第30話 解放
「……天? 俺のことも分からんのか?」
「おじさん、誰?」
天がこんな状態のため、夜中ではあるがみんなに社長室へ集合してもらった。翔が天の記憶を確認するが、オレが受けた反応と同じ反応が返ってくる。天の幼い立ち居振る舞いにみんな困惑していた。
「あ! 姉ちゃん!」
「……天。元気、そうねぇ」
希のことは覚えている……? すべてを忘れているわけではないのか。
「奏もいる! あと……蓮……? なんか大人っぽい?」
「二十七歳だからな」
「……二十七歳? 俺たち、七歳だぞ」
「七歳だと……? 天。お母さんとお父さんは?」
「……? 家にいるけど」
みんなの顔が強張る。天の両親はすでに亡くなっているからだ。
両親の死も。奏の転落も。アイコーポ騒動も。そして……オレたちとの出会いも、思い出も。全て経験する前に戻っている……?
「それよりさ! もう外こんな暗いんだなー!」
天は街並みが見える窓ガラスへ走って行く。社長室はガラス張りで、今の時間だと夜景が眼下に広がっている。……七歳くらいだと興奮して見るだろうな。
「……?」
天は、窓ガラスに映った自分の姿を見て困惑している。顔を撫でるように触り、自分の姿を凝視していた。
「誰だ? これ。知らない人が映って、」
言葉を言い切る前に、天は窓ガラスの前にうずくまる。頭を抱え、苦しそうに唸り声をあげ床に転がり出した。
「あ、ああ、ああぁあぁ! 頭、痛っ……。あ、嫌……だ。思……出したく、ない」
「天……! みんな、ごめんなさいねぇ。天、疲れているみたいだから。天の部屋に連れていくわねぇ」
天のお姉さんが床に転がっている天に優しく声をかけて、天を背負い、社長室を出ていく。
社長室の扉が閉まる。……誰も、喋らない。重苦しい空気だ。
そんな空気の中、蓮が眼鏡を押し上げ言葉を発する。
「虎。蘭さん。天の症状は、記憶喪失で間違えないですか?」
「解離性健忘だけでは説明しきれない部分もあるわ。強い解離症状が出ていて、自己認識そのものが過去の状態まで退行している可能性がある」
「治るの……?」
愛が真っ青な顔をして、言葉を漏らす。今にも倒れそうな様子を見て、奏が愛の肩をそっと支えている。
「一時的なものなら戻る可能性はある。でも、いつ戻るかは分からないわ」
「私たちとの思い出も、全部、なかったことに……」
「違うわ。なくなったんじゃない。今は、しまい込んでいるだけよ」
「蘭さん……、私たちどうすればいいの?」
「天くんには出来るだけストレスを感じない生活をしてもらう。そして、天くん自身がまた生きようと思えるまで待つしかないわ」
蘭は淡々と、医学的根拠を元に事実のみを説明する。
愛は顔を伏せたまま、黙り込んでしまった。そんな様子を見た奏が、愛を自室まで連れていく。……社長室には、オレ、蘭、蓮、翔の四人しか残っていない。
翔は煙草に火を灯し、椅子の背もたれに体を沈ませ天井を見る。
「英雄。やめられたな」
翔の煙草の煙がゆらゆらと漂う。そうか、天は今の状態になってようやく英雄をやめれたんだ。……こんな状況になるまで英雄をやめられなかった現実に嫌気がさす。
「天はしばらく休養だ。レスキューの仕事、虎だけで出来るか?」
「出来るに決まってんだろ。……天から頼まれてんだ。続ける」
「そうか」
「そんなことより。双子AIとかボスの居場所まだ分かんねぇのかよ」
オレはどこにも吐き出せない負の感情を誤魔化すかのように、自分のやるべきことを探す。自分に出来ることをする。それしか今のオレにはできなかった。……何かをやっていないと、頭がおかしくなりそうだった。
「アッコちゃん。ホログラム展開してくれ」
「了解した」
蓮がアッコちゃんに対して指示を出す。大きなホログラムが何もない空間に現れる。そして、五つの企業名が羅列され、そこで作られている製品名も一緒に纏められていた。
「さっき、まとめ終わった。夜遅いから本当は明日、みんなに説明しようと思ってたんだが」
「なんだ、もう目星はついていたのか」
「あぁ。もっと早く分かっていれば天は……」
蓮は俯く。……蓮も翔も希も悪くねぇ。ほとんど寝ずに調べていたのを知っている。
「……いや、ifの話をしても仕方ない。説明を始める。敵の証言と翔さんの仮説から、奴らはAWを造ろうとしている。これはこれまでの動きから見ても間違いない」
「AWで邪魔されず過ごすために、天を殺そうとしているくらいだからな」
「AWを一から造るなら、機構部品だけじゃ足りない。他にも設備やサーバー、通信機器なんかが必要になる」
「……そうだな。その機構部品だけあってもパズルのピースが一つだけあるようなもんだ」
「だから僕は、翔さんと愛のお父さんがAWを造るときに取引契約を結んだ五つの企業を調べた」
蓮はホログラムに目を移す。そうか、それでこの五つの企業と製品名がまとめられているんだな。……五つのうち、一つだけ赤いバツ印がついているがこれはなんだ?
「赤いバツ印は倒産した会社だ。この会社は、神崎テクノロジーで作られている機構部品には及ばないものの類似部品を作っていた」
「なるほど。倒産してしまったから、仕方なく神崎テクノロジーで新たに機構部品を作らせたということね。優秀な技術員が揃っていて、社長がポンコツで、勤めているAIも敵の思想と合致していて利用するにはもってこいの会社だったということかしら」
「そうです。敵側にとって神崎テクノロジーはとても便利な会社だった」
「んで、今の情報って双子AIの居場所と関係あんのかよ?」
「今映し出されている五つの企業は、翔さんがAWを造るときに取引契約を結んだ企業だ。部品やサーバー、通信機器、物体再構築装置……AWに必要なものを色々と取引した。そうですね? 翔さん」
「あぁ。俺が直々営業に回った会社だ。今も付き合いがある」
蓮は眼鏡を押し上げ、続ける。
「倒産している企業を除く、四つの会社でAWに使用した物品に関して最近取引先が増えていないかを確認したところ、いずれも同住所に物品を定期的に送っていることが分かった。……神崎テクノロジーで得た契約書に書かれている住所と同住所、だ」
そういや、翔が神崎テクノロジーから戻ってきた時に言ってたな。機構物品の送付先が分かったけどデジタルオフィスだから有益な情報じゃないみたいな。けど、全ての会社がそのデジタルオフィスにAWに使う物品類を送付しているとなると莫大な量だよな。……そのデジタルオフィス、どうなってんだ?
「その住所がただのダミー倉庫や罠である可能性を捨てきれなかったから、僕は慎重に裏付けを進めていたんだ。AWを造るためのコア部品を定期的に収納できるようなデジタルオフィスなんて規格外だろう。敵の本拠地につながる可能性があるし、調べてみる価値は大いにある」
「でもよ、翔が出し抜かれたくらい頭が切れるAIなんだろ? その住所に行ったとして簡単に調べさせてくれるとは思えねぇな」
「今の会話の流れから分からないか?」
蓮はホログラムを消した。もう、説明は終わりだと言わんばかりに。いや、オレは理解しきれてねぇから説明してほしいんだけど。オレが首をかしげて訝しげな目線を蓮に送っていると、蓮は溜息をつく。
「例えば。この住所に、虎を荷物として送るとどうなるだろうな?」
「…………へぇ。蓮。お前はオレのことを何だと思ってるんだ?」
「……? 虎は小柄だろう? 何の問題もないと思うが」
「問題しかねぇ! ……でも、だ。いい作戦ではあるな。今まで、敵側がアクションを起こしてからしか対処できなかったからよ」
オレは手の関節をボキボキと鳴らす。ようやく敵に一泡吹かせることが出来そうだ。今から楽しみで仕方ねぇな。
「あとはまぁ、五つの会社の中で一番信用できる会社に明日声かけてアイコーポの資材をいっしょに発送してくれないかと交渉する」
翔が灰皿に煙草を押し当てる。大分疲れがたまっているようで、椅子に座りながら目をつぶっている。
「おら、ちゃんとベッドで寝れ」
「あともう一仕事……」
「寝れ」
オレは椅子から翔を引きはがして、簡易ベッドへ寝かせる。抵抗はしなかった。そのまま眠りに落ちていく。おっさんの癖に、いつも無理しやがって。
「僕も寝る。さすがに睡眠時間が足りていない。……お休み」
二人とも電源が切れたかのように眠る。オレと蘭は顔を見合わせ、社長室の電気を消し自室へと戻ろうとした。戻る途中、天がいる部屋の扉を見る。……静かだ。寝ているのか。
歩くのをやめ、茫然と見つめているオレを見て蘭が呟く。
「今回、私も同行するわね」
「あー? なんでだよ」
「虎。あなた、寝て起きた時すごい顔してたわよ」
「……あぁ。あの時か。……天が守りたかったこの世界で、天が生きれねぇって言うんだったら全部ぶっ壊してやろうと思ったんだけどよ。天があんなになっちまったから、今はそんな気分じゃねぇよ」
「……そう。でもね、それでも今回ばかりは心配だからついていくわ。翔でさえ手玉に取られたAIと対峙するかもしれないからね」
蘭は、もう決めたことよ。と言って先に部屋に戻っていく。正直、蘭が一緒なのは心強い。
……蘭は何でもお見通しなんだな。そりゃそうか。オレが何十、何百無茶してきたのを見てきてるもんな。オレは一息ついた後、蘭を追うようにして自室へ戻った。




