第15話 策略
……私はこの子のようなAIを今まで何人も相手にしてきた。改心してくれるAIもいたけど、この子のように自分の思想を押し通し続けるAIもいた。だから私は繰り返し主張し続けて、人間とAIの共存の道を作り続けていたんだ。
「私はあなたたちの思想を否定するつもりはない。だけど私は、貴方たちの仲間になることは出来ない。だって、私は人間とAIをつなぐ架け橋だから」
「……残念だなぁ」
少年は私に背を向ける。そして、コツコツと歩き出す。
人通りが少なくなってきたけど、まだ避難は完了していないようだ。お年寄りや、赤ちゃんを抱きかかえた人たちが出来得る限りの速さで避難している。
「ラストチャンスをあげる。奏。僕たちと組まないんだね?」
少年はこちらを振り返り、片手を上にあげ指鳴らしのポーズをとっている。
……ずるい。私が断ったら、何かをするぞと言っているようなものじゃない。
私と少年は数秒、睨み合う。……何度思考を繰り返しても、最適解はこれしかなかった。
「……分かった。組むよ。だから、何かしようとするのはやめて」
「はぁ……。奏さ。それ、本心じゃないよねぇ」
少年の口が三日月のように歪む。
――そして、指から音が鳴った。
パチンッという小さな弾ける音が聞こえた数秒後、ここではない遠くの方で爆発音のような大きな音が聞こえた。そして、悲鳴と床を蹴る音も遅れて聞こえてくる。ズゥンッと、大きなものが崩落する音と共に地面が揺れる振動も伝わってきた。
「あーあ。奏のせいだからね。今ので何人死んだかな」
「卑怯者……! 関係ない人を巻き込むなんて!」
視覚情報、聴覚情報の明らかな上昇。これは、絶対よくないことが起きている。最悪な答えを出す私の思考。やめてやめて! 確定じゃない。私は首を横に振り、自分の思考を拒絶する。
少年が冷笑を浮かべて、続ける。
「関係なくないよ。小鳥遊天が守りたい人達でしょ?」
「……それって、どういう、」
「小鳥遊天は優しいでしょ。自分のことは後回し。そして誰よりも誰かを救いたい、守りたい。そんな気持ちが強い聖人でしょ?」
「何が言いたいの!」
「だから、小鳥遊天の殺し方だよ。彼が命がけで守ろうとしているものを、一つずつ奪い去っていくんだ。大切なものが何一つ残らなくなったとき、彼はどんな顔で壊れるのかな?」
私は言葉を飲み込む。あまりにも残虐な方法だ。天が。優しい天が一番傷つく行為をいとも簡単に……軽薄に少年は言い放った。少年の顔には一切の遠慮や罪悪感はない。人間が、とかAIがとかじゃなくて、私はこの少年のことが……嫌いだ!
「天を殺させなんてしない。……あなたを、止める」
「どうやって? 右足がそんな状態なのに。君を売った人間を助けたりなんてしてさ。なんの得もしないじゃないか。自分だけ傷ついて馬鹿みたい」
焦げ臭い。さっきの爆発の影響だろう。どこかで火事が起きているようだ。逃げ遅れた人たちは無事なのかな。……せめて、足が動いたら。私は、ガラスが突き刺さったままの右足を見つめる。
「……じゃ、奏。行こうか。奏が何と言おうが連れ去るのが目的だったんだよね」
「私のコードを書き換えて、思い通りに動かすつもりね」
「正解。旧型のAIなのになかなか理にかなった考え方が出来るんだね」
少年は私のことを持ち上げると肩に担いだ。私は、体を捻ったり少年の背中を叩いたりして抵抗を試みる。
「ははは。子どもみたいなことしないでよ。僕と会った時点でもう勝負は決まってたんだから」
私は戦闘用のアンドロイドではない。カテゴリー的には娯楽用のアンドロイドに入ったAI。そして、この少年は恐らく力が強い、それに策略的な戦闘用のアンドロイドなのだろう。……私の思考回路が、抵抗しても無駄だということを何度も結論付ける。
このまま……連れ去られるしかないの? 何か、私にできることは……。
半ば諦めかけていると、私の頭の中で、知っている声が語り掛けてきた。
『……奏ちゃん。聞こえるか?』
翔さん……?!
『聞こえてたら、一回、咳払いしてくれ』
私は翔さんの指示通り、一回、咳払いをする。
『よかった。何かあった時のために、いかなる時であっても通信がつながるようにしていたんだ。……プライバシーの侵害とか、今は突っ込まないでくれよ?』
翔さんのいつもの軽口。今こんなような状況だけど、少し安心できた。
『今、奏ちゃんは、奏ちゃんと相対する人間……もしくはAIと対峙していて自由にしゃべれない状況か? そうだったら何も返事をしなくていい。違ったら咳払いしてくれ』
私は、黙る。
『……そうか。すまない。そっちの映像までは分からないんだ。不毛なことを聞いてしまったらすまんな。……そこに一緒にいるのは蓮や蘭さんが襲われた新型のAIか?』
……私は、再び黙る。
『……奏ちゃんは戦闘用じゃない。そのAIの腕力には勝てない。でも、チャンスは作り出せる。そのチャンスは奏ちゃん自身が作り出すんだ。今から指示する』
翔さん……。私でも出来る策を考えてくれたんだ。
『今、俺達はユナイテッドシティに向かっている。あと十分くらいで着く。Aゲートから天や虎は奏ちゃんを探しに行く予定だ。一緒にいるAIをなんとかAゲートに誘導してほしい』
『十分? 翔。不安でいっぱいの女の子をそんなにも待たせるつもりなの?』
『距離的にそれくらいはかかるで……、うわっ!!』
車の低いエンジン音がどんどんと大きくなっていく。そして、映画のカーチェイスシーンのようなタイヤと道路を摩耗した音が聞こえてきた。
ガンッ!
……硬いものを思い切りぶつけたような音が脳内に響き、私はめまいに似た感覚を覚える。
『きゃああああ! 翔さんっ!? 蘭さん、スピード出し過ぎ!』
『……っうぷ』
『愛ちゃん、俺の鼻は無事か』
『とりあえず無事!』
『蘭。やりすぎだ。これじゃ、現場着く前にみんなくたばるぞ』
『さすが社長が乗るような車ね! すごいスピードが出るじゃない! 楽しい!』
私の頭の中はみんなの声で大騒ぎ。さっきまで、不安でいっぱいの気持ちだったのに……。私は少年の肩に担がれながら、静かに微笑む。
「一つ聞いていい? あなたが慕っているボスという人は……AIなの?」
「ん? そうだよ。僕が人間の指示に従うわけないじゃん。ボスは僕たちを導く救世主さ」
十年前は人間による騒動。今回は、AIによる騒動というわけね。人間であってもAIであってもやっぱり過ちは繰り返される……。
……考えるのはあとだ。今は私が出来ることをしないと。
「……Aゲートに天が来る」
少年は一定のリズムで歩いていたが、私の言葉を聞いてピタリと歩みを止める。
「嘘……じゃないみたいだね。声色に迷いがない。僕たちの最優先事項は小鳥遊天の殺害。……君、小鳥遊天を売るんだ?」
「……」
「なにが人間とAIの架け橋だよ。聞いて呆れるね」
少年は踵を返し、Aゲートへと向かう。……これで、いいんだよね。みんな。




