第1話 接触
【蓮】
――アイコーポ騒動から十年の月日が経過。21XX年11月。
終業を告げるチャイムの音が響く。僕はホログラムへの書き込みを止め、教壇の上で端末を操作し授業終了の認め印を記載する。
目を擦っている生徒、タブレットに急ぎ打ち込む生徒、友人と喋り出す生徒……いつもの光景だ。
「今日はこれで終わり。分からないところは個別に聞きに来てください」
昼休み。授業が終わると同時に教室から勢いよく出てくる生徒が何人かいる。熱血な先生が危ないぞ! と、大声で怒鳴る。僕はそんな光景を傍目に、職員室へ戻った。
いつも通り、完全食を自分のデスクの上に広げながら今の授業の反省と次の授業の準備、生徒別の指導方法などを更新する。
「西園寺先生。また、完全食ですか」
「これが一番手っ取り早いんですよ。これのおかげで健康診断もいつもAですしね」
通りすがりの先生の表情が引き攣っている。いろんなものを食べろと言う先生も中にはいる。合理的じゃないですよね、と言うとみんな口を閉じどこかへ行ってしまう。このことを親友に相談すると、相変わらずだな、なんて言われた。
ピコンッ。
僕の個人用のスマホが揺れ、同時にメッセージの受信音が鳴る。
「またか……」
英文で書かれた文章。最初はスパムか何かだと思い、問答無用で捨てていた。何度もメッセージが送られてくるので、この前、文章をついに確認。僕の頭脳を活かさないかという内容だった。メッセージの主は不明。国際電話もかかってくるようになった。怪しいので、無視しているが。
「律儀な詐欺業者もいるもんだな……」
僕は背もたれに体重を乗せ、水分補給をしながらボソリと呟いた。
「西園寺先生!」
職員室の扉を叩く音と共に女子生徒の声が響く。失礼します、と言いながら足早に僕の元へ来る。
「あ! あの!! 今日の数Ⅲ、私には難しくて……!」
「安田さん。君は基本的な公式はしっかり覚えられているから、あとは応用の仕方を何通りか覚えるだけで理解力が爆発的に伸びると思うよ」
安田さんが分からない、と言った部分の説明を紙に書きながら安田さんが分かるように噛み砕いていく。分からなかったところが分かるようになった瞬間、顔をパァッと明るくさせて僕を見つめてくる。
「西園寺先生……! 説明とっても分かりやすいです! 私の物覚えが悪くてごめんなさい。先生の手間を取らせちゃって」
「昔、点Pがなぜ動くかで一時間ほど物議を醸した強者がいてね。安田さんは物覚えいい方だと思うよ」
「あと、また佐藤くんが木下さんをいじめていて……」
「……またか」
僕は小さく溜息をつく。人間とAIの不仲。今に始まったことではない。
十年前のアイコーポ騒動後、人間とAIの共存が義務化された。学校でも人間とAIが一緒に教育を受けるという方針が定められた。
だが、突然の方針変更のため受け入れられるはずもなく、世間では人間がAIを馬鹿にするような行動をとっていた。それがこの学校でも起きている。都度注意はしているが差別というものはなかなか改善することが難しい。
「佐藤くんには今一度僕から言い聞かせる。ありがとう。いつも教えてくれて」
安田さんは持ってきた学習用のタブレットをギュッと握りしめて、深々と頭を下げる。そして顔を上げると、何かを思い出したようなハッとした表情をしていた。
「そういえば、西園寺先生。私、登校する時に外国の人かな。すごい背の高い色白の人に西園寺先生のこと色々聞かれたんです」
「ん……?」
外国人と言う単語から最近の迷惑メールと国際電話を瞬時に思い出す。
「あ……! 先生の個人情報だから何も言ってないですよ? でも、その人、いろんな生徒に西園寺先生のこと聞き込みしてて」
「そうなんだ。ありがとう。教えてくれて」
「いえいえ……。危ないことに巻き込まれていないですか?」
「君が不安がることじゃないよ。大丈夫」
僕は安心してもらえるようなるべく柔らかに安田さんに喋りかける。それでも安田さんは、不安げな表情を浮かべながら職員室を後にした。
安田さんを見送った後、僕は一呼吸だけ深呼吸する。
そして、目をつぶり、右のこめかみをトントンとノックする。
迷惑メール、国際電話、外国人……。最近の多発する、中大規模災害……。以前より増した人間とAIの小競り合い……。
僕はスマホのネットニュースをフリックし、目の前の空間に最近の災害内容が書かれている記事をどんどんと表示させる。頭の中の仮説が一つの線となり、繋がる。
「関連がある可能性48.6%と言ったところか」
僕が目の前の空間に、数十あるネットニュースの記事をホログラムで表示させていると「また何かやっているぞ」といった呆れたようなコソコソ話す声が聞こえてきた。
水分を一口とる。そして、スマホに再びメッセージがきたことを伝える揺れを感じる。また迷惑メールかと思いながら、メッセージを確認すると政府からの号外だった。『R-MET(広域医療連携救助隊)発足。内閣府、消防庁、厚労省、防衛省の合同プロジェクトが始動。英雄でありレスキュー隊長でもある小鳥遊天指揮のもと、災害救助と医療提供の迅速化を目指す』
R-MET……なるほど。前に会った時に言っていたレスキューチームのことか。
「英雄……か」
十年前、世界中を巻き込んだAIの暴走――人類を仮想空間へ強制移住。そんな脅威から世界を救ったことで、幼馴染の天はすっかり手の届かない有名人になってしまった。だけど僕からすれば、昔から無鉄砲で、世話の焼けるただの親友で幼馴染だ。
ネットニュースには、天の姿が数多く見受けられた。全てのサムネイルに使われているんじゃないかという程に。ちゃんと、休めているのだろうか。
僕はサムネイルの天の写真を眺めながら、目を細めた。いかなる時も、自分より他の人を優先にしてきた奴だ。そんな親友を僕は誇りに思うと同時に、心配に思う。
英雄という言葉を便利に使って、親友がいいように使われている現実に対して小さく息を吐く。僕は静かにホログラムを閉じ次の授業の準備をし始めた。
安田さんから不穏な情報を聞いたが、特段何事も起きずに一日を終えることができた。生徒たちが全員下校したことを確認し、退勤。
学校の校門を通り過ぎ、人の通りが少ない公園を横切る。すると、木の影をそのまま伸ばしたかのように背の高い黒ずくめの人物が現れた。
「君が西園寺蓮だな?(You must be Saionji Ren)」
「……生憎、英語の教師はもう退勤したよ。用があるなら明日の日中に出直してくれ」
僕の目前で立ち止まり話し出す。見上げるくらいの高身長。機械的な音声……変声機か。全身黒ずくめ。帽子を深々と被り、ロングジャケットのファスナーを限界まで上げ、マスクまで着用している。僕にとって有益じゃない人物だ、ということだけ分かった。
黒ずくめは、顔色変えず落ち着いて対応する僕を見て数秒沈黙した。そして、次は日本語で話しかけてくる。
「よくも、俺のメールや電話を無視してくれたな」
「今時、あの手のメールや電話は無視しなさいと義務教育で習っているもので」
「単刀直入に言う。俺たちを手伝って欲しい。君の頭脳が必要だ」
「他を当たってくれ」
僕は踵を返し、別の道から帰ろうとするも黒ずくめの大きな体が僕の行く手を阻む。
「俺を知ってしまったからには拒むと言う選択肢はない」
「本当に迷惑だな」
「金か? 女か? それとも地位か? 欲しいものはなんでもやるぞ?」
「そんなものはいらない。僕はもう充分満ち足りている」
「なるほど。では、お前の高校がどうなってもいいと言うのだな?」
僕は一瞬思考が止まり、表情が強張った。外国人はそんな僕の反応を悦んでいるかのように短い笑い声をあげながら、僕の耳元に顔を近づけてくる。
「最初から答えはYes or Yesなんだよ。クソガキ」
「僕が必要なら僕を攫えばいい。生徒たちは……関係ないだろ。お前たちがどういう組織かは知らないが、一般人に手を出すのは不味いんじゃないか?」
黒ずくめは大きな声を出して笑う。機械的な音声が音割れを起こし、耳障りだ。そして、僕を見下しながら吐き捨てるように言う。
「どうせ捨てる世界だ。関係ないね。明日の正午までに返事を聞かせろ」
そう言い残して闇へと消えていった。変声機まで使っていて随分用意周到な組織だな。
僕はすぐにスマホを取り出し、メッセージ画面を開く。
一番上に表示されている『小鳥遊 天』を選択し、メッセージを打ち込む。 送信ボタンに指を添えたところで、動きが止まった。
――多発する災害。常に聞こえるサイレンの音。
天は今も休みなく現場を駆け回っているはずだ。確証もない情報で助けを求めれば、余計な負担をかけるだけかもしれない。
「……いや」
僕は打ち込んだ文章を消す。
「ここは、この人に相談しよう」
選んだのは『花園 翔』 今や日本一のIT大企業アイコーポの社長。最近は全く連絡を取っていない。僕も翔さんも用事がなければ連絡しない人間だから。
十年前のアイコーポ騒動の時も僕たちの知らない情報をいつの間にか掴んで、僕たちのことを導いてくれていた。
もしかすると翔さんは既に何か情報を掴んでいるかもしれない。もっとも――。
「忙しい人だから、返信は期待しないで待つか」
そう呟き、翔さん宛に『黒ずくめの人物に話しかけられた。僕の頭脳が必要とのことです。手伝わないとお前の高校がどうなるか分からないぞと脅されました。明日の正午までに手伝うのか手伝わないのか返事をよこせと言われています。何か知っていることがあったら教えてください』とメッセージを送信した。




