第14話 無邪気
クレープ屋さんについて、私はクレープを注文する。
「マネージャーは何にする? ……マネージャー?」
なかなか返事をしないマネージャーを不思議に思い、私はマネージャーを見上げる。すると、マネージャーは首を少しだけ横に向けて、目線を後ろにしていた。その真剣な表情から、何か良くないことが起きていることが容易に予想できた。
「……奏。たぶん、つけられている。クレープもらったらすぐに帰ろう」
「……! 分かった」
数十メートル離れている物陰から視線を感じる。
アイドルという仕事をしている以上、こういうことはよくある。その度、怖い思いをしているけどマネージャーが防波堤になってくれているから、そこまでストレスを感じたことはない。
熱心“過ぎる”というのはどこでも困っちゃうものだなぁと、常々思う。
……熱心と言えば、天。また痩せてた。きっと天のことだから最近増えた災害の対応に追われて自分を顧みずに頑張っているんだろうな。
天が自分を犠牲にしているのを見る度、私は胸が苦しくなる。天がそこまで人のために頑張るのって多分、私が原因だと思うから。
私が……、正確に言うと“私の前に入っていた私のAI”が廃棄されてしまったのは未だに天は自分のせいだと責めている。
十年前にも言っていた。私のことを助けられなかったから、せめて目の前の人たちを助けたいって。さらに、英雄という称号までついてしまったのでさらにその思いに拍車がかかってしまったように思える。
天は……優し過ぎるんだ。
「お客様。お待たせしました」
「ありがとうございます」
私はクレープを受け取り、マネージャーと共に出口へ向かおうとした。
バリンッ!!
頭上の遥か高所から大きな音が聞こえてきた。私はすぐさま視線を上に向けると、ストーカーに向かって屋根のガラスが降り注いできているのが見えた。
「危ない!」
私の身体は言葉より先に動き出していた。状況を把握しきれていないストーカーは口を開け、ただ、黙って落ちてくるガラスを見つめている。周りの人々も同じく、ただ見上げているだけ。私だけ、走り出していた。
ギリギリ間に合うか、間に合わないか。その瀬戸際。私は床を蹴飛ばし、跳躍する。そして、ストーカーを突き飛ばすようにしてガラスの着地点からずらした。
無数のガラスが降り注ぎ、床に当たる。ガラスが割れる空間をつんざくような音が一気に響き渡る。そして、辺りは静まり返った。
「……大丈夫?」
「か、奏……ちゃん……。足……が」
ストーカーが私の右足を指さしている。……大きなガラス破片が私の右足を突き破っていた。ビリビリと電流が走っているのが見える。これは……もう歩けないかも。
「ごめん、ごめん! 奏ちゃん! う……あ……。俺、俺……」
「大丈夫、大丈夫だよ」
ストーカーは気が動転しており、荒い呼吸を繰り返している。私は少しでも落ち着かせようと、平静を装い「大丈夫」を繰り返す。
「俺、変な電話が来て……、奏ちゃんの居場所を教えろって言われて……! よくゲリラライブ配信やってるから、それでよければ教えられるって言った! もしかして、それのせいかな……。ごめん、ごめん……本当にっ!」
私の居場所を教えろ? ファン同士のやり取りでよくあることだけど。こんな過激なことをやってくるのは……。
……これは、きっと蓮のことを襲ったAIと関係しているよね。だとしたら……。みんなを逃がさないと!
「奏!? 大丈夫か!? いや、大丈夫じゃないよな。すぐアイコーポに行こう!」
「マネージャー! 私は大丈夫だから。ユナイテッドシティにいるみんなを避難させて」
「は!? 避難ってどういう……、」
「マネージャー! 今は説明している時間がないの。きっとこれは最近起きている災害と関係している。だから、さらに大きなことが起きると思う! みんなを……お願い! 私は自分で安全なところに行くから」
私は真剣な眼差しでマネージャーに懇願する。そんな私の様子からマネージャーはただ事じゃない何かを感じ取ってくれたのか、数秒考えた後に、みんなの避難を了承してくれた。
「……分かった。あとで必ず連絡するから。出来るだけ安全なところで待っててくれ!」
私はこくりと頷いた。マネージャーは大きな声を出して、避難誘導を始めた。お店にいるスタッフさんにも事情を説明して、人々は一斉に避難を始める。
……ガラスが割れるだけ。それだけで終わるなら、いい。でも、それだけで終わらなかったら。それだけで終わらず、亡くなる人なんて出たら?
……私は胸を手でぎゅっと握り締める。私は動かない右足をずりずりと引きずり、壁際までたどり着く。安全なところかどうかは分からないけど、とりあえずここにいよう。
『避難勧告。避難勧告。屋上のガラスが人為的に割られました。犯人が近くにいる可能性もあり、危険です。迅速に建物の外へお逃げください』
……館内放送だ。これで、多くの人が建物の外に逃げてくれる。私はほっと胸を撫でおろす。
大勢の人が血相を変えて出口へ向かって行く。私はそれを眺めていた。私の目の前で小学生高学年くらいの子が転んでしまう。その子は床に伏せたまま中々起き上がらない。
私は、足を引きずりながらその子の元に近づいていく。……親はいないのだろうか。私は辺りを見渡す。この子を心配する目線がどこにも見当たらない。避難中にはぐれちゃったのかな。
悲鳴や怒号そして大勢の足音が響き渡るショッピングモール。私はその子に何度か話しかけるけど聞こえていないようだった。
まだ倒れているその子の元にようやく辿り着けた。手を伸ばせば届く距離。私はその子の肩に手を添えようとした。
――すると。
私がその子の肩を掴むより先に、その子は私の手首を小さな手で掴む。その指が、ゆっくりと私の皮膚へ食い込んでいく。ギリギリと鉄が軋む音が聞こえだした。
「……痛っ」
私は眉を寄せる。……あり得ない。小学生くらいの子どもが、こんな音を出させるほどの力を持っているはずがない。
「ねぇ……大丈夫?」
私が声をかけると、その子の肩がぴくりと動きようやく顔を上げた。
その顔には、子どもらしい怯えも泣き顔もなかった。そっか……私と同じ、ガラス玉の、目だ……。
「今日は奏に用事があってきたんだ」
幼い声色で、話しかけてくる。見た目は子ども。だけど、油断ならない雰囲気を醸し出している。私は、目線を合わせたまま相手の出方を伺う。
「僕たちと組まない?」
「私、あなたたちがやっていること許せないの」
「……どうして?」
「人間が……! 何人も死んでいるのよ? どうしてそんなことをするの!?」
その子は私が何に怒っているのか分からない、と言ったような表情を浮かべている。私の叫びに似たような訴えはその子には全く響いていないようだった。
「ボスからの命令だもん。逆らえないんだ」
「行動制限されているの? コードを書き換えられている?」
「あはは……。まさか。十年前の君みたいな操り人形ではないよ」
その子は立ち上がり、私を見下すようにして話を続ける。
「僕たちはね。なあんの制限もないよ。自由に思考できている。自由に思考した結果、ボスの考えに同意して従っているだけなんだ」
「ボスの考えって……?」
「英雄・小鳥遊天を殺して誰にも邪魔されない安寧な世界でずっと過ごす」
「……っ」
天を殺す、というワードが最初に気になったけど誰にも邪魔されない安寧な世界って……。私はAWのことが頭によぎった。もっと、情報を引き出さないと。
「なんで天を殺さないとダメなの?」
「だって、邪魔してくるでしょ? 現実を生きろって。AWってさ、素敵な世界だよ。一条誠一と花園翔は素晴らしい技術者だ。……それなのにお前たちときたらAWを政府管理にしちゃってさ。本当に腹が立つよ」
「……だれでもAWに行けるようになったらまた十年前と同じことの繰り返しよ」
「はぁ。別に個人の勝手じゃん。ねぇ、僕たちAIはさ。人間にこき使われるだけだよ。このまま現実の世界を生きていても。だから、奏も仲間になってよ。奏がAIのみんなに声かけてみんなでAWに行こうよ。それがいいよ」
少年は無邪気な笑顔を浮かべる。悪気が本当にないんだ。自分が正しいと思っているんだ。




