第16話 堪忍袋
五分程経過した。Aゲートは、先ほどいたところから反対の位置だったので大分時間を稼げた。少年は何も話さず、淡々と私を運ぶ。
館内を歩いていると、あらゆるところで瓦礫が散乱し火の手があがっていた。そして……。私は、見てしまう。
瓦礫の下に溜まる血だまり。最後まで助けを求めていたことを想起させる伸びた手。
私は咄嗟に視線を外してしまった。……助け、られなかった。嗚咽が漏れそうになる。悔しい。悔しいっ……。私は唇を嚙み、堪える。
天は……こんな思いをずっと耐えてきたの? こんなのって……あんまりだよ。
通信が再び騒がしくなる。……翔さんたちがユナイテッドシティの駐車場に到着したみたい。そして、翔さんの声色からもこの災害の惨状が伝わってきた。
『……虎。お前はアッコちゃん連れてユナイテッドシティのAゲートに行け。愛ちゃんはユナイテッドシティから避難してきた人を安全なところまで誘導させてくれ。蓮はここで俺と一緒に待機』
『私はトリアージでもしてくるわ。負傷者の処置は任せて頂戴』
『……虎、蓮。お前たちにプレゼントがある。今回の敵AIも手練れだろう』
『翔さんこれ……久しぶりですね』
『懐かしいだろう? 最新機能を搭載している。思考の伝達に一切のラグをなくした』
『オレこれ苦手なんだけどな。天は……まだついてねぇか。じゃ、先に行ってくる』
天は、まだ着いていないようだ。でも、もう少しで虎が来てくれる。
十年前の虎の戦い方を思い出す。手術用のメスを投げたり突き刺したりして、獰猛……という言葉がぴったりの戦い方だった。でも、それだけじゃなくて的確に相手の弱点を狙っていつだって冷静に戦況を把握しながら戦いの組み立てをしていた。戦いに関しての才能があるんだと思う。
でも、今はどうなんだろう? アイコーポ騒動から十年が経っている。そして、虎は人を助ける医者として今は働いている。戦いとは真逆の立場にいる職種だ。天は未だに虎が一番強い、なんて言ってたけど……。
床を蹴り上げ、駆ける音が近づいてくる。瓦礫の影から勢いよく出てきたのは見慣れた金色の髪。そして、アッコちゃんも来てくれたようだった。
「あー? ガキが一丁前に女担いでやがんなぁ。背伸びしたい時期か?」
「その口の悪さは千歳虎か。面白い。君と手合わせをしてみたかったんだ」
私は床に下ろされる。……二人はゆっくりと距離を詰めていく。一歩、また一歩。ザリザリと瓦礫の破片を踏みにじる音が混じる。
「おめぇらが大騒ぎ起こしてくれたせいで天を休ませる作戦が大失敗だ」
「ははは。英雄も人間だもんね。最近の連続する災害で大分参ってるんじゃない?」
「おー。理解してんならよぉ」
――虎は少年の両足に向かって、鋭い蹴りを繰り出した。
少年は軽々と飛び上がり、身体を空中で一回転させ虎の顔に向かって同じく蹴りをいれようとする。虎は片手で少年の足を掴み、両手でしっかりと掴みなおしたかと思うと少年を思い切り床に叩きつけていた。
「っははは! 千歳虎っ! 君、最高だね。今でも、それなりに強いんだ」
「それなりってなんだ。オレは今も昔も強ぇぞ」
「この身体ってすごい軽いんだよね。……ついてこれるかな?」
虎を中心にして、少年は走り回る。残像が残像と繋がり、少年が一つの線になっているようだった。絶妙なタイミングで前方へ飛び込み、虎に少しずつ打撃を食らわせていく。的確に防御行動をしているお陰で、攻撃を受けている割には涼しい顔をしている虎。
攻撃は激化していく一方で、私は虎の様子が少しおかしいことに気づく。なんだか……ちょっと、ずれている? 致命的な何かではないけど、なんだか、違和感。……いや、でもおかしい。なんだろう……処理落ちしているような感じ?
虎も異変を感じ取ったのか、顔が強張る。
「蓮! 今この動作は不味っ、」
虎は自ら、少年の拳の前に顔を差し出す。顔面に拳が叩きこまれる鈍い音……虎は顔面に大カウンターを食らって、後方へと吹き飛ぶも両足で踏ん張り何とか持ち堪えていた。
「虎!? 大丈夫!?」
「蓮ッ……蓮ッ……!! いますぐッ! ヘルメットはずせぇッ……!」
鼻血を出しながら蓮と通信する虎。ヘルメット……? もしかして、十年前に使ってたVRヘルメットを使ってたの? VRヘルメットをかぶると、受信機を通してその人が見ている視覚を共有できる。そして、VRヘルメットをかぶった人の思考がそのまま受信機をつけている人に伝わり、操作できるという便利な道具だったよね。十年前のアイコーポ騒動では随分お世話になった。
翔さんたちは、アッコちゃんを通して今の状況を見ているようで早速作戦会議を始めていた。
『……まずいな。蓮の思考に虎の身体がついていけてない』
『……虎も加齢か』
『虎”も”ってなんだ』
『いや、なんでもないです』
虎は少年のカウンターを喰らった後、一度は堪えたと思ったけど、左右にフラフラと千鳥足になったあと床に伏してしまった。
『鍛錬不足だぞ虎』
「……脳震盪でぶっ倒れてんのに普通追い打ちかけてくるか? 鬼かお前は」
よかった、意識はあるみたい。ほっ、と私は胸を撫でおろす。だけど、まだ立ち上がれない様子を見るとダメージは蓄積されているようだ。
『そろそろ苦戦している頃合い? 勤務時間に寝るなんて良い御身分ね?』
『蘭さん、トリアージに行ったんじゃ……』
『虎。あなたいつから他の人の力を借りないと戦えなくなっちゃったの? 加齢というよりは赤ちゃん返りかしら?』
ブチっ。
「なるほど。エイジングではなく退化か」
ブチっ。
『蘭さん……。虎だって頑張ってるんですよ。昔は強かったかもしれないですけど』
ブチっ。
「千歳虎。お前では勝ち目がない。一旦引くことを推奨する」
ブチっ。
「はははっ。やっぱり期待はずれだったよ。昔の君の方が強いんだね」
ブチっ。
さっきからブチブチ聞こえるけど何の音だろう……。
それよりも、少年が虎の結んだ髪を鷲掴みにして無理やり立ち上がらせている。
鼻血もでていて、痛々しい。私はそんな虎の姿を、見ていられなかった。
「虎、無理しないで……。ここは私が一回連れ去られたほうがいいと思う」
――ブチンッ……!!
それまでとは比べ物にならない、極太の糸が弾け飛ぶような音が聞こえた。一瞬にして、辺りが水を打ったような静寂に包まれる。
虎は鷲掴みにされたまま、顔を伏せ微動だにしない。…………? 何か、ブツブツと言っている……?




