第33話 肉を切って骨を断つ
倉庫のドアが機械的な駆動音を響かせ、ゆっくりと開いていく音が聞こえた。そして、コツコツとヒールの音が絶え間なく響き渡る。それは徐々にオレたちの元へ近づき、ついに姿を現した。
水色の髪、ツインテール。奏くらいの背丈。その風貌は、神崎テクノロジーで翔が手玉に取られた『ネヴァ』に酷似している。
「千歳虎と千歳蘭……。なぜここに」
「いちゃ悪いかよ? お前たちがいっつもちょっかい出してくるからよぉ。会いに来てやったんだぜ? よろこべよ」
オレはメスを構え、ネヴァと対峙する。ネヴァはオレたちと一定の距離をとり、一挙手一投足を観察している。さすがAIといったところか。
「ふんッ。ここは私たちのホームよ? ここに来た時点であんたたちの立ち位置は人質で決まったも同然」
ネヴァがそう吐き捨てると、手の平をパンッと合わせ、開く。すると、そこには光っている手錠のようなものが現れた。
「外だったらまだ勝ち目はあったのに。そこまで頭が回らなかったのね。人間って、だから愚かなのよ」
「うるせぇな。手品やってる暇あったら、さっさとかかって来いよ」
「本当にデータ通り嫌味な奴ね……!」
ネヴァは光の手錠を天高く投げ上げる。すると、その手錠のすぐ近くに数式がぼんやりと浮かび上がり、まるで現在進行形で何かをしでかしているような様子が伺えた。
オレはネヴァに視線を戻す。ネヴァは勝ち誇ったように笑っている。こいつは、手錠を投げただけ。――目の前にいるこいつが今、何かをしたというわけではなさそうだ。
光の手錠はオレと蘭に向かって真っすぐに飛んでくる。まるで、そう設定されたかのように。瞬く間に、その光の手錠はオレと蘭、それぞれの両手を後ろ向きに捕らえる。
「あら? 呆気ない。もう終わり?」
ネヴァはニヤニヤと笑いながらオレと蘭の方へ近づいてくる。そして、歩けと命令してきた。オレと蘭は拘束されたまま指示通り歩く。
倉庫を出て、建物内の廊下に出た。白を基調とした研究施設のような内観。人の気配はなく、静まり返っている。オレたちの足音だけがコツコツと鳴っていた。
「ねぇ? 抵抗しないからこれ取ってくれない?」
「そんな言葉信じるわけないでしょ」
「こんな最新の手錠始めて見たわ。いろいろ試したけど、外れそうにないわね」
「当たり前でしょ。私の指でしかロックは解除できないの。無駄なあがきはしない方がいい」
ネヴァは右手の人差し指を蘭に突き出す。これがない限りは無理だというように。
「……ふぅん。あなたの、指、ね」
ぞくりッ。背筋を悪寒が駆け抜ける。
後ろについて来ているネヴァにばれないよう蘭の横顔を確認する。蘭は視線だけオレの方に向け、何かを企むような表情をしていた。……絶対ろくなことじゃねぇ。
オレたちは、何もない部屋に連れてこられた。もちろん、メスやその他の武器類は没収されている。中に入ると、部屋の真ん中に光の粒子が集まり椅子が二個生成される。
「また手品かよ。どうなってんだ」
「ここの施設はね、特殊な電磁波で満たされているの。それを操ることであらゆる物体の生成が可能になっているのよ」
「あー? それならマッサージチェアでも作ってくれよ。身体バキバキなんだ」
オレの言葉を無視してネヴァはオレたちを椅子へ座らせる。ネヴァが光の手錠に触れるとロックが解除された。そして、椅子の後ろにオレの手を回し、再び手錠のロックを行った。
……その一連の動きを、蘭は鋭い眼差しで一秒たりとも見逃さず観察していた。
そして、次は蘭が手錠のロックのし直しをされていた。蘭にしては珍しく、無抵抗。涼しい顔をしながら、椅子に繋がれる。
「あなたたちは人質としてここにいてもらう。小鳥遊天はあなたたちが帰ってこなかったら絶対に駆けつけてくるでしょう?」
どうせ発信機もつけていて、あなた方の仲間にここの場所はバレているでしょうし。とネヴァは付け足す。そして、顔を醜悪に歪ませ、嗤う。
「あなた方二人の命を救うためには、小鳥遊天の命を差し出しなさいっていうのはどうかしら? 最高じゃない?」
「てめぇらは、そればっかだな。天のこと大好きかよ。ワンパターン過ぎてひと昔のAIを相手にしているみてぇだ」
「……ひと昔のAIですって?」
「あぁ。何回こっちが指示出してもよ。馬鹿みてぇに、おんなじ反応してきやがるの。今のおめぇみたいになぁ?」
ゴンッ! 殴られた勢いに合わせて、オレは顔を床側へ逃がす。
――にしても、力が強いな。
床にポタポタと血が滴る。ッチ……。手が使えねぇから拭えねぇ。
翔が言ってた通り、こいつらは二人いる。そして、今目の前にいるのは『コピーネヴァ』の方だな。
そして、『本物のネヴァ』は……。どこか安全なところでこのコピーネヴァをサポートしている。さっきの光の手錠生成もこの椅子の生成も本物のネヴァがやったものだろう。
「てめぇ、ネヴァじゃねぇだろ」
「やっぱり、そこまで辿りついていたのね?」
コピーネヴァはくるりとスカートを翻し、オレたちにお辞儀をした。
「私はモア。ネヴァのコピー」
「ネヴァは高みの見物をしてんだな。事務系のAIだから弱ぇんだろ?」
「いいえ? ネヴァは強いわ。ボスにありったけの知能とCPUをアップデートしてもらったからね。私とネヴァが居れば最強なの」
「っは。くだんねぇ。一人じゃ何も出来ねぇってことじゃねぇか」
再び、モアは拳を振りかざし、オレを殴り飛ばそうとする……が。すんでのところで拳を止め、蘭の方を見た。
「千歳虎は痛覚がなかったわね。だったら、こういうのはどう!?」
そう言って、モアは蘭の頬を思い切り振り抜いた。拳が頬骨を打ち抜き、鈍い音が響き渡る。殴られた勢いで、蘭は顔を伏せるがモアは蘭の髪を掴み無理やり顔をあげさせる。
「どう? 千歳蘭? 痛い? 痛いよね? 泣きそうかしら?」
「……痛ーい。そんな可愛らしい外見でやることはエグイのね?」
「千歳虎が悪いのよ? 私のこと怒らせるから」
「ふふふ。事実じゃない? 現に今だって、殴るしか脳がないみたいだし?」
……っぷ。と、オレは思わず吹き出してしまった。あーあ。茹でダコみてぇに赤くなっちまったぞ。
「ほんっと、あんたたち最悪ッ!!」
モアは平手を思い切り振り上げ、再び蘭の頬を狙う。
――が。
蘭の顔が、ぐわんッ、と平手とは反対の軌道を描き、それと同時にブチブチッ。メキメキッ。平手打ちでは絶対に鳴らない音が響いた。
「は……?」
モアは一瞬何が起こったのか理解できていない様子で、瞬きを数回する。そして、ようやく違和感に気が付いたのか、自分の手を見て悲鳴を上げた。
「は……ぇ……? わ、私、私の指!?」
モアの人差し指が根元から引き千切られていた。無残に残った導線やら鉄が見えていた。泣きそうな声を漏らしながら蘭を見る。すると、蘭はごくんッ……と、何かを飲み込んだ。そして、モアに向かって舌を出し、妖しく微笑んだ。
「……ごちそうさまでした」
「な、なな……何を、やって……」
最新のAIの癖して処理落ちしてやがる。まぁ、理解できないよな。蘭はオレ以上にイかれてるから。オレは流し目で、蘭のにやけ面をみながら溜息を一つつく。
「こ、この!」
『……モア。やめて。人質をそんなに傷つけないで。戻ってきて』
「で、でも! こいつ、私の指を!」
『戻ってきて』
どこからか聞こえてきた声。十中八九ネヴァだ。監視カメラで今までのやり取りを見ていたんだな。もっと早くモアの奴を止めていれば指を失うこともなかったのに。……まぁ、蘭が噛み千切って飲み込むなんて思わないか。
モアはオレたちを恨めしそうに睨みつけ、最後に一発、蘭のことを思い切り殴り飛ばした。
蘭はオレの足元に、派手な音を鳴らして椅子ごと倒れ込む。
「……っは! 無様な恰好ね! そのままでいればいいのよ!」
そう言い捨てながら、モアは部屋を出ていった。
……蘭は、オレの方を向くようにして倒れ込んでいる。整った顔立ちが台無しだ。左の頬が赤く腫れあがっている。アメジスト色の目を光らせているのが見えた。
蘭が、オレの顔を見て口を大きく開ける。
……はぁ。マジか。
オレの背中側に監視カメラがある。そして、蘭は『わざと』この位置に倒れ込んだ。丁度、オレの背中で蘭の顔付近は死角になっている。
……蘭。オレはお前のこと、度々悪魔の生まれ変わりなんじゃないかって思うよ。
静かに素早く靴を脱ぐ。そして、オレは蘭の口に思い切り足を突っ込み、舌根付近を強く足先で圧迫した。
蘭は小さくえづいた後、――モアの指を吐き出した。そして、その指をまた口の中に含むと足を器用に使って椅子ごと移動をし始める。そして、拘束されているオレの手の下あたりに蘭の顔が丁度くるような体勢をとっていた。
「あー! しんどいわー! 聞こえてるでしょう? 体を起こして頂戴ー!」
あたかも、起き上がれなくてこの位置までしか動けなかったように、蘭はわざとらしく声を張った。
「体起こしてくれないとずっと話し続けるわよー? やかましくてたまらないわよー? いいのかしらー?」
「勘弁してくれ……」
蘭は宣言通り、モアが来るまで、あーでもないこーでもないと喋り続けるのであった。




