第27話 絶望
※グロテスクな表現が含まれます
オレはタワーマンションの屋上付近を睨みつける。何かがこちらに飛んで――。
それが何かを理解する前にオレの身体は動く。全速力で女の近くまで行き、そのまま跳躍。身体を半回転させ、今は何もない空間に対して蹴りを仕掛ける。
――丁度。それは女の元に降ってきた。
オレの蹴りが思い切りそれに当たるが、それは『鉄塊』でも蹴り飛ばしたかのような硬さと質量で、勢いは全く止まることはなかった。
代わりに、オレの足の関節がゴキッと嫌な音を立てて外れる。それと――。
破裂音。破砕音。そして、赤々とした液体が噴水のように吹き出し、雨のように降り注いだ。
隣で左足を骨折している男の顔に、赤い飛沫がべったりと張り付く。男は事態を理解できないまま、目の前の肉塊と化した何かを凝視していた。
「……? る、月渚……? え?」
オレの目の前に、全身黒ずくめが立ちふさがる。女の顔があった血だまりにそいつは立っていた。オレは黒ずくめではなく、女だったものを見つめたまま言葉を吐き出す。
「そこどけ」
「お前は千歳虎だな? 俺は小鳥遊天に会いに来たんだ。おー、いたいた」
黒ずくめの下には、女の顔が……あった、のに。
「小鳥遊天ー? 俺は回りくどいことしないで直接お前を殺しに来たぞ?」
黒ずくめが女だったものから足を上げると、赤をベースとした様々な内容物が混ざった液体が糸を引く。オレの隣を通ったところで、黒ずくめの肩を全力で握った。
「待てよクソ野郎。天のところ行く前に言うことがあるだろうがよ」
「雑魚は引っ込んでろ?」
――みぞおちっ! オレは黒ずくめの動きを読み、両手で黒ずくめの右手首を掴む。
「……ッチ」
さっきの蹴りをいれた時に右足の関節が外れてしまって踏ん張りがきかない。せっかく作ったチャンスだが、オレは左足に力を入れ、飛ぶようにして黒ずくめから距離をとる。
「人間の身体は脆いな? 簡単に壊れてしまうもんなー?」
「うっせぇ。壊れたら治しゃいいだろ。そのために医者がいんだ」
こんなことになるなら蘭の言うことをもっと聞いておけばよかった。「無茶するから関節が外れやすくなったのよ」みたいに言われてたな。痛覚がないから痛みは感じないが、いちいち治すのが……面倒ッ!
ボキッ!! と、オレは慣れた手つきで関節が外れた右足を治す。……動く。よし。
「英雄メンバーの中に化け物がいるっていうのはホントだったんだな」
「化け物だぁ? 何とでも言え。オレからしたらおめぇらの方がバケモンだよ」
オレはメスを構える。そして……、黒ずくめの後ろにいる天を見る。よし、創造の発動準備はもう出来ているようだ。
オレは薄く笑う。…………が。
突然。創造の光が小さくなっていく。こんな挙動を見せたのは初めてだった。天も困惑した表情を浮かべている。
天は改めて、精神統一をし創造に力を込めていた。
「何を見ている? 俺をちゃんと見てくれないと嫌、よっ! と」
黒ずくめはナイフをオレの首に向かって振るってきた。オレは状態を低くして避ける。そのまま黒ずくめは振り上げたナイフをオレの頭に向かって振りかざす。オレは後ろにステップを踏み避ける。
「ひゅー。身のこなしが華麗だな」
「手加減してねぇで本気でかかって来いよ」
「本気って、変形しろってことかよ。嫌だねぇ。変形しちゃうとこの姿に戻れなくなるし馬鹿になるし。そして何より、この姿でも勝てちゃうからさ? いや、もう勝ってるかな」
「あー? 寝言は寝てから言えよ?」
オレは黒ずくめの後ろにいる天を確認して、再び不敵に笑った。
オレンジ色の眩い光と電流が天の手元から迸り、黒ずくめの身体を一閃。黒ずくめの延長上にいたオレの隣で天は動きを止めた。
「……虎。ごめん。手こずった」
「なに。結果オーライだ」
俺たちは横目で微笑み合い、拳を叩き合った。
黒ずくめは崩れるように倒れる。天は、骨折している男の元へ向かった。
オレは黒ずくめへ近づき、帽子とマスクを外し、ジャケットのファスナーをおろした。
「……!!」
オレは天が見る前に急いで、帽子とマスク、そしてジャケットのファスナーを上げ直す。
「……ふざけんな。その演出は二番煎じだ馬鹿」
黒ずくめは、身体から火花を散らしながら、ニィッとオレと同じ顔で笑い上がった。
オレは渋面を作り、ぐっと奥歯を噛み締めて震える身体を抑えつける。どいつもこいつもオレの顔でアンドロイド作りやがって。何考えてやがる。
「先を越されたネタだけどさ? 嫌がらせにはぴったりだと思ってなぁ?」
……十年前もオレのAIと戦ってみんな嫌な思いしてんだ。それに、今の天がこんなの見たら……。オレと同じ顔のアンドロイドをどうしてやろうかと考えていると、突然、そいつは声を荒げる。
「小鳥遊天んっ!? 聞こえるかあ!? お前が英雄だからぁ!! 一般人が狙われてるんだ!! お前が守りたいものだから狙わ、」
ズブッ。
機械なのに人間みたいな柔らかさを感じる。気づくとオレはオレの形をしたAIの頸部にメスを突き刺していた。
「クソAI…………」
オレはオレの顔をしたAIを見下しながら、再びメスを振り上げる。
ガリッ! ガリッ! ガリッ!
それは、それだけは。天に伝わらないようにみんなで隠していたことなのに。
「あハはッ。千歳虎は友達想イ。記録更新」
「黙れ」
ガリッ! ガリッ! ガリッ!
「ジブッンの、ガッ、カオッ、壊スッテエエ? ドゥイウッ、キィモチ?」
「黙れっつってんだろッッッ!!」
機械の油が顔面に繰り返し噴きかかる。その程度ではこの一方的な暴力は止まらない。
オレは表情一つ変えずに、何度もメスを振り上げ、顔を傷つける。何度も、何度も。刃がこぼれれば、新しいメスに持ち替える。顔の原形がなくなるまで、繰り返した。




