第4話 勝ち筋
「天! 忙しい時にすまん! アッコちゃんだけこっちによこしてくれ!」
「……ッ! 分かった!」
するとアッコちゃんはゆっくりとこちらに浮遊してきた。
「アッコちゃん。救助系統で君の出来ることを僕に教えてくれるか?」
「了解。私の出来ることはネットを張る。手と共にワイヤーを五メートル限度として射出。それによって、遠くのものを掴む、破壊することが可能。三百キログラムほどの物体をずらす。心肺蘇生のための電気ショック。空気中の物質濃度測定。以上だ」
「十分すぎる機能だ。さすがアイコーポのロボットだな。ちなみに今この教室を漂っている黒い粒子は何だ?」
「成分分析します。…………、硝酸エステル、ニトロ化合物、ニトラミン、アミン硝酸塩、」
「もういい。分かった。焼け死ぬどころじゃないな。ここにいたら木端微塵になる」
『おい、蓮。何か策はあるのか?』
翔さんの声がアッコちゃんを通して聞こえてくる。なるほど、アッコちゃんが見ているもの、聞いているものを共有しているというわけか。
僕は大きなホログラムを展開し、指でなぞり計算式を書き込む。
「……西園寺蓮。お前はこんな時に何をしている?」
「ちょっと黙っててくれないか」
一心不乱にホログラムに数式を連ねる。頭の中にたくさんの情報。それを全て一つの線でまとめ上げる。勝ち筋は……見えた! これが僕の生き残るための解答だ!
「アッコちゃん。掃除用のロッカーのもの全て出して窓の前の机の上に置いてくれ」
「……? 何をする気だ? それにその計算式は?」
「近似式だ」
「……理解不能だ。西園寺蓮。翔はお前のことを変態だと登録してある。納得した」
「相変わらず失礼な人だ。翔さんは」
『事実だろ』
「はぁ。よく言われます」
アッコちゃんにロッカーを運んでもらい、椅子や机を使って角度を微調整する。
「アッコちゃん。今、教室の扉を開けたとしたらどうなると思う?」
「教室が消し飛ぶくらいの爆発が起きる」
「その通りだ。じゃあ、手を射出して教室の扉を破壊してくれ」
「拒否する。生命の危機。我も機能停止してしまう。馬鹿を言うな」
「生存の可能性を上げるためにロッカーを用意した。教室の扉が壊れれば、教室内へ一気に火が流れ込む。そして爆発。その爆風を推進力として利用する」
翔さんもアッコちゃんも言葉を失い、数秒沈黙が流れる。あぁ、この数秒も大切なのに。
『危険すぎるだろ。他の方法はないのか』
「ないです。他人の考えを否定するときは代替案も共にお願いします」
翔さんの、お前は本当に……という呟きと共に聞き慣れた深い溜息がアッコちゃんを通じて漏れてくる。
「……。理解、不能だ。西園寺蓮」
「僕はロッカーの中に入っているから、アッコちゃんは安全な位置から扉を破壊してくれ。あ、でもロッカーが学校から飛び出した後は駆けつけてくれるか?」
「……了解」
僕はロッカーに入る。理論上は、これで大丈夫。あとは、アッコちゃん待ちだ。僕は目を瞑り、その瞬間を待つ。
「いくぞ、西園寺蓮」
僕は来るであろう衝撃に耐えるため、ぎゅっと歯を食いしばる。
教室の扉が壊れた音が聞こえた数秒後、爆風がロッカーを猛烈な勢いで押し出した。ロッカーが動き出した瞬間、身体だけが置き去りになり背中に硬い金属が叩きつけられた。そして、背中越しに恐ろしいほどの熱気を感じ僕は奥歯をさらに噛みしめる。
ロッカーが空中を滑るように飛んでいっているのが感覚的に分かる。
しかし、次第にその速度が落ちていく。
――今だ。
僕は渾身の力を込めて、ロッカーの扉を蹴破る。
蹴り飛ばされた扉が大きく震え、低い金属音を残した。
僕はロッカーから抜け出し、中庭の木の方向へ跳躍しようとしたが……。
ズルリッ……。
身体が、嫌な軌道でずれる。……あぁ、くそ。頭の中の物理演算は完璧だったのに、なぜ僕の肉体はいつもワンテンポ遅れるんだ!
僕の足はもつれ、跳躍し損ねた身体は地面へ垂直に向かって行く。僕は重力を受けながらもまだ諦めていなかった。
僕は逆さまになりながら、体を捻り中庭の木を見据える。跳躍が成功したとしても、やはり……飛距離が足りなかったか。
あと数メートルで地面。そう思った瞬間、アッコちゃんが上の方から勢いよく降下してくる姿が見えた。アッコちゃんと目が合い、僕は再び活路を見出す。
「アッコちゃん! 片手で僕を掴んで、もう片方の手で中庭の木の枝を掴むんだ!」
「なるほど、西園寺蓮の行おうとしていることが初めて理解できた!」
アッコちゃんは僕を掴み、斜め上前方にある中庭の木に手を射出し木を掴む。その瞬間ワイヤーを巻き取る力で僕の身体が、ぐんっと一気に木へ引き寄せられる。
目が開けられないくらいの風圧を身体に受けながら、僕の体はのけ反りつつ再び宙へ浮く。僕のつま先が地面に僅かにつき、土埃をあげながら僕の身体は上昇していった。
そして、すさまじい勢いでワイヤーが収納される音がギュルギュルと聞こえた。
「西園寺蓮! 衝撃に備えろ!」
「……っ!」
気づいた時には腹部に強い鈍痛を感じた。太い木の枝に思い切り腹部を打ちつけ、くの字を描く。
……なんとか中庭の木まで飛ぶことが出来た。が、腹部を強く打ちつけた僕は身動きが取れないまま、ガサガサと葉の音を立て木の枝も折りながら中庭へ落ちていく。そして、地面に叩きつけられる覚悟を決めていると……。
……? 衝撃がいつまでたっても来ない。その代わりに、包み込まれる感覚と無愛想な声が聞こえてきた。
「おめぇ、やっぱ馬鹿だろ……」
虎がいつの間にか木の下に移動していて、僕のことをキャッチしてくれた。見慣れた顔を見て、ようやく僕は緊張の糸がほどけた。
「……安心している場合じゃないな。天のところに行かないと」
「だな。あいつも馬鹿だから、きっと無茶する」
ふと学校に目を向けると、天のレスキューチームが次々と学校から救助者を移動させている。隊長の指導が行き届いているのだろう。連携が取れていて一切の無駄がない。救助はレスキュー隊に任せ、僕と虎は天の元へ急いだ。




