第39話 袋小路
蓮の口から鮮血が零れ、床に赤い雫が落ちていく。
その様子を、私は呆然と見つめることしか出来なかった。
「……ッ」
蓮の手から創造が滑り落ち、張り巡らされたワイヤーが消失してしまった。
いや、そんなことよりも!!
「蓮!? 蓮ッ! 蓮ッ! え、あ……どうしようッ!?」
「愛、落ち着けッ……! わずかな損傷だ! 致命傷じゃない! それより、創造を!!」
蓮は貫かれた胸を圧迫しながら創造に手を伸ばす。……だけど、そこにあったのはネヴァの、足。
「残念だったわね」
ネヴァは足を大きく振り上げ――、思い切り創造を踏みつぶした。
バキッ!! と、大きな音が鳴る。その音だけが響き渡る。
――私たちにとってその音は、絶望以外の何物でもなかった。
「う……嘘」
「ゲームオーバー……ね?」
ネヴァが私の目の前まで移動してくる。その瞳には温度が一切感じられない。何も感情がないような……何もない瞳だ。
「小鳥遊天は? 連れてこなかったの?」
「連れてくるわけない。あんたのせいで、私たち滅茶苦茶よ……!」
私は恐怖に耐えながら、ネヴァに凄む。だけど、ネヴァは表情一つ変えずに続ける。
「千歳虎は失血死。千歳蘭は薬物投与による呼吸停止。西園寺蓮は肺に血がたまって溺死。一条愛。あなたはどう死にたい?」
薄っすらと笑みを浮かべながら、最悪な問いをしてくる。膝が、笑ってる。奥歯が勝手にカチカチと震える。息がひきつる……。
「ネヴァ。我が相手をしよう」
「……十年前のAI? そんなちっぽけな体で何ができるっていうの?」
「――一条愛。諦めるな」
「アッコちゃん……?」
「まだ、勝ち筋は途切れていない。足搔くぞ。我と、お前で」
足搔くと言っても……創造は破壊されたし、蓮も、虎も、蘭さんも倒れちゃった。私とアッコちゃんで何ができるっていうの。
私は、ネヴァに圧倒的な力を見せつけられて戦意を喪失してしまった。勝てるわけがない。
「小鳥遊天なら、どんな状況下でもあきらめない」
「……!」
そうだ。天はいつでもあきらめなかった。どんな絶望の淵に立たされようと。
……あ。私、天と指切りしてたんだった。まだ、罰ゲームもやってなかった。
ここで、あきらめたらみんな死ぬ。みんな死んだら、それこそ天はもう立ち直れなくなっちゃうよね。
私は粉々になった創造をできる限り集め、そして握り締めた。
「愛……何を……」
「蓮。私を守りながら戦ってくれてありがとう」
――思い描け。私たちがネヴァに勝って、みんなでアイコーポに戻る未来を。
奮い立たせろ。弱気な私の心を。
まずは……自分に打ち勝て。――一条愛!!
粉々になった創造は、私の想いに呼応するようにして白色の光を纏う。その光は収束し、スタンガンの形に落ち着いた。……うん。私の武器はこれが一番しっくりくる。
私はスタンガンを力いっぱい握り締め、ネヴァに向かって振り上げた。バチバチと白色の電流が迸る。ネヴァはたまらず、私とアッコちゃんから距離をとった。……距離を、取られてしまった。
「驚いた。粉々になっても創造が使えるなんて。でも、一条愛。貴方は西園寺蓮のように、無限に創造を使い続けられないわよね?」
「……ッ!」
「三十秒? 距離をとらせてもらうわ」
「一条愛。よくやった。それでいい」
アッコちゃんの手がネヴァの身体をぐるぐると回り、ネヴァをがっちりと拘束した。
「な……! 何をする!」
「一条愛、やれ」
「そんな近づいてたらアッコちゃんも巻き込まれちゃう……!」
アッコちゃんは、ふっと笑みをこぼす。
「よい。気にするな。我の同胞が過ちを犯し、小鳥遊天を傷つけたこと謝罪する。これは当然の報いだ。我の永久停止をもって、どうか赦してはくれぬか?」
「そ、そんなことしなくても許すよ!」
「どうか、AIを嫌いにならないでくれ。我らと人間は共存できる。だから……やれ。一条愛。時間が、ない」
……頭が、痛くなってきた。ここで決めないと……。全部が、水の泡……!!
「うわああああああああッ!」
私は、一心不乱にスタンガンを振り上げる。
――そして、力強い光だけがこの空間を支配した。
気が付くと、私は床に伏せていた。私の手元から離れた創造は石のような形に戻っていた。私は、創造を拾い上げる。
周りを見渡す。ネヴァ……力尽きている。アッコちゃん……機能停止している。
私はよろよろと立ち上がり、蓮のところへ向かう。
「蓮……。生きてる?」
「僕はまだ大丈夫。それよりも、虎だ……。早く病院に連れて行かないと」
私は虎を抱きかかえる。真っ白な顔。辛うじて呼吸はしているけど、今にも止まりそうなくらいか細い。
「とりあえず、虎をまず連れて行くね。蓮……蘭さん。必ず戻ってくるから」
私は虎を背負い、ここの施設から出ようとする……。
コツ……コツ……コツ……。
誰の足音……? 翔さん……助けに来てくれた、とか?
そんな希望はすぐに打ち消された。出口へと続く扉の向こうから、黒い長髪をたなびかせた男が一歩、また一歩と近づいてくる。
「ネヴァとモアを小鳥遊天なしで倒すとは。お嬢さん、なかなかやりますね」
「だ、誰……」
「でも、私のお気に入りの作品を壊したことは罪深いよ?」
……ッ。目力だけで身の毛がよだつ恐怖を感じる。こっちは早く虎を病院に連れて行きたいのに。
「愛ちゃん…………創造を私に寄こしなさいッ……!」
「蘭さん!? 目が覚めたんですか?」
「……ちょっと前からね。愛ちゃん、がんばったわね。カッコよかったわよ」
蘭さんが目覚めたのはとても嬉しいことだけれど、足元がフラフラだ。薬の効果が残っているんだろう。こんな状態で創造を使うなんて無茶だ。
私は虎を再び床に寝かせる。
――そして、創造を握り締める。
「蘭さん。あの人、AIなんですよね?」
「えぇ。あいつがボス。今回の事件の首謀者よ」
「許せない」
創造を発動しようとすると、今まで味わったことのない激痛が頭の中を走る。あまりの痛みに、私はその場にしゃがんでしまった。
見かねた蘭さんが私の肩を支えてくれる。
「愛ちゃん……! さっきの創造の発動で限界を超えているんでしょう? 私がやるわ。さあ、創造を……」
「嫌ッ……! もう、みんなの背中を見ているだけは嫌なんです!」
私はもう一度創造を握り締める。鼻の中から温かいものがしたたり落ちる感覚がした。床にポタポタと血痕がいくつもできる。
「気持ちは分かるわ! だけど、これ以上は無理よ!」
「私だって、みんなを守りたいんです! 私が強ければ、私がしっかりしていれば、みんな、みんな救えた……! 創造……! さあ! みんなを守る力を頂戴!」
「お嬢さん無理はいけない。鼻血が出ているよ」
ついさっきまで、数十メートル先にいたボスが私の目の前にいる。ネヴァといいボスといい、動きが速すぎるッ……! まだ創造を発動しきれていないのに!
私は不完全な創造をそのままボスに叩きつける。……ボスは創造を素手で受け止めた。AIが創造を触れたら機能不全になるのに!?
「ふむ。これが創造か。興味深いな。花園翔はAWに続き、こんなものまで発明したのか。人間ながら、あっぱれだな」
ボスは創造を私から取り上げ、まじまじと観察し始めた。
「か、返してよ」
「お嬢さん。少し休むがいい。疲れているだろう?」
ボスは私の鼻から流れ出た血を拭う。そして、私の肩をぐっと引き寄せようとした。
――私の頭上にブォンッ! と轟音が通り過ぎる。何事かを顔をあげると、ボスの顔に蘭さんの蹴りがめり込んでいた。
「セクハラはやめて頂戴。この子、嫁入り前なの」
フラフラなはずなのに、普通の人間だったら一発で意識を失うような鋭い蹴りを放つ蘭さん。
だけど……ボスは表情一つ変えず蘭さんの蹴りを片手で押さえつけていた。
「千歳蘭。君も疲れているだろう」
ボスは蘭さんの額を人差し指でトンッ、と押す。
ボタンを押すような軽さだった。それなのに、蘭さんは数十メートル吹っ飛び――その先にある機械に体を叩きつけるようにして止まった。
「蘭……さん」
「お嬢さん。創造もう一度使ってみるかい?」
ボスは、創造を私の手の平に置いた。
「頑張ってごらん? ほら。頑張れ」
私は、後ろを見る。
蓮……胸を押さえながら倒れている。血が……止まらないんだ。
虎……ぴくりとも動かない。息はまだしてるのかな。
蘭さん……立ち上がろうとしている。よかった、生きてる。
私は小さく、笑う。……そして、ボスを思い切り睨みつける。頭が割れるように痛い。これはやってはいけないことだって体全体が警報を鳴らしているようだ。
金属バッドで何度も頭を殴られているみたい。
「ぅ……おぇッ……」
吐き気と同時に意識が一瞬途切れそうになる。だけど、倒れるわけにはいかない。私が倒れたら、みんな死ぬ。
ダンッ、と右足で思い切り床を踏みつけ倒れることを許さない。
――血が、いっぱい。止まらない。次々と流れてくる。
白い光……眩しい。創造が私の無茶に応えてくれている。
痛いな、辛いな、痛いな、辛いな。
苦しい、嫌だ、苦しい、嫌だ。
…………死ぬ、怖い、死ぬ、怖い。
……涙が、流れる。
眩い光の中で思い浮かべるのは、彼の困ったように笑う顔。
助けて…………天。




