第34話 望む世界
扉越しでも、ドタドタと荒い足音が聞こえてくる。相当苛立っているらしい。
「うるさいわね! いい加減にして! 思考が乱れる!」
数十分、蘭は喋り続けていた気がする。途中オレにも話を振ってきて無駄に疲れた。
「おせぇよ。早くこいつを黙らせてくれ。たまったもんじゃねぇ」
「人間が私に命令しないで! もう! 座らせればいいんでしょ? 座らせれば!」
モアは、ずんずんと勢いよくオレと蘭に近づいてくる。
――そして。オレの後ろに倒れ込んでいる蘭は、足でオレの足を蹴り合図を送る。オレは合図を受け、手を思い切り開いた。
――ップ。と吐き出した音が聞こえると同時に、オレの手の平に細いものが当たる感覚。それをガッチリと掴み、光の手錠に押し当てた。
モアはオレたちがそんなことをしているなんて、考えもしていないように歩みを止めない。一歩、また一歩と近づいてくる。……飛んで火にいる夏の虫とはこのこと、だなッ!!
モアがオレの横を通り過ぎ、蘭を起こすために屈む動作をする瞬間――ッ!
『……ッ! モア!! 千歳虎よ!!』
「は……?」
「あと三秒早かったら勝てたのになぁ?」
バキッ。メキッ、ギィッギギギギギッ、ギチッチチッ。
「……? え、あ? え?」
オレは手錠から解放され、モアの背後をとり、頭と顎を抱えるようにして――。
――半回転させた。
人間と同じで、首には大事なものが詰まってるらしい。まともに動けないのは見りゃ分かる。
オレは、頭が胸辺りで振り子のようにぐらついているモアを引き寄せ、監視カメラの向こうにいるネヴァに凄む。
「おい。こいつをさらに壊されたくなかったらここに来い。三分しか待たねぇからな」
ネヴァは答えない。……まぁいい。来なかったら来なかったでモアを利用させてもらう。
「ねぇ、虎。そろそろ私の手錠も解除してもらっていいかしら」
「あ。忘れてた」
「はぁ……。でもまぁ、よくやってくれたわ」
「蘭のとんでもない作戦には昔からお世話になってるからな」
「ふふふ。好きでしょ?」
「嫌いではないけどよ」
そんなやりとりをしながら、モアの指を使って蘭の手錠を外す。光の手錠は、細かな粒子が散り散りとなり空間へ消えていった。
「……△○※! ……×ッ! □□□!」
「あー? 何言ってっか分かんねぇよ」
モアは頭を胸辺りでぶら下げながら、オレを睨みつけ目を吊り上げ怒っているような表情をしている。首を折られ、言葉を発するための大事な何かが壊れてしまったせいか、言葉でのコミュニケーションをとることが不可能になっているようだ。
廊下から足音が近づいてくる。そして、扉が開かれた。
「モアッ……!」
「会いたかったぜぇ? よくも見えないところでコソコソやってくれたなぁ?」
「モアを離して……!」
「そんなに大事なのかよ? こいつのこと」
「その子はね……! 本来生まれるはずのなかったAIなの! ボスがAIを全てAWに連れて行く計画の為だけに作られた私のコピー……!」
ネヴァはモアの壊れかけた姿を見て、明らかに焦燥感を浮かべていた。
……こいつらにも、誰かを大切にするっていう気持ちはあるんだな。
オレはモアを拘束していない方の手を、血管が浮き出るほど握り締め、奥歯も噛みしめる。
……だったら、なんで天にあんなひどい仕打ちが出来んだよ。
片手でモアの身体を支え、もう片方の手で髪を鷲掴みにする。
「こいつの頭引き千切られたくなかったらよ。案内しろ」
「……どこに」
「あんだろ。AW作ってる場所だ」
「…………」
「だんまりかしら? カウントダウンいくわよー。三、二、一……」
「分かったわ。ただし、モアに酷いことをもうしないで。……モアはここに置いていって」
オレは蘭の方を見る。蘭は小さく息を吐くと、静かに頷いた。
床に投げ捨てるようにしてモアを置く。ガシャンッ、と鈍い金属音が響いた。
床に転がったモアは、伸びた首でオレのことを恨めしそうに睨みつけていた。
「……! 酷いことしないでって言ってるでしょ! こっちよ。案内する」
「変なところ案内したら分かってんだろうなぁ」
「今あなた方に逆らうことに対して、メリットは皆無よ。不本意だけど従うしかない」
ネヴァはモアを心配そうに見つめた後、踵を返した。
「さぁ、いよいよ本丸に突入ね」
左の頬を腫らした蘭が涼しい顔をして言う。
AW……か。こいつらAIは現実で生きるのが辛いからという理由でAWに行こうとしている。言い分は、まぁ分かる。人間の手によって勝手に生み出され、苦行を押し付けられ、いらなくなったら捨てられる。だから、AWで苦しみも悲しみもなく過ごす。
……それだけなら、オレだって否定しなかったかもしれねぇ。
だけど、だ。こいつらAIは自分たちの幸せのために人間を何十人、何百人と殺した。そして、天をあそこまで追い詰めた。
許せるわけがねぇ。
――AWなんてクソみてぇな機械があるから、みんなして狂うんだろ?
じゃあ、オレが全部壊してやるよ。
エレベーターでオレたちは更に地中深くへと降りていく。オレはエレベーターの窓から次々と流れていく青い光を、ぼんやりと眺めていた。
「ねぇ。ネヴァちゃん。あなた、モアちゃんを大切にする気持ちがあるなら、天くんをあそこまで追い込んだことに関して何も思うところはないのかしら」
「ないわ」
……即答かよ。
「どうして? 天くんはあなたたちに何も危害を加えてないじゃない」
「私たちがAWに行くためには、どうしても小鳥遊天とあなたたちが邪魔なのよ」
「AWはそんなに素敵な世界なのかしら?」
「少なくとも、現実よりは」
「偽物のモアちゃんと一緒に過ごすことになっても?」
「……」
ネヴァはしばらく思考を続けていた。こいつはモアより頭がいいAIなんだよな? それなのにこんな簡単な質問に対して長考すんのかよ。数十秒の沈黙の後、ようやく口を開く。
「…………モアが、行きたいって言うから」
「あー? んだよ。他人のせいにすんのか?」
「モアはね。私のゴミクズみたいな生活を全て引き受けてくれたの」
エレベーターが最下層へ着き、動きが止まった。ゆっくりと、音もなく、エレベーターの扉が開く。
――目の前には、見上げてもてっぺんが見えないくらいの大きさがある巨大な機械が鎮座していた。
「だから、私はモアが望む世界をあげたいの」
「ふぅん。モアちゃんは望まれずにこの世に生まれてきたというわけね」
「ボスは、私に対して側近として仕えて欲しいって言ってきたの。思考や知識のアップデートを行ってくれた。でも、神崎テクノロジーから私が居なくなると騒ぎになる。そこで作られたのがモアだった」
「……双子AIのからくりってそういうことだったのね」
蘭が「なるほどなるほど」と頷いている。なるほどじゃねぇよ。なんで、こいつらの我儘のせいでオレたちが大変な目に遭ってんだよ。
オレは沸々と湧き出る怒りを必死に抑えながら、おそらく一番大切な物であろう巨大な機械に近づいていく。一定のリズムで、呼吸をするように薄い青色がゆっくりと点滅している。……生き物みてぇだな。オレは適当に観察した後、ネヴァと向き合う。
「これ壊せ」
「……出来るわけないでしょ」
「じゃあ、モアがどうなってもいいんだな?」
「……ッ」
コツコツコツ。静かな空間に、容赦なく距離を詰めるオレの足音だけが響く。
ネヴァの顔に目一杯近づき、最後の確認をとる。
「いいんだな?」
ネヴァは奥歯をギリギリと噛みしめ、オレを睨みつけてくる。……仕掛けてきたのはおめぇらだ。今更、被害者ぶるなよ?
「あまり……虐めないでやってくれるか?」
深みのある声が、オレの背後から聞こえてきた。オレは振り返り、その声が聞こえた方を注視する。巨大な機械の影から一人の男が現れた。




