第2話 災害
シャワーを浴び終え、スマホを確認すると翔さんからの着信履歴が数十件残っていた。確認している最中に再び着信があったので、応答する。
「もしもし」
『蓮! 無事でよかった。お前、あの内容はメッセージじゃなくて電話だろうが!』
珍しく翔さんが大きな声を上げている。僕はなぜ翔さんが怒っているのか分からず、頭にクエスチョンを浮かべながら事情を説明する。
「忙しいと思ったので」
『だからってメッセージで済ませる奴があるか!』
「電話は相手の時間を拘束するじゃないですか」
『そういう問題か!』
僕はスマホを少し耳から遠ざけながら翔さんと話をする。
「それで、翔さんは何か情報を知っていますか?」
『……外国人はどういう特徴があった?』
「背丈が大きいことしか分からないです。変声機まで使っていました」
『そうか。怪しい外国人の情報は残念だが入ってきていないな』
「あと、二週間前くらいから英文のメールと国際電話がかかってくるようになりました」
電話の向こう側で、翔さんが激しくむせ込む音が聞こえてきた。翔さんも歳だからな。今年で確か四十五歳だ。いろんなものにむせ込みやすくなるお年頃なのだろう。
『お、お前な……! 今すぐ、俺にそのメールの転送! 電話番号も送ってこい! お前は、天と虎とは違った意味で世話がかかるな……!』
「……? 天と虎と同じ土俵で捉えられるのは少し遺憾に思います」
深い溜息が聞こえる。あぁ、やっぱり疲れているのか。相談しない方が良かったかな。
『蓮。すまない。年甲斐もなく興奮してしまった。まずは、相談してくれてありがとう。ここ最近の中大規模災害と関係あるかもしれないからそれと併せて調べてみる』
「僕も最近の災害と関係しているんじゃないかと考えていました」
『とりあえず、タイムリミットは明日の正午まであるんだな。アイコーポで匿う。今から迎えに行く』
「明日は三学年とも僕の授業があるんですけど」
『自分の命と授業どっちが大事なんだ!!』
……きぃん。と、翔さんの声がハウリング。僕の鼓膜がビリビリと震える。今日は翔さんの腹の虫の居所が悪いらしい。僕は生徒たちの顔を思い浮かべながら話を続ける。
「……僕が学校を休むことで、あの黒ずくめが何かを感づいてそれこそ生徒が危険な目に遭うかもしれない。あの外国人は学校がどうなってもいいのか? と聞いてきたんです。だから普段と変わった行動をするわけにはいきません。僕が逃げたことで、生徒が巻き込まれる方が嫌です」
電話の向こうで、数秒の沈黙。ジッポを開けるキィンという甲高い音に続き、火を点ける音が響いた。翔さんは深く息を吸い込んだ後、体内の淀みまで一緒に吐き出すように、長く息を吐いた。
『……分かった。ただ、俺の方では勝手に動かせてもらうからな』
「天には言わないでくださいよ。このこと知ったら忙しいのに絶対飛んでくる」
『まぁ、尽力する。いいか? 何か変化があったらすぐに連絡をよこせよ?』
「分かりました。ありがとうございます」
僕は通話終了ボタンを押し、一息つく。
さて、明日、外国人がどういう行動パターンを仕掛けてくるかシミュレートをするか。僕は椅子に座り、大きなホログラムに外国人の行動パターンや生徒一人一人の行動パターン、各先生の配置などを全て書き込む。
……今日はいつもの九時に寝ることは不可能だな。そんなことを思いながら念入りに作戦を練っていく。
――翌日、九時四十八分。
一限目も終わりかけ。僕は空中に展開したホログラムに書き込みながら、微分法の説明をする。
生徒がタブレットに板書内容を打ち込む音と僕の声だけが聞こえる教室。
……朝早くに来て、学校中をチェックした。異変は特になかった、が。胸騒ぎが止まらない。想像し得るパターンが多すぎて、昨日の夜は結局寝ずに数十万パターンを樹形図のように纏めていた。
徹夜はさすがに頭の働きが悪くなるな。
眠気に襲われ、あくびを何度も堪える。正午まであと二時間くらいか……。どのような返事を送ればいいだろうか。従うふりをするというのが一番安全だろうか。
そんなことを考えていると、終業のチャイムが鳴った。
「……今日の授業はこれで終わりで、」
――目の前が光る。そして、今まで聞いたことのないような轟音。廊下側の窓が一斉にビリビリと震え、教室全体が押し込まれたような感覚に襲われた。そして、学校全体が傾いたような錯覚。何か大きなものが崩れるような音も近場で聞こえてきて、地震のような振動もあった。
僕は愕然とし、一瞬、頭が真っ白になる。そんな僕を現実に引き戻してくれたのは生徒たちの悲鳴だった。
「何!? 今の音!? 爆発!? 地震!?」
「学校傾いてる! やだ! 怖いっ! に、逃げないと!」
教室から急いで出ようとする生徒。その生徒を見て、他の生徒たちも一斉に教室から出ようとする。
「いいから待て!」
普段、声を荒げない僕の怒号に生徒たちは凍り付くようにして止まった。
「……先生が確認してくる。君たちはここに待機だ」
生徒たちは、怯えた表情で僕のことを見つめ全員がこくりと頷いてくれた。……いい子達だ。
教室の扉を開けようとするも、学校自体が傾いていることもありまったく開かなくなっている。反対側の扉も同様だった。
「男子。ドアを開けるのを手伝ってくれ」
運動部の男子数名に扉を開けるのを手伝ってもらうも、びくともしない。
「先生。なんか、熱くないですか?」
「……」
生徒を不用意に不安にさせないために、あえて何も言わなかったが、おそらく火災が起きている。煙が廊下側から入ってきていた。生徒たちが教室の隅に固まり、恐怖に怯える表情を浮かべている。
……なんて声を掛けたらいいんだ。気の利いた言葉が全く思い浮かばない。
……こういう時、天だったらどうするんだろう。幼馴染の顔を思い出す。
いつだって前向きで、他人のことを第一に考えて、思いやる……。
――天なら、きっと。
「大丈夫。みんな助かるよ。僕に任せて」
気づけば僕は、生徒たちに向かってそう告げていた。一人一人の頭を撫でて、大丈夫、大丈夫と言って回る。
少しだけ生徒たちの表情が和らいだようだ。
さて……。密室状態だ。これは非常にまずい。火事で一番怖いのは一酸化炭素中毒だ。現時点で微量ではあるが煙が教室内に入ってきている。窓は……、こっちもやっぱり開かないか。開かないなら、壊すしかないな。
「みんな、窓から少し離れて」
僕は椅子を持ち上げ、窓の角当たりのガラスに向かって思い切り椅子の足をぶつける。
強化ガラスの弱点は、面ではなく一点への衝撃だ。すると、窓ガラスは容易に砕け散ってくれた。砕け散る音に驚き、生徒たちが小さく悲鳴を上げる。
僕は全ての窓ガラスをバリバリと砕いていく。……これで煙が充満するまでの時間を少しでも稼げる。後、出来ることは窓を脱出経路として確保することくらいだ。状況によっては救助隊の指示で降下する必要がある。
「西園寺先生。俺たちにも何か手伝えることがあったらやらせてよ」
生徒の一人が、僕の前に立ち勇ましい顔で申し出てくる。
「わ、私も手伝う! 黙ってたら怖い気持ちがどんどん出てきちゃうから……!」
生徒たちがぞろぞろと僕の周りに集まってくる。……怖くて堪らないはずなのにみんな勇気をまとった表情で恐怖を必死に抑えているようだった。
「ごめん。先生、一人で解決しようとしていた。そうだよな。この状況で何もせずにじっとしていた方がかえって怖いよな。……おそらく、この後、レスキュー隊が来て窓から飛び降りろって指示が出ると思う。だから、すぐ飛び降りられるように窓の近くに机を置いておこう」
生徒たちは頷き、各々机を窓の近くに置いてくれる。賢い子達だ。不安を抱えつつも、パニックに陥っていない。
……さて、やれることは全てやった。あとは救助を待つだけだ。




