第20話 役割
俺は身支度を終え、社長室へ戻る。すると俺の秘書である天の姉、小鳥遊希が出勤していた。既にノートパソコンを開き作業している蓮と、昨日起きた出来事について情報共有をしているようだった。
「小鳥遊さん。おはよう」
「社長、おはようございます。昨日もいろいろあったみたいですねぇ」
「あぁ。AIに関しては二件もデータが集まっている。今日はその二件の情報を蓮と一緒に纏めて欲しい」
「分かりました。……でも、蓮くんだったら私が居なくてもいいんじゃないかしら?」
「頭の中ですでに情報整理が終わっていても、それを何か別の形として残すとなると手間暇がかかりますからね。希さんの協力が必要です」
「あら。蓮くんから頼まれごとされる日が来るなんて感慨深いわねぇ。じゃあ、パパッと終わらせちゃいましょうか。私はAIだから、疲れないしバンバン仕事を振ってね?」
この姉弟はどうも自己犠牲が過ぎるな。希さんは十年前、自分がAIになってしまったことを天が気負わないようにとあっけらかんと振舞う節がある。
蓮は流石だ。俺が指示しなくても、あっという間に情報の整理から見やすい資料まで作り上げてくれる。アイコーポに来ないかと勧誘したが、生徒が待っているのでと断られた。
……さて。みんなを呼んで、今日のスケジュールを発表するとしますか。
「……ということで、俺と愛ちゃんで神崎テクノロジー……。神テクへ商談に行ってくる」
みんなを社長室に呼んで、本日の作戦会議。……一人来ていない奴がいるが、昨日は暴れて疲れただろうから大目に見てやった。
「それは本当に商談なのかしら? 脅迫とかじゃなくて?」
「蘭さん。そんな物騒なことしに行きませんよ。あくまでも交渉です」
蘭さんがソファに深く腰掛け足を組み、片方だけ口角を上げにこやかに聞いてくる。
「……まぁ、表向きは商談に行くということにしていますが、蘭さんたちを襲ってきたAIたちに使われていた部品。その部品の販売経路がどうなっているのか調べてきます」
「販売経路なんて教えてくれるかしらね? 重要な情報じゃない?」
「そこは俺の腕の見せ所ということで」
俺はカバンを持ち、愛ちゃんと一緒に社長室の扉の前に立つ。
「それじゃ、みんなお留守番を頼む。あ、天。お前はしっかり休むように」
「なんで、俺だけ名指しなんですか」
「お前は釘を刺され過ぎないと言うこと聞かないだろう。奏ちゃん。天の監視お願いする」
「分かりました! 何が何でも休ませます!」
天は困ったように笑い、頭をかいている。
さて、俺たちはなんとしても新たな情報を掴んでこないとな。俺はネクタイを締めなおし、愛ちゃんと共にアイコーポを後にした。
俺は愛ちゃんを車に乗せ、神テクへ向かう。助手席に乗っている愛ちゃんが今日の商談の流れをイメージトレーニングしているのか、考え込んでいる様子だった。
「愛ちゃんは横に居てくれるだけでいいんだぞ?」
「そうはいかないでしょ! 広報渉外部署の主任としてちゃんと仕事させていただきます」
「そういえば愛ちゃん主任だったな。アイコーポ入りたての頃は、渉外ってなんですかとか俺に聞いてたよな。懐かしい」
愛ちゃんは高校卒業後、アイコーポに入職。父親の誠一がアイコーポ騒動で逮捕されたことから、父親の会社を立て直すため大学にはいかず高校卒業後すぐにアイコーポへ入職してくれた。
プログラミングなどの技術は出来ないため、専門職以外の分野での採用となった。その時に行った適性検査で、愛ちゃんは広報渉外部門の適性が高い結果が出たため現在に至るまで様々な企業との仲介をしてくれている。
そして何より、非言語的コミュニケーションが秀でている。愛ちゃんは特に意識せずやっていると言っているが、要所で相槌を打ったり、微笑んだり、相手の目をじっくり見たりというのが上手だ。あとは、相手がして欲しい質問を絶妙なタイミングでする。相手は商談が終わるころにはすっかり心を許してしまう。
だから、重要な商談の時は愛ちゃんを連れていくことにしている。
「まぁ、いつも通りの愛ちゃんでいい。むしろ身構えた方が相手も警戒するからな」
「いつも通りじゃダメ! 今日は特に失敗できないんだから!」
ブツブツと呟きながら再びイメージトレーニングを行う。
……二人で行動していると、十年前のアイコーポ騒動のことを思い出す。あの時も、こうやって二人で車に乗っていた。
愛ちゃんは、助手席の窓から流れていく景色を見つつ呟く。
「天と蓮に出会った時もこんな感じだったよね」
「……俺も同じことを考えていた。あれから十年か。早いものだな」
「ねぇ、翔さん。……天は大丈夫かな」
「……」
俺は言葉に詰まる。……大丈夫ではないから。
愛ちゃんも、大丈夫ではないと分かりつつ俺に聞いている。俺が何か的確なアドバイスをくれるのではないかという期待を込めて聞いているのだろう。
「今の天の姿……誠一と比べてしまうんだ。追い詰められている感じが似ている」
「私もそう思ってた。このままじゃダメだって言うのは分かってるんだけど、どうしたらいいのか分からないの」
「誠一の時と違うのは、天には沢山の仲間がいる。一人一人、救い方が違うんだと思う。ちなみに俺は、天の仕事を少しでも減らせるように裏工作している」
「私は……何が出来るかな」
愛ちゃんは伏し目がちに、小さくため息をついている。
災害が立て続けに起きる前に、すでに愛ちゃんから天の状況について相談を受けていた。仕事が大変そうだ、元気が少しないようだ、メッセージ返ってくるのが遅い……など。社会人ではよくあることだから、あまりとやかく言わず見守りなさいなんてアドバイスをしたが事態は深刻なものになっていた。
「見守るのはもう飽きちゃったな。天と色々話してみようかな」
「うん。愛ちゃんはそのくらい勢いがあった方が愛ちゃんらしい」
「何それ。もしかして馬鹿にしてる?」
愛ちゃんは、力強く俺の左肩を叩いてくる。本当に、アイコーポの社長にこんなことをしてくるのは君たちだけだよ。
少しだけ緊張感が緩和された車内。もうすぐ、神テクへ到着する。
俺たちは神テクへ到着し、案内板を見ながら社長室の在処を確認する。二十階か。
「それよりも、翔さんよく昨日の今日で商談組めたよね」
「これでも日本一のIT企業の社長だからな。その社長が直々に商談したいと言ってきたら否が応でも調節せざるを得ないだろう」
「……強引」
「さ、ここからはちょっとばかり気を引き締めるぞ」
総合受付のAIに話しかけ、生体認証をクリアした後社長室へ案内してもらう。




