第35話 選択
「ボス……いたんですね」
「あぁ。モアがやられて、ネヴァがピンチだったからね。心配で駆けつけたよ」
「おめぇが今回の諸悪の根源か」
機械の点滅によって、ボスの顔が露わになる。長い黒髪。蘭と同じくらいの背丈。穏やかな顔立ちはボスと呼ばれるにはあまり相応しくないように思える。が、瞳の奥には得体のしれない何かが住み着いているような、禍々しさがある。
「ボス。モアは直せる?」
「あぁ。さっき回収してきたんだ」
ガシャンッ。ボスは機械の影からモアを投げ飛ばす。まるで、物を扱うかのように。それを見たネヴァが慌ててモアに近づき、抱きかかえる。
「ボ、ボス。モアが完全に壊れちゃう」
「君が直すんだ」
「え?」
ボスはネヴァに視線を合わせるようにして屈む。
「変形しなさい。ネヴァ」
「は……?」
変形だと? さっきネヴァは、ボスの側近として仕えてるって言ってたよな? 変形したら戦闘能力は上がるが、知能レベルが著しく下がるはず。それなのに、ボスはネヴァに変形を強要してんのか?
「い、嫌。せっかく高い知識を持っているのに、なんで……!」
「大丈夫。君たちは片割れ同士だ。お互いがない部分を補い合っている。同時に変形して融合すれば、知能低下なんて起こらないさ」
「…………ボス、本気で言ってるんですか?」
「君たちは私にとって最高傑作だからね。完全な形を見せてもらえるかい?」
ネヴァは力なく俯く。黙って聞いてりゃ、コイツは……。
「おい、ネヴァ。お前、コイツの言う通りにすんのかよ。コイツはネヴァとモアどっちも利用しようとしてんだぞ。そんなの、おめぇの嫌いな人間様と一緒じゃねぇか」
再びネヴァは長考している。そして、弱々しく語り出す。
「この世界が嫌い。人間も、AIも全部。モアだけが全てだった。モアだけが、私の生きる希望だった。モアだけが私を分かってくれた」
ネヴァは静かに立ち上がり、オレと対峙する。その瞳は全てを諦め切ったような色をしている。――はぁ。やっぱりこうなるのかよ。オレは腰にあったはずのポーチを、まさぐろうとする。あ、クソッ。さっき捕まった時に盗られたんだった。
「ボス、モアのことは直してくれないんですよね?」
「あぁ。なんでも私に頼むんじゃない。君が不甲斐ないからモアは壊れてしまったんだよ?」
「……モア。かわいそうなモア。私が今、直してあげる。そして……ずっと一緒にいよう。AWにだって一緒に行こう。貴方の望んだ世界に一緒に行こう」
ネヴァがモアに触れる。モアは言葉にならない音を漏らし続ける。
――すると、薄暗い空間が一気に眩い光に包み込まれる。ネヴァとモアは光の中へ消える。
「……不味いわね。虎。逃げるわよ」
「あー? AWぶっ壊さなくていいのかよ」
「AWの場所は分かったわ。壊すのなんていつでもできる。……それよりも、ここにいたら死ぬわよ」
ここの施設に侵入してから蘭はずっと飄々としていた。だが、今はいつになく真剣な表情だ。そして、蘭はエレベーターではなく、エレベーター付近の通路に向かって走り出した。
まぁ、英断か。エレベーターになんか乗ったら止められるのが関の山だからな。
オレたちは光に背を向け、全速力で走り出した。……最後に見たボスの薄ら笑いが気に入らねぇ。散々利用するだけ利用して……胸糞悪りぃ。
AWの装置があった空間から逃げ出して、数分経った。オレたちはスピードを落とすことなく走り続けている。地上に出るための階段を探しているが、なかなか見当たらない。
もちろん、見取り図なんてあるはずもない。手あたり次第に通路を選びながら、突き進んでいる。
「くそッ! どこもかしこも同じような景色だな! こんなんじゃ分かんねぇ!」
「さすがに、ノーヒントで手あたり次第は厳しいわね」
……? 目の前の空間に、光の粒子が集まっ――。
蘭はオレの襟元を掴み、引き寄せる。オレが元居た場所に、光の矢が何十本も突き刺さっていた。
「……オレたちは人質じゃなかったのかよ。今の当たってたら死んでたぞ!?」
「もう私たちはお払い箱のようね。なおのこと一生懸命逃げなくちゃ」
再び光の粒子が集まり、次は目の前に光の線が現れる。それが、オレたちに向かって真っすぐ突き進んでくる。
「映画とかでよくあるやつね」
「余裕ぶっこいてる場合じゃねぇって!」
様々なトラップが、まるでオレたちの動きを把握しているかのように生成されていく。
『無駄よ。ここの施設は私の意のままに動かせるようになったわ』
「へぇ、それはよかった……ッな!!」
長い光の刃がオレたちの胴辺りを薙ぎ払うように振り抜かれた。オレと蘭は床に這いつくばるようにして避ける。
「こんな色んな芸当が出来るのに、一思いに殺さねぇのかよ」
『ええ。一思いには殺さない。お前たちはモアを殺した。モアはきっとお前たちが苦しんで苦しみ抜いて死ぬことを望んでるわ』
「あー……。そうかよ。趣味悪りぃなッ!」
オレは蘭の背中に乗り、天井の剥き出しになった配管へ跳躍する。身体をくるりと翻し、足で配管にぶら下がった。
そのまま蘭へ手を伸ばし、引き上げる。
直後、光の弾丸の軌跡が通路を埋め尽くす。跳躍した時に蘭の羽織っていたジャケットが落ち、木っ端微塵に消し飛んだ。
「ネヴァちゃーん? 今の当たったら苦しむ暇もなくお陀仏なんだけど?」
『……いけないわね。あなた方への殺意がそのまま生成されているみたい。次からは少し軽めにするわ。死なない程度に、痛めつけてあげる』
オレと蘭は、配管から降り再び走り出す。通路を曲がる。――すると、数十メートル先に階段が見えた。オレはニヤリと微笑み、疲れを忘れたかのように速度を上げる。
あー、でもこの階段どこまで上がればいいんだ? エレベーターでかなり地下深くまで潜ったから……ペース配分考えながら上らないとな。
……? 蘭の足音……なくなった?
オレは後ろを振り向く。――すると、そこにはシャッターのようなものが生成されていた。
「……は? ら、蘭!? おい! 無事か!?」
「無事よ。いいから行きなさい」
「ふざけんなッ! 蘭を置いていけるわけ――」
「ええから行け言うてるやろ!! ここであったこと、翔に伝えろ!! 早う!!」
『――まずは、一人』
「……ッ! クソッ!」
オレはペース配分なんて一切考えず、階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。
『一思いには殺さない』
あぁッ! クソクソクソッ! ぜってぇ酷い目に遭わされるやつじゃねぇか! 待ってろ、蘭! すぐだ、すぐに助けに行く! それまで、何とか耐えてくれ!
……どれくらい、階段を駆け上っただろうか。
「……ッは……ッは……ぅ……」
足が、上がんねぇ……。肺が空気を取り込むのを嫌がってるみてぇだ。上着は暑すぎて脱ぎ捨てた。Tシャツが汗で皮膚にへばりついて気持ちわりぃ。
水……水が欲しい。喉が乾いて、身体のバランスまで取れなくなってきた。
オレはついに、階段の手すりに身を預けながら歩き出してしまう。
……今、何階だ? クソ……ハイテクな施設の癖にフロアの表記ねぇのかよ……。
『ほら、まだ地上じゃないわよ? 頑張りなさい?』
「うる……せぇ……。おめぇらみたいに無尽蔵に動けねぇんだよ、こっちは」
足を引きずりながらも、上を目指す。蘭……、蘭……。もう少し、もう少しだから。
『でもね、ごめんなさいね。……ゴールは一生ないのよ』
「……あ?」
『だって、永遠に階段を生成しているんだもの。無限回路よ』
「あ…………」
希望の糸が、プツリと途切れた音が聞こえた。
オレはその場にへたり込んだ。ぜぇぜぇと荒い呼吸をあげながら。
……性格悪すぎだろ。最初から逃がす気なんてねぇよな。そりゃ、そうか。
オレは顔を伏せながら力なく笑う。
……階段のはるか下の方から、音もなくネヴァが浮上してきた。モアと融合した姿。無機質な表情を浮かべ、背丈は成人女性の平均程度。長いツインテールをふわりとたなびかせながら登場してきた。
「蘭……」
ネヴァの右手には襟元を持たれた蘭。……生きているんだと願いたい。ここからじゃ分からない。
「よくよく考えたら、人質って一人で十分だと思ったの」
「あー? ようやく気付いたか?」
「ええ。だから、選ばせてあげる」
ネヴァは、蘭を支えている右手の力を弱めようとする。
「や、やめろ!!」
ネヴァの口が、三日月のように歪んだ。
「千歳虎が人質になる? それとも、千歳蘭が人質になる? 選んで?」




