第38話 規格外
「虎……! 蘭さん!」
ぼんやりと青白く光る照明の下に虎と蘭さんが並んでいる。
私はいてもたってもいられず、駆け足で二人に近づく。ある程度近づいたところで、私は天井から何かが伸びていて、それが照明の光に反射し煌めいているのを確認した。
虎は天井から伸びるワイヤーか何かに両手首を拘束されており、無理やり立たされている。
そして……。
「っひ……!」
声になりきらない音が、喉の奥から漏れた。
虎の下の床を見ると血だまり。血だまりを見ていると、ポツ……ポツ……と、血のしずくが落ちてきて波打っているのが分かった。
「虎の腕に針が複数本刺さっている。そこから血がこぼれ出ているんだ……」
私の後ろから、蓮がゆっくりと近づき冷静に状況判断をしてくれた。
そして、蘭さん。蘭さんは椅子に座っている。両手は後ろで拘束されていた。
二人とも、意識がないのか私たちに対して反応を示さない。
「は、早く助けないと!」
私は、虎と蘭さんの元へ更に近づこうとする。ぐいっ、と蓮が私の手を引き、それを阻止した。
蓮の顔を見ると、いつになく真剣な表情。そして、何も言わず首を横に振る。
「千歳虎と千歳蘭の周囲に、強力な電磁波を検知」
アッコちゃんが虎と蘭さんの周りを、円を描くようにして飛んでいる。
蓮がおもむろに、胸ポケットからペンを取り出しそれを虎と蘭さんに向かって投げた。
――すると、ペンは、じゅっと焼け焦げたような音を立てて消失した。
「なっ……!」
「行かなくてよかったな」
背筋がゾッとした。蓮が止めてくれなかったら、私は……。
どういう仕組みで、この電磁波は発生しているんだろう。蓮と顔を見合わせて考えていると、虎がわずかに顔を上げたのが見えた。
「と、虎!? 大丈夫!? 今助けるから!」
返事はない。ぼんやりとした目で、わずかに視線を上にした後、再び脱力してしまった。……酷い顔色だった。早く、早く何とかしないと。
蓮が天井を食い入るように見ている。何かあるのかな……? 私も蓮と同じように天井を注視する。うーん。薄暗くて何も見えない、けど。
「アッコちゃん。照明のすぐ裏に何かないか確認してきてくれ」
「承知した」
アッコちゃんが照明の裏を確認しに行く。
「……千歳虎と蘭を囲んでいる電磁波の装置を発見した」
「破壊できるか?」
「いや、近づくと我が消失してしまう。無理だ」
「……そうか。愛。創造を貸してくれ」
「え? 蓮、何をするつもり?」
私は言われるがまま、蓮に創造を渡す。私の手を握る蓮の力が強くなる。
そして、創造は蓮の想いと連動するように、眩い青い光を生み出していった。
蓮の周りに、数式のような文字列が現れる。そして、創造は小さな石の形から、見たこともない複雑な形へと変異していった。
ガシャンッ、ガシャンッと鉄と鉄がぶつかり合うような音が何度も響く。そして、形が創りあげられていくと最後に目も開けられないほどの強烈な青い光が空間全体を支配し――そして一気に消失した。
私はゆっくりと目を開ける。すると、そこには狩猟用の銃みたいなものを持った蓮が居た。
「蓮……それって銃?」
蓮は私の手を握ったまま、片手で銃を構え、照明付近を狙っていた。
「弾種……爆ぜる……花火のようなイメージ……」
創造は蓮に呼応するように青い光をより一層強くする。
――そして、蓮は引き金を引いた。
ドオンッ! と、大きな音が聞こえたかと思えば、蓮は銃の反動に負け、床に叩きつけられる。私も引っ張られ、床に寝転がった。蓮の元から離れた創造は、瞬く間に石の形へと戻っていく。
天井を見上げると、青い花火が上がっている。キラキラとした光は部屋全体を包み込んでいった。数十秒後、蓮が打ち上げた花火はゆっくりと消えていく。
アッコちゃんが、私たちが入ってきた扉辺りから姿を現し、蓮に近づいて頭をポコッ、と軽く叩く。
「我ごと消すつもりだったのか? 危うかったぞ」
「すまない。声をかければよかったな」
蓮は転んだ拍子でずれた眼鏡を直しながら、頭を下げている。そして、立ち上がり小走りで虎たちの元へ向かった。電磁波の装置は、先ほどの花火のお陰で機能停止しているようだ。
虎と蘭さんを拘束していたものもAIにより作られたものだったのか、どちらとも消失している。
蓮は床に横たわっている虎を抱き上げ、刺さっている針を抜き、圧迫止血を始めていた。虎のことは蓮に任せて、私は蘭さんに声をかける。
「蘭さん! 聞こえますか!?」
……蘭さんは目を開いたまま、一点を見つめ動かない。呼吸してるし、生きてはいるようだけど。
「薬でも盛られているんだろう。アッコちゃん。蘭さん運べるか?」
「引きずる形にはなるが可能だ」
「じゃあ、愛と一緒に蘭さんを協力して運んでくれ。僕は虎を背負う」
私とアッコちゃんは蘭さんを抱え、蓮が虎を背負う。
二人を一刻も早く病院に連れて行かないと。焦る気持ちを抱えつつ足早に脱出を試みたが――、扉の前に人影が見える。
音もなく浮遊している。長いツインテールを、なびかせている。見ているだけで凍えそうな冷たい、目。
それは、神崎テクノロジーで会ったネヴァとは違った格好をしていた――。
「罠に引っかからなかったのね。貴方たちを処理した後、千歳虎が死に行くのをゆっくり観察しようとしていたのに」
「あんな分かりやすい罠に引っかかる馬鹿、どこにいるんだ」
蓮は虎を一度、床に寝かせ私の一歩前に出てネヴァとの会話を続ける。私とアッコちゃんも蘭さんを一度床に寝かせた。ピリピリとした緊迫感。額から一筋、冷や汗が伝う。
『愛ちゃん? もしかして聞こえるか?』
「え? 翔さん!?」
『どういうことだ? なぜいきなり通信が?』
「さっき、蓮が創造で花火みたいな銃弾を撃ったの。もしかして、ここの部屋の電磁波全部なくした!?」
『やっぱり蓮は変態だな……!』
アッコちゃん越しに聞こえる翔さんの声に安堵する。さすがに、電磁波が消えたのはこの部屋だけだと思うけど。……いや、どうだろう。
でも、これでネヴァは電磁波による小細工はできないってことだよね……?
私は、前に立ってくれている蓮の手を握り締める。
蓮は待っていましたと言わんばかりに、創造を再び発動する。
「その光、嫌いだわ」
――数メートル先にいたはずのネヴァが、一瞬のうちに蓮の横に来ていた。
私は咄嗟に蓮の手を引き、ネヴァから距離をとろうとする。が、ネヴァの手刀が既に蓮の胸元へ突き刺さろうとしていた。
ガチィッ!!
金属同士が激しくぶつかり合う音。そして火花。
――アッコちゃん! アッコちゃんが身を挺してネヴァの手刀から蓮を守ってくれた。アッコちゃんの小さな手がネヴァの手刀を辛うじて止めてくれている。
「ネヴァ。せっかく小鳥遊天たちが整えてくれた世界をなぜ壊そうとする」
「十年前のAI? 人間側に寝返ったの?」
「我は中立だ。十年前、小鳥遊天は我に言った。『AIと人間の共存が無理じゃないって証明してみせる』と。小鳥遊天は体現して見せた。だから我はそれで満足していた。なのに、AIであるお前たちがそれを壊してしまった。どう落とし前をつけるのだ」
「そんなの知らない。貴方が勝手に小鳥遊天と約束したことでしょ? なにAIの代表みたいな顔してるのよ。それに、共存なんて無理よ。こんな無能な人間共と一緒の空間にいるだけで反吐が出る!」
アッコちゃんがネヴァとやりとりをしてくれている間に、眩い光が蓮の手元に集まる。そして、次は拳銃が二丁生成された。蓮は一丁の拳銃を私に渡してくる。
「撃つとワイヤーが出る。適当に張り巡らせて、ネヴァの高速移動を防止する」
「なるほど……! 蜘蛛の巣みたいにするってことね!」
「正解。撃って、撃って、撃ちまくれ!」
私と蓮は手をつないだまま背中合わせになり、ワイヤーを張り巡らせる。天井、壁、床……。私と蓮を中心として文字通り蜘蛛の巣のような空間が完成していく。
「蓮? そういえば、創造を発動してから三十秒過ぎてない!?」
「あぁ。既に三分は経過しているな」
「大丈夫なの!?」
「三十秒という制約は、脳に負荷がかかり過ぎるからだろう? 僕の脳はそんな軟じゃない」
……本当に規格外だ、蓮は。頼もしいったらありゃしない!
私は、無限に生成されるワイヤーをさらに張り巡らせる。アッコちゃんが頃合いを見て、小さな体でワイヤーの間を縫うようにして戦線離脱を図る。
私と蓮で作り上げたこの空間……。動けないでしょ? どうする? ネヴァ……!
この部屋中にワイヤーを張り巡らせた。ネヴァはもう自由に動けない。
「これで、終わりだ!」
蓮がネヴァに向かって、引き金を引こうとした――が。
ネヴァがこちらを指差している。その指から細い光の線が、ワイヤーの蜘蛛の巣を避けるようにして伸びてきた。
そして。その光の線は――、蓮の胸を貫いた。




