第40話 英雄
光の中で、ふわりと体が浮いた。……天国にでも連れて行かれるのかな?
そんなことを考えていると、次は創造を握り締めていた手が解かれ、強引に創造を奪われた。ようやく私はお迎えが来たわけじゃないということに気が付く。
そして、目を開けるとそこには……。
見慣れた赤毛。優しく見つめる、だけど芯の強さを感じさせる目。
あぁ……。来てくれた。……来ちゃったんだ。
「天……? どう、して」
「愛が助けてって言ってる気がしたから」
天は私を抱きかかえて、ボスから距離をとっていた。
なんで、天がここにいるんだろう? 私が天の顔を見上げているとドタバタと足音が聞こえてくる。
「て、天! お前ッ! 早すぎだ!」
「AIの私でも追いつけないってどういうこと!?」
「翔さん! 奏ちゃん!」
「ははは。全員集合じゃないか」
ボスは私たちを見渡すと、数回、乾いた拍手をした。愉快だと言わんばかりに笑っている。
「君たちは本当に仲間想いなんだなぁ。それぞれが、それぞれを思いやる。素晴らしい」
「……愛。俺の名前を呼んで」
「え……?」
「呼んで」
天はボスを睨みつけながら、私に言う。
「……天」
「もっと、呼んで」
「天……! 天ッ!」
「…………俺、どうしたらいい?」
私は、天の肩に腕を回し、力強く抱きしめる。
「天ッ……! みんなを助けて……!!」
――一瞬。天の力が抜けた気がした。だけど、すぐに私を抱きかかえる力を強くした。……そして、私のことを見る。……あぁ。この、困ったように笑う顔は……。
「ただいま、愛。ごめん、遅くなったッ……!」
天は創造を構え、すぐさま辺りが橙色の優しい光で包まれていく。春先の太陽の光みたいに暖かい……。創造の光に照らされる天の横顔を眺める。危機的状況なのは変わらないのに、なんでこんなに安心できるんだろう。
私の視線に気づいた天は、口角を上げ表情を柔らかくする。
「大丈夫。愛。みんな俺が守る。よく頑張った!」
ポロポロと、涙が零れ落ちた。……悲しくて、じゃない。安心しきってしまった。まだ、何も終わってないというのに。天はやっぱりすごいな。居てくれるだけでこの安心感。さすがだよ。
「あ、でもさ。俺一回、創造発動するの失敗してるんだよね。ちょっと心配だから、手を握っててもらっていい?」
天が私を静かに床に下ろし、手をぎゅっと握る。
「よし、うん。大丈夫。行ける!」
創造は天の手から離れ、高々と空を目指していくように浮遊する。
予想していない創造の挙動に、私は少しだけ不安になり天を見つめる。
「俺さ。AIを止めるために武器を創造しろ! なんて言われてたけど、やっぱりしっくりこないんだよな。AIであっても傷つけたくないんだよ」
「武器じゃないものを創造しているってこと?」
「うん。刃物でざっくりとかよりは、絶対痛くないと思うんだよな」
創造は天の頭上のはるか上で、橙色に輝いている。……見ているだけで暖かく、心が落ち着く。これって……太陽?
「自分のことって未だに信じれないんだ。救えなかった命がたくさんあって、心無い言葉もかけられてへこたれてた。今だって、こんな自分なんかって思うよ」
「天……」
「でも、こんな自分でもみんなは信じてくれるだろ? だから、俺はみんなが信じてくれる小鳥遊天なら信じれるんだ。だって、大好きなみんなが認めてる小鳥遊天だもんな」
徐々に力強く輝く天の創造。その様子を見ているボスが、静かに微笑んだ。
「……これは、さすがの私でも、まともに受けたら不味いな」
そう言い残すとボスの姿は一瞬のうちにして消える。そして……声だけが木霊した。
「まぁ、これ以上の戯れは無用だろう。ほら、君たちは私の相手をしている暇はないはずだ。……また、時が来たら会おう」
ボスは自分の影に溶け込むようにして消えた。静けさが空間を支配する。私は緊張の糸が解け、床に座り込む。天が心配そうに私の顔を覗き込む。
……いけない! へたり込んでる場合じゃない! 虎! 虎を早く病院にッ!
「天! 虎が……! 死にそうなの! 血がたくさん抜かれてて!」
「虎が?」
天が表情を険しくして虎を見る。すでに虎の周りには、翔さんと奏ちゃん。そして蘭さんが集まっていた。三人の表情から事態の深刻さが遠目からでも分かった。翔さんがスマホで救急車を手配している。
「蘭さん! 虎、どんな感じですか? ここで何かできることは……!」
「天くん? よかった、記憶が戻ったのね。……今、翔が持ってきてくれた医療バッグの中身を確かめてたところよ。さすが天くんね。血液バッグなんて普通常備しないわよ」
「いかなる傷病者であっても対処できるようにと思って。……虎には「こんな医療物品入れて病院でも経営するつもりか!」って怒られましたけど」
「この中にB型はいるかしら?」
……私はO型。翔さんはA型。
天は、無言で腕を捲り蘭さんに差し出す。
「いくらでも使ってください。虎を……助けてください」
「本当に……あなたはどうあがいても『英雄』なのね」
蘭さんが口角を少し上げながら小さく溜息を吐く。そして、天の腕に採血針を刺す。天の血がドクドクと採血バッグの中に溜まっていくのが見えた。
「奏ちゃん。来てもらって早々で悪いんだけど、蓮くんを運べるかしら? 左胸に穴が開いてるのよ」
「ええ!? 『僕は大丈夫だから、虎を』とか言ってたのに!」
「間もなく救急車が二台来ると思うから。蓮くんを救急車に乗せた後、残りの救急隊をここまで誘導して頂戴」
「分かりました!」
奏ちゃんは「全然、大丈夫じゃないでしょ!」と蓮に向かって怒りながら背負う。すると、瞬く間に扉の向こうへ消えていった。
「蓮くんは、まぁ、左の肺が潰れたくらいでしょう。病院で処置してもらえば治るわ。問題は……虎、ね」
「蘭さん。採血バッグにある程度、血……溜まりました。取り急ぎ血をいれちゃった方がいいんじゃないですか?」
「そうね。そうしましょう」
蘭さんが手際よく虎の腕に注射針を刺す。そして、翔さんが採血バッグを天から受け取り、天の血を虎へ流し始めた。
「それじゃ、天くん。二本目いくわよ。腕、借りるわ」
「はい。まだまだ、血が必要ですよね」
「……本来であれば交差適合した上で輸血したかったところだけど。まぁ……虎のことだから不適合で死ぬなんて繊細な死に方はしないだろうから大丈夫ね」
蘭さんは再び天の腕に採血針を刺す。そして、虎の元へ行き、脈をとったり呼吸状態を確認していた。輸血を始めたばかりだから、状態は依然悪いままだ。顔に両手を添え、蘭さんは虎に呼び掛けた。
「……こんなところで、くたばるんじゃないわよ。あなた、まだ医者になってないんだから」
張り詰めた空気の中、私は虎を見つめていた。いつも憎まれ口を叩いては、機嫌の悪そうな表情を浮かべていた虎。だけど、誰よりも体を張ってみんなのことを守ってくれて……。
私は祈る様に、自分の手をぎゅっと握り締める。すると、天の手が私の手にふわりと、添えられた。横目で天の顔を見ると、不安なことなんて一切ないように笑っていた。
「愛。大丈夫だよ。だって、虎だもん」
「……なによそれ。理由になってない」
「虎ってさ。約束破る奴じゃないんだよ。記憶をなくした俺にさ、『毎日、その日楽しかったこと三つでいいから探せ。そしてオレに教えろ』って言ってきた。俺、今日はまだ虎に報告できてない」
真っ直ぐな目で私を見据える。天は、虎のこと信じてるんだね。
……えぇ? じゃあ、私は虎のことを信じてないからこんなに不安になってるってこと? ち、違う。私だって虎のこと信じてる。こんな所で死ぬわけない。だって、虎だもん。




