボス騒動から三日後。
「ねぇ、天。虎が目覚めたって本当?」
私と天と奏ちゃんはアイコーポから出て、虎と蓮が入院している病院へと向かっていた。
天は片手に大きなカバンを持っている。私と奏ちゃんはそれを不思議そうに見つめていた。
「朝起きたらさ、メッセージが来てたんだよ。ほら」
天は、私と奏ちゃんにスマホを見せてくる。……確かに、この文面は虎だ。用件だけ伝えてくる感じ。えーっと、なになに?
「『着替えを持ってこい。病室301』……まさか、退院なわけないよね?」
「さすがに、あそこまで血を抜かれていて三日で退院なわけないと思うけど」
「愛ちゃん。ちょっとこれ見てよ。天が『着替え? なんで? 退院すんの?』って送ってるのに既読無視してるよ」
「虎の既読無視は今に始まったことじゃないからな」
ははは、と乾いた笑いをする天。とりあえず、目が覚めて良かった……。
蘭さんから聞いた話だと虎はあの後、何度か生死の狭間を彷徨ったらしい。
脈拍が0になった時はさすがの蘭さんでも焦った、と言っていた。それでも虎は現実に戻ってきた。
喜ばしいことなんだけど、あんなことがあった後なのに第一声が『着替えを持ってこい』って……。
相変わらずのマイペースさに私も笑ってしまった。
「ここの病院。虎が研修医として働いている病院なんだよ」
「え。そうなんだ。知っている面々に色々されるの、虎嫌がりそうだね」
私は虎が見知っている人たちにあれこれ面倒を見られている姿を想像しながら言う。
……うーん。絶対イライラしてそう。
エレベーターが止まり、私たちは虎がいる病室へと足を進めようとする。ナースステーションを通り過ぎようとすると――。……見慣れた金髪頭が、カタカタとパソコンを操作しているのを見かけた。
その姿を見て、すぐさま天は駆け寄り抱き着いていた。
「虎! 目が覚めて良かった!」
「あー? 天遅せぇよ。今何時だと思ってんだ」
虎はムスッとした表情を浮かべて、抱き着いてきた天の顔を思い切り押している。
何時って。メッセージが来たのが朝の九時。今は十一時。来るの早いくらいだと思うけど。
奏ちゃんが、病衣を着てナースステーションのパソコンを弄る虎に向かって、小首を傾げながら正当な疑問をぶつける。
「ところで、虎。そこで何をしているの?」
「退院オーダーをいれてんだ」
「え……」
「千歳先生! ナースステーションのパソコンを勝手に弄らないでください!」
「師長。丁度良かった。退院オーダー入れたから帰る」
「はぁ!? 自分のカルテに自分で退院オーダー入れる医者がどこにいるんですか!」
なぜか虎は親指を自分の方に指して、不敵な笑みを浮かべていた。看護師長さんの顔が見る見るうちに赤く染まっていくのが分かった。
「あなた今は病人でしょ!! 病人は黙って病室で寝ててください!!」
ナースステーションに看護師長さんの怒声が響き渡る。虎は、あからさまに不機嫌な顔をしながら渋々、私たちと一緒に病室へ戻る。
「あー。うぜぇ。もう退院でいいだろうが。仕方ねぇから主治医に連絡すっか」
「虎……。ここの病院でまだ研修させてもらうんでしょ? 大人しくしてたほうがいいんじゃない?」
私がもっともな意見を言うと、虎は舌打ちをしてベッドに寝転がった。虎のベッドサイドを見ると点滴スタンドが置いてある。……あれ。まだ点滴の中身が残っているのに針が抜かれている? 私がどういうことだろう? と頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、隣のベッドから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「天。記憶が戻ったのは本当か?」
カーテンをゆっくり開け、こちらの様子を伺ってきたのは蓮だった。虎と違って、蓮はまだいろいろな管が体から延びている。見た目的には蓮の方が重症のように思えた。
そんな蓮の姿を見て奏ちゃんは目を輝かせながら、蓮の方へ飛んでいく。
「蓮! 良かった! 元気?」
「元気なわけないだろう。胸に風穴開けられたんだからな」
「蓮と虎、同じ病室だったんだ」
「ああ。今日の朝、集中治療室から二人して追い出されたんだ」
「なるほど。二人とも順調に良くなってて安心した」
「……天もすっかり通常運転だな」
天と蓮は笑い合う。こんなに穏やかな雰囲気はいつぶりかな。蓮の学校爆破テロがあってからずっと緊迫した雰囲気が続いていたから。……なんだか、不思議な気分だ。
「それで虎。着替え持ってきたけどさ。まだ必要ないよね?」
「……いや。今すぐ必要になる」
虎はニヤリと笑う。あ……。この笑い方。絶対よくないこと考えている。
虎はベッドから軽やかに下りると、ズカズカと隣のベッドで寝ている蓮のところへ向かう。
私と天は顔を見合わせ、ロクなことが起きないであろう未来を予測しお互い渋い表情を作っていた。
虎は、寝ている蓮に対して跨り、手の関節をポキポキと鳴らしだした。そして、その表情はまるで鬼のよう。眉間に皺をよせ、口はワナワナと震えている。
「蓮……。オレが奏助けに行った時よぉ。『鍛錬不足』だの、『エイジングではなく退化か』だのいろいろ言ってたよなぁ?」
「事実だろう? 虎は身体能力が低下したから、せっかくの便利なVRヘルメットが使えなくなった。僕の進化する脳と比べて虎のフィジカルは明らかに退――」
「ごちゃごちゃうっせぇんだよッ!!」
「わあッ! 虎ストップ、ストーップ!!」
天の制止する声も虚しく。ドォンッと大きな音を立てて虎の拳が、蓮の顔面横を擦れ擦れに突き刺さっていた。その音に驚いた同室のおじいちゃんが、勢いよく自分のベッド周りのカーテンを開けた。
「なんじゃ!? 戦争が始まったんか!? だからここは危ないと言ったんじゃ! 帰る!」
「え、あ! お、おじいちゃん! 落ち着いて!」
「なんじゃ! 清美か!? 何でこんな危ないところにいるんじゃ! 一緒に逃げるぞ!」
「わッ、わ?! 私、清美じゃない!」
奏ちゃんが混乱しているおじいちゃんを懸命に落ち着かせようとしている。けど、どんどんヒートアップしていっている。
病室が一気に賑やかになったためか、もう一つのベッドからも声が聞こえてくる。
「ご飯はまだかー? ご飯ー! ご飯ー!!」
廊下を歩いていた看護師さんたちが、私たちのいる病室を覗き込み、おじいちゃんたちの対応をしてくれた。それでも、なかなか事態は収まらない。
――すると。遠くから、重い足音。ズシンッ、ズシンッ……と地響きのような低音が近づいてきた。私はその足音の主を確認するために病室の外をじっと見つめる。
――看護師長さんが、虎に対して刺し殺すような鋭い目線を送っていた。
「千歳先生ッ!! 強制退院ですッ!!」
……そう言い渡された虎は、再び不敵に笑っているのであった。
最初からこれが目的だったのね。私と天は深い溜息を一緒につく。




