第36話 仕様変更
【愛】
――いつも。私はみんなの背中を見ている。
翔さんみたいに、ITに関する知識はない。
蓮みたいに、莫大な知識と情報処理能力はない。
奏ちゃんみたいに、人とAIを繋ぐことができない。
虎みたいに、戦えるわけじゃない。
蘭さんみたいに、頭が切れるわけじゃない。
……天みたいに、みんなを守れるわけじゃない。
私は……無力だ。
――虎と蘭が出発して数時間後。
私たちは、虎と蘭さんを翔さんの取引先に託した後、一度アイコーポへ戻ってきた。
みんなで虎と蘭さんの動きをホログラムで確認していた。すると突然、画面に『No Signal』と表示される。翔さんが、煙草を吸いながら目を細める。
「虎と蘭さんの発信機の電源が切れたな」
「ここら辺が敵の本拠地ってこと?」
「可能性は高いな」
翔さんはホログラムに表示されたキーボードを軽やかにタイピングし、周辺の情報をすぐに集めてくれた。
「……郊外の工場群。敷地面積はかなり広いな。ここであれば、AWを造れるくらいの機材を保管できる、か」
「翔さん。虎と蘭さん……助けに行かないと!」
「愛ちゃん、ちょっと待て。位置がはっきりと分からない以上、準備なしに行っても捕まって終わるのが目に見えている」
翔さんは腕を組んで考え込む。その横で蓮が立ち上がり、ふぅっと小さく息を吐く。その表情は、全て分かっているような雰囲気を醸し出していた。
「虎と蘭さんを運んで行った配達業者。トラックに社名と電話番号が書いてありました。その業者に連絡をとれば、同じところに連れて行ってもらえるのでは?」
「さすが俺の右腕。冴えているな」
「翔さんの右腕になったつもりはありません。……連絡、とりましょう」
蓮はスマホを取り出し、さっそく業者に連絡をしていた。何度か会話の往復をした後、通話を切って私たちと再び向き合う。
「なんか酷く怯えているようでした。虎と蘭さんの風貌を説明しただけで、『案内させていただきます!』とか言ってきたな……」
うん……。あの二人が、業者に何をしたか……大体想像がついちゃうな。
みんなも私と同じことを考えているようで、うんうん、と頷いていた。
「とりあえず、アイコーポまで来てくださいと言いましたけど」
「あぁ、それでいい。何分くらいで着くと言ってた?」
「急いでも四十分はかかると言っていましたね」
「ふむ……。微妙な時間だな。虎と蘭さんのことだから、そんなすぐにピンチになるということはないだろうが……」
翔さんと蓮が考え込んでいると、社長室の扉がバァンッと大きな音を立てて開かれた。
「翔さん! 虎知らない?」
「お、天。今日も元気だな。虎はちょっと出かけてるぞ」
「えー。今日は診察なしか。っていうか、虎だけ出かけるのズルくない? 俺、三日間ずっとここにいるんだけど!」
天は、しかめっ面をして翔さんに抗議している。もちろん、外出は禁止されている。いつ敵に狙われてもおかしくない状況だから。ただ、今、天は七歳の精神状態。外出禁止というのは退屈で仕方ないんだろう。
天の後ろから、ひょこっと奏ちゃんが顔を出す。両手を合わせて何度も頭を下げている。……天が社長室に来ないように、色々、手を回してくれていたんだろうな。
「天。じゃあ、お使いを頼もうか」
「え! 外出ていいの?!」
「いや、アイコーポの中に技術開発部っていうところがあるから、そこに天の創造を持って行ってくれ」
「この黄色い石ころを持っていけばいいの?」
「あぁ。持っていくだけでいい。愛ちゃん、案内してやってくれ」
私と天は翔さんに言われるがまま、社長室を後にした。天は創造を摘まむようにして持ち歩く。私の後ろをぴったりとくっついて歩く様子は、なんだか子犬のような愛らしさを感じて自然と表情が綻んだ。
「んー? 愛、なに笑ってるの?」
「ううん。なんでもないよ。外に出れないと退屈だよね」
「そうなんだよな。河川敷で走り回りたいなー」
そういうと天は私のことを、びゅんっと勢いよく追い抜く。
「へへっ。愛。ギジュツカイハツブってとこまで競争しよ! 負けたら罰ゲームな!」
「ちょ、ちょっと! 天は技術開発部どこにあるか知らないでしょ!」
「アイコーポの中は姉ちゃんと一緒に探検してるから知ってるよーだ」
天は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、あっという間に見えなくなった。さすが、レスキュー隊長。日々、鍛えているだけある……。
私も負けじと、技術開発部目掛けて走り出した。
「俺の勝ちー」
「は、早すぎ……」
私と天は技術開発部に着いて、創造をスタッフに渡した。
「花園社長は創造をどうするつもり?」
「今まで、小鳥遊さんしか使えない設定だったのですが、その設定を変えるとか言っていましたよ?」
「え……? それってやっていいことなの? 悪用防止のために天しか使えないようにしているって……」
「緊急事態だからって言っていましたよ。何かあったら責任は俺がとるって」
翔さん……。いつもそうやって、自分を犠牲にしながら先回りして問題を解決していくんだから。私は少し不服そうな顔をしながら、スタッフが持っている創造を眺めていた。
「数十分お時間いただくので、どうぞ、かけて待っていてください」
「ありがとう。お願いします」
技術開発部は、男の子の夢が詰まったような空間だ。ロボットやよく分からない大きな機械、アンドロイド……様々なものが現在進行形で作られている。天は眼下の作業場の様子を、目を輝かしながら見ていた。
「愛! すごい! アイコーポってこんなすごいもの造ってるんだな!」
「ふふふ。天、楽しそうね」
「みんながいるからさ、毎日楽しいよ!」
天は振り向き、弾けるような笑顔で私のことを見てくる。
……久しぶりだ。こんな笑顔を見たのは。私は胸の奥が少しチクチクと痛んだ。
「……愛? どうした?」
「ううん。なんでもないよ」
「うーん。なんかさ。虎もそうだけど……みんな元気ないよな」
天は腕を組んで、口を尖らせ唸っている。
「どうしたら、みんな元気になるかな?」
「天が元気なら、みんなその内、元気になると思うよ」
「えー? 本当?」
今の天、幸せそう。少しのことでも笑って。自由気ままに過ごせて。
……このまま、記憶が戻らない方が天は幸せなんじゃないかな。記憶が戻ったら、また、英雄を演じなくてはならない。それって、天にとって不幸なんじゃないかな。
「ねぇ。愛。虎がさ、俺に『今幸せ?』って聞いてきたんだ」
「……虎がそんなこと聞いてきたの?」
「うん。だから、俺、言ったんだ。幸せじゃないって」
「ええ? どうして?」
「友達が笑ってるのを見たりするのが好きなんだよね。今はみんな暗い感じだからさ」
「……天は、優しいんだね。他の人の幸せを、自分の幸せのように思えるんだ」
「好きな人たちが笑ってくれたら嬉しいじゃん。だからさ。俺、みんなを元気にしたいんだよ」
天は昔から、こうなんだ。……みんなを元気にしたい、か。
天の記憶が戻っても、笑顔で過ごせるなら、それ以上のことはない。
だけど、それは可能なのかな。天の記憶が戻ったら、また自分を犠牲にしながらみんなを守ろうとする。
――あぁ、そうか。……天の記憶が戻る前に、双子AIのこともボスのことも片づければいいんだ。天にもう、負担はかけられないから。
「大丈夫だよ、天。きっと、みんなすぐ元気になるから。……私も頑張るから」
「一条さん。創造の調整が終わりました」
スタッフが創造を持ってくる。外観は何も変わっていない。
「一時的に、小鳥遊さん以外も使えるようにしています。……ただ、『精神状態、身体能力、想像能力』この三つを兼ね備えた人物がいるかという懸念点がありますが」
「そうだね。天も確か三か月前くらいから使いだして、なんとか具現化できるようになったって言ってたしね……」
みんなそれぞれ得意分野がある。バランスよくすべてのことが出来るのって天くらいだよね……。そう考えると、私たちってかなり偏った性質を持った人たちが集まった集団なんだなと改めて思った。
「だから、社長は創造の使用条件を緩和するよう設定してほしいと指示を受けていました」
「使用条件を緩和する?」
「はい。精神状態、身体能力、想像能力。この三つを一人で満たす必要がないようにしたんです」
「一条さん。人間の身体が、微弱な生体信号を発していることは知っていますか?」
「聞いたことはあるわ」
「創造は、その生体信号を検知しています。そこで、人と人が手をつなぐことで、二人分の生体信号を一つの個体として認識するように設定しました」
「つまり……。足りない部分を誰かと補い合えば、創造を扱えるということ?」
「そういうことです」
なるほど。ということは、例えば私が蓮や翔さんと組めば創造を発現できるということね。……これで、双子AIやボスと戦える。
私はスタッフから渡された創造を、両手でぎゅっと握り締める。
……お願い、創造。私に、みんなを守る力を貸して。




