第19話 誰の為
【翔】
――アイコーポ騒動が起きる一年前。
「誠一! ようやくAWが出来たなぁ……。これで世の中の苦しむ人が減るな!」
「そう、だな。これでようやく、栞里に会える」
「……あ、おい。社長自らモニターになるやつがあるか」
「翔。邪魔するな。これで、俺と栞里の時間が永遠のものとなった」
「……誠一。熱心になりすぎるなよ。あくまでもAWは、世の中でどうしても生きることがしんどくなった人が一時的に利用するものだろう。現実をもう一回頑張って生きよう、と思えるように作り上げた仮想空間のはずだ」
「……」
「はぁ……。勝手にしろ」
誠一はそこからAWへ没入し、徐々に現実世界にいることの方が少なくなった。何度も説得した。だが、誠一は聞く耳を持たず、現実世界にいる愛ちゃんまでも置き去りしAWで過ごしていた。
現実世界は自分の意識から作り出したAIをいれたアンドロイドに任し、俺はその有り様を解決へ導けず燻った日々を送ることしかできなかった。
――ある日、決定的な出来事が起こる。
俺がAWの動作確認をしに、サーバールームに入り監視カメラをチェックすると、スタッフの格好ではない誰かが入り込んでいるのが見えた。
「愛ちゃん……?」
愛ちゃんは誠一が入っているAWポッドの前で立ち尽くしていた。……ここからでは表情は確認できない。いつも俺と誠一に、勝手に会社に入ってくるなと言われているのに、この子ときたら……。
俺は溜息をつきながら、愛ちゃんの元へ向かう。
愛ちゃんがいる、AWへ意識を飛ばすポッドが置かれている一室へ俺は歩みを進める。 アイコーポの地下空間。地下のサーバールームには、AWへ意識を送るポッドが円状に並んでいる。
俺が、監視カメラで愛ちゃんがいたと思われる場所に進んでいくと……。啜り泣くような声が聞こえてきた。 俺は機械の影から愛ちゃんの様子を伺う。
この位置からでは愛ちゃんの後ろ姿しか見えない。……愛ちゃんの肩は小刻みに揺れ、誠一の入っているポッドにもたれかかるようにして泣いていた。
「お父さん……帰ってきてよ……」
その一言で俺の中の何かが音を立てて崩れるのが分かった。機械にギリギリと爪を立てる。……俺の発明したもののせいで愛ちゃんにこんな顔を、こんな思いをさせてしまったのか。
AWポットを見渡す。……今、AWを利用している人たちの家族も、もしかしたら愛ちゃんと同じような気持ちを抱えている?
俺の……俺の発明は一体誰の為に……。
――暗転。そして、重だるい体。
「ん……」
目を開けると、俺は机に突っ伏していた。また寝落ちしてしまったようだ。
……肩に毛布がかけられている。社長室を開く音が聞こえ、俺は音の元へ目をやる。すると、身支度を終えた蓮が入ってきた。
「翔さん。寝るならベッドで寝てください。疲れがとれませんよ」
「そうだな、身体がバキバキだ」
「……というより、昨日シャワー浴びてないですね? この部屋、煙草の臭いと焦げ臭さが混じって酷い臭いなので、シャワー浴びてきてください」
「アイコーポの社長に対してその言い草……お前らだけだぞ」
蓮は片手で鼻を摘み、窓を全開にし社長室のあらゆるところに消臭スプレーを噴霧している。そんなに臭うか? 俺は自分のスーツを嗅ぐ。……よく分からん。
はぁ……。シャワーでも浴びにいくか。俺は社長室を後にした。
「あれ。翔さん。早起きですね」
「お、天か。おはよう」
天も身支度をしっかり終えている。昨日、救助活動を終えてからも後処理で現場に残っていたようだ。
夜中の三時ごろに俺の部屋の隣で物音が聞こえてきたから、恐らく全然休めていないのだろう。俺は天の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「おつかれさん。大変だったな」
「いえ、仕事ですから」
「俺の方でやっておくことはあるか? 他の奴らはさておき。天のお願いだったら最優先で動くぞ?」
「……心強いなぁ。ありがとうございます。とりあえず、昨日の報告書も纏めたのでひと段落しました。大丈夫です」
「そうか。休める時に休んでおけよ」
天は微笑み、自分の部屋へ戻っていく。
……何が大丈夫です、だ。大丈夫な顔じゃないだろう。目の下の隈。土気色の顔色。ふらつく足取り。生きてるだけでやっとですという感じじゃないか。
奏ちゃんが言っていた。ボスと呼ばれているAIは、『天を殺そうとしている』と。そして、その殺し方というのが、天のことを調べつくした上での方法。『天の守ろうとしているものを一つずつ壊していく』
全く……。ぐぅの音も出ないな。そんなことをされ続けたら、間違いなく天は壊れてしまう。
もし、天がこのことを知ったらきっと自責の念に駆られるだろう。「俺がいるからみんなを守れないってこと?」なんて飛躍した考えをする可能性が高い。
……だから、みんなでこのことに関して、天には内緒にしておこうと情報共有した。
誠一も大丈夫、大丈夫と言いつつ最後は……。俺は、ハッとし首を横に振る。
……いや、天にはみんながついている。
誠一が最悪の決断をしてしまったのは、AWへ逃げた時に俺も、愛ちゃんも距離をとってしまったからだと今になっては思う。
あの時、誠一のそばに居続けて、帰る場所を確保してあげていればAWからもしかしたら戻って来れたかもしれない。……孤独は辛かったよな。そりゃ、AWの方がいいってなるよな。
この話を服役中の誠一にしてみたことがある。誠一は考えすぎだ、なんて苦笑いしながら言っていたが……。
「……さて、天が働かなくていいように先手を打ちますか」
シャワーでも浴びながら作戦を考えるとしよう。……なんせ、今日は神崎テクノロジーの社長と商談だからな。




