89.誕生日プレゼント(1)
──先生と天野先生が担当医の部屋に入っている間、待合室で一人待つことになったが、その時間がすごく長く感じてしまう。
「絶対大丈夫」と何度も頭の中で念仏のように唱えていた。
気づけばスマホを取り出し、時間を見ていたが、その時間はほとんど変わっていない。
そんな意味のないような行動を繰り返していると、診察室のドアがゆっくり開いて天野先生の姿が見えた。
終わった?
ドキドキする気持ちで、立ち上がり入り口に向かおうとした瞬間、先生の笑顔が視界に飛び込んで来た。
その顔は!
「おめでとう。問題ないってさ」
天野先生が私に珍しく優しい声で言ってくれた。
「では俺はこれで。あ、でも練習に参加するのは来週からで。NY公演は客演扱いで佐々木さんと調整します」
「客演って何だよそれ」
先生が明らかに不満そうな顔で天野先生を見ているが、それを遮るように天野先生が続けた。
「この後、我々で会議して報告します。ではお大事に」
天野先生が、さっさと逃げるように去っていった。
「先生、どうだったんですか?」
「残念だが、もう少し引退は先になりそうだな」
先生が笑いながら、私の手を取り強く抱きしめた。
「ちょ、先生、ここ病院。しかも極秘ですし……」
「いいんだよ。バレなきゃ」
「ちょっとカンパニーに先に寄るぞ」
「ん? 佐々木さんに用事ですか?」
「免許証返してもらう。あと、止まってた仕事もあるし」
相変わらず、仕事の鬼ですね……
その後、先生の事務所に寄り佐々木さんと先生が打ち合わせをしている間、私は途中で買った差し入れの軽食を食べて待っていた。
◇◆
「初日は御神先生無しで充分でしょう『くるみ割り』ですよね? ユーリさんが指揮で」
「は? なんでユーリなんだよ」
「クリスマスプレゼントです! チェンバロ必須なんで天野先生は無理ですし、ユーリさんなら観客も喜びます」
「なんだそれ」
何か揉めてる? 仕事の話に口出すことはしないけれど、隣の部屋で先生の大きな声が聞こえたんですけど?
「『第九』に向けて温存でお願いします。あ、高科先生が、サンタぐらいなら参加させてやっても? と言ってましたけど?」
「なら客席で鑑賞させて頂きます」
その後、少しだけ機嫌が悪そうな顔をした先生が部屋から出てきた。
「帰るぞ」
「はい……」
佐々木さんの顔をチラリと見たが、特に緊迫した雰囲気ではなかったので、まあ? 大丈夫なんだろう?
◇
「先生、本当に大丈夫なんですか?」
久しぶりに先生の車の助手席に乗ったが、ちょっと心配になる。
「家に帰るだけだし。晩飯食いに行くには早いからな」
「それより、先生お昼ご飯食べてないじゃないですか!」
「朝食ったろ」
もう! 人には三食ちゃんと食べるように言うのに、本当にこの人は……
食べる時は少食ではないのに、注意しないと食べようとしないのは何故かしら……
「はい。お昼ご飯を食べに行きますよ」
「は? お前さっき食ってなかったか?」
「何のことでございましょう?」
「元気で良いことで。何食いたいんだ?」
「先生!」
「阿呆か」
結局、先生が珍しく決めた。
「ってラーメンなんですね」
「日本人はラーメンだろ」
先生って確かクォーターでしたよね?
ラーメンって日本発祥なんですか?
「ラーメンって日本ですか?」
「細かいことを気にするな」
未だに慣れないんですけど。世界で一番ラーメンを啜る姿が似合わない人だと思う。
このシュールな光景を一度でいいから、撮影して残しておきたい……
何とか無理やりに先生に昼食を食べてもらって帰宅する為に車に再度戻った。
「何欲しい?」
「え?」
「ちょっと早いけど明日買いに行くか。来週から忙しくなるから」
「へ?」
「誕生日」
「あ! 忘れた……って覚えててくれたんですね!」
「それぐらいは一応」
マンションに着いてからも色々と考えてはみたものの……
「先生さえいてくれたら本当に何も欲しいものなんて無いんですけど。先生欲しい物ってありますか?」
「新しいPCと機材。録音スタジオ、練習場」
「……それ全て仕事のじゃないですか」
「他に欲しいものあれば買ってるから。機材とスタジオは今あっても定住しないから、もう少し先だな」
買うんですね……
いずれは。
服も靴もバッグもアクセサリーから化粧品に至るまで全て先生が買ってくれてるしなぁ。
欲しいものか……
と言えば……
先生との……
「何でもいいぞ」
「せんせいの……」
流石に言えない……
「何?」
「……いや」
頬が熱くなってきて思わず俯いてしまう。
その姿を見た先生が軽く頭を叩き、優しく囁いた。
「ちゃんと籍入れてからな」
そっと優しくキスしてくれた。
「先生、前も格好よかったですけど、今の髪型良いですよね」
「手術する時に切られたところ隠すのに上を短くしたからな」
うん。イケメンはどんな髪型でも関係なくイケメンであることの証明が目の前にいた。
結局明日はネックレスを中心にしたアクセサリーを見に行くことになった。
◇
翌朝、珍しく早起きしていた先生に驚いた。
「どうしたんですか? 買い物行くだけでは?」
「ねずみの部屋取った。夕方からでいいか?」
「え? えええええ?! 本当ですか?! やったーー!」
嬉しくって先生に飛びついた。
「痛いです……」
「あ、すいません。って先生大丈夫なんですか? 身体の方は?」
「寒いからあまり外は歩かないぞ」
「うんうんうんうん。勿論です!! 風邪でもひいたら大変ですものね!」
「とりあえず、先にプレゼント買って昼飯食ってからで。着替えなさい」
先生に言われて急いで支度をする。
「こういう時は動くのが早いよなぁ」
先生が少し呆れた表情で私を見たが、だって嬉しいんだも~~ん。
「着替えは?」
「え?」
「部屋取ったって言ったろさっき」
「え? 泊まりなんですか?」
え? え? ええええ??
「嫌なら帰るけど」
「滅相も御座いません!! 今直ぐご用意します! しばしお待ちください!!」
魔王様にお待ち頂く中、最速で下僕のわたくしは支度をした。




