第17話 獣性ロジック
「あ゛ー゛ッッッ!! どいつもこいつも、うるッッッせぇなあッ!!」
獣の咆哮。虎は両手で頭をかきむしり、目を血走らせながら少年を鋭く睨みつける。……私はこの虎の目を知っている。 あの時の……、虎のAIと戦った時の目に似ていた。
「いきなり大きな声出さないでよ。うるさいなぁ。痛くて頭おかしくなった?」
「オレのこと調べてんだろ!? オレには痛覚がねぇんだよ!! 知ってんだろうが!! 全ッ然痛くねぇ!!」
すると、虎はポーチからメスを取り出し、少年に掴まれている結んだ髪の根本をザク、ザクと切り裂いた! パラパラと金色の髪が舞い散っていく。
拘束から逃れた虎は、飛ぶようにして少年から距離をとる。そして、地響きのような低く沈んだ声。
「アッコ……てめぇは逃げ遅れた人を助けにいけぇ。ここの手助けは不要だ」
アッコちゃんは虎にそう指示を受けると、ユナイテッドシティの館内へと姿を消した。
虎は見るからにイライラとした様子だ。
「やってられッかぁ!」
額のVR受信チップを剥がし、地面に投げ捨て……いや、叩きつける虎。怒りで全身が震え、唸るように呼吸をしている。
「昔のオレがそんなに凄かったかよ? 第一オレは医者だぞ? 何で当たり前のようにAIと戦わされてんだよ!? あー!? うぜぇっ……!」
虎はR-METの上着を投げ捨て、メスを構える。
『……奏ちゃん。虎、今どうなっている?』
「すごい怒っています」
『最近の虎、飼い猫みたいになっていたもの。これくらいの荒療治はさせてもらわないとね』
『蘭さん、ノリノリで煽っていたでしょう』
『失礼ね。これからもっと手強いAIと対峙するかもしれないんだから虎には……“虎”になってもらわないとね』
蘭さんは、ふふふっと含み笑いしているけど今の虎、すごく怖いよ。大丈夫かな。
私は再び、虎と少年を見つめる。
「無駄だよ。昔の君の戦闘データなら全部あるし、何をしても無駄無駄」
「そうかよ。じゃあ、そいつを頼りにして死ね」
虎はメスを数本、少年へ向かって投げつけた。メスが一直線に少年へ迫る。その直後、虎自身も地面を蹴った。
投げたメスを追いかけるように、一直線に少年へ駆けていく。少年は飛来するメスを軽々と腕で薙ぎ払った。薙ぎ払われたメスが床に落ち、カランという金属音を立てる。
「君、本当にメスを投げ飛ばしてくるんだね」
少年はそのまま拳を握り、正面から迫ってくる虎へ向けて振り抜く。
――だが。
そこに虎はいなかった。
「……なに?」
虎はすでに跳躍し、空中で身体を捻っている。くるりと前方向に半回転した虎は、少年の肩へ両手を置いた。そのまま身体を滑らせるように敵の背後へ回り込み――。
「つーかーまーえた」
まるで鬼ごっこの鬼のような掛け声。次の瞬間、虎の腕が少年の首へと回った。
速い。だけど、十年前に見た虎とは違う。あの頃は、ただ身体能力で相手を圧倒していた。
今の虎は違う。相手の身体能力を正確に読み取り、どう動くのかを予測して、その一手先の未来にいる。
――これが、今の虎なんだ。
「翔が言ってたぞ。てめぇらAIの弱点は関節部だってなぁっ!!」
虎は少年の首をロックしたまま、もう片方の手でメスを振り上げる。――次の瞬間。
ズブッ!!
メスが関節部へ深々と突き刺さる。
「なっ!?」
虎はそのまま身体を捻った。メスが内部をなぞるように走り、流れるような動作で右肩の関節を輪切りにする。まるで、手術をするかのように。これが戦いでなければ華麗な手さばきと賞賛を受けていただろう。
「ちょろまかと……! 離せ!!」
「離すかよ」
虎が口元を吊り上げ、目を細める。
「今、いいとこじゃねぇか。付き合ってくれよなぁ?」
少年が左手を振り上げ、目にも止まらぬ速さで振り抜く。虎は首を傾けるだけで躱した。
「……ここ」
虎の獣のような鋭く冷ややかな視線が、太い導線が切断されかけている右肩へ落ちる。
「脆くなっちまったなぁ?」
虎は切断されかけた右上腕を掴み、捻り上げる。金属が悲鳴を上げ、金切り声のような音が響き渡る。
そして――。
手綱が千切れたような鈍い音が長く聞こえ、少年の右上腕が根元から引き千切られた。
虎は笑っている。それも、いつもの虎の笑い方じゃない。相手を追い詰めることを楽しんでいるような、獲物を狩る捕食者そのものだった。
引きちぎった右上腕を、まるで玩具のようにプラプラと揺らしながら片手で持ち上げていた。
虎の瞳孔は、異様なほど大きく開いている。真っ黒な瞳。見つめているだけなのに、その奥へ吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「それじゃあ、バランス取りにくいだろ?」
虎は少年の残った左腕へ視線を移す。そして、飛び込むようにして地面を蹴り上げる。……私の背中に冷たいものが走った。
「反対側も取ってやるよ」
「――っ!」
少年が左腕を振り上げる。迎撃するつもりだ。けれど、その瞬間。虎の身体が、ふっと右へ流れた。少年の拳が、ほんの数センチまで迫った虎の鼻先を掠めて空を切る。
「遅ぇよ」
虎が呟いて、次の瞬間には少年のなくなった右腕の位置に立っている。少年が虎の方を向くと同時に、メキメキと硬いものを抉るような不協和音が反響する。
メスが少年の右目へ突っ込まれた。虎は一切の躊躇なくメスを引き抜く。
「一個、減ったなぁ」
……何をしているのか、理解するまでに数秒かかった。
速い。……さっきまでの虎とは、まるで別人だった。
「人間だったらよぉ。片目をなくすと、著しく距離感覚がおかしくなるんだ」
虎は少年の視覚を失った側へ回り込む。その耳元へ、わざと顔を近づけた。
「……AIはどうなんだ? 後学のために、教えてくれよ」
一瞬、少年の動きが止まった。ひゅっ……と声にならない声が聞こえた。少年は恐怖をごまかすように乱雑に左腕を振り回し、虎を振り払おうとする。その動きには、これまでになかった焦りが滲んでいた。
「かっかっか……。どうしたぁ? さっきまでの余裕がなくなったなぁ?」
虎が距離をとり、メスを指の腹でくるくると回し少年を品定めするように全身を観察している。
「おら。おめぇも変形できんだろ? やってみろよ。今のおめぇじゃ力不足だ」
「な、め、やがって……!!」
少年の体は二つに割れて、内部構造が露わになる。なんでわざわざ煽るようなことをするの! 虎!
私は焦る気持ちを必死に抑えつつ、少年の様子を凝視する。……虎はあくまでも変形後の少年と決着をつけたいようだ。蘭さんから教えてもらった変形中の弱点を突くつもりはないらしい。変形中の様子は興味がないかのようにメスでずっと遊んでいる。
変形中の少年から、迸る電流。……目も眩むような光の中から一つの影が現れるのが見えた。
「ごめん! 遅れた!」
「天っ!」
「“創造”!!」
天が叫ぶと、光と電流が凝縮し、短剣のようなものが構築されていく。私はクリエイトの発動を初めて見る。……その短剣は天のように優しく明るい温かい光で構築されていた。
そして、一閃。少年を切り裂く。
「あ……、たかな、し、て……」
すごい。本当に対AIに特化した武器なんだ。虎が一生懸命時間をかけていたけど、こんな一瞬で。……あ。
一撃で少年を沈めた天は一息ついていた。虎がものすごい形相で天を睨みつけている。
「天……天……天……」
「え? 天だけど。何? あれ、虎、……髪短くなってない?」
「お前……お前……よくも……」
「あ! 奏大丈夫か? 足怪我しているな。背負うから、背中乗って」
虎が呆然と立ち尽くす中、天は私の方へ駆け寄り背負ってくれる。少年はぴくりとも動かなくなってしまった。
虎は恨めしそうにこっちを見て、一言いう。
「……一人で出来たのに」




