83..運命の日
──ユーリさんと別れ、病室に戻る。
「ただいま戻りました」
「早かったね? って食べてないの?」
天野先生が私の提げている袋を見て、少し怪訝な表情を浮かべた。
「あまり食欲がなくて……」
「桜井、ちゃんと食事はしないと駄目だよ。時間はまだ掛かるんだから。それに君が倒れたら御神先生が心配するよ?」
久しぶりに、お父さんの注意を受ける。
なんとなく懐かしく思うと胸が一杯になって来て、気づいたら涙が頬を伝っていた。
「大丈夫だって。一応、日本でも有数の専門医ですから」
お父さんが背中を撫でてくれる。
その温かさと安心感で、今まで堪えてきていた何かがプツリと切れたように堰が崩壊した。
「だって、ひっくっ、も、もし。せ、せんじぇが……うわぁ~~ん」
「大丈夫だって。あの魔王がこの程度で負けるわけがないでしょう?」
「ま、まおうじゃないもん。うわぁああ~~~ん」
あの日から誰にも言えなかった、泣けなかった想いをぶつけた。
父である天野先生が優しく「大丈夫だから」とずっと背中を撫で続けてくれる。
ありがとう。お父さん。
「もう大丈夫ですよ。天野先生も休憩に行ってくれて良いですよ?」
「由紀さんが来るまで付き合いますよ。俺は王子が留守の時の子守役ですから」
天野先生が笑いながら私の頭を撫でてくれた。
その手は先生の温かさとはちがって、少しだけ力強いでも優しい手だった。
その後、由紀様とお父様がいらしたところで、天野先生が一旦休憩を取る為に病室から出て行った。
「花音さんも少し仮眠を取りなさい。医師の話だと術後も数時間はまだ集中治療室で、病室に戻ってくるのは夕方か遅ければ夜になると言っていたし。今から根をつめていたら、君まで倒れてしまうよ?」
「そうよ花音ちゃん。一旦貴志のマンションに帰って少し仮眠を取りなさい」
お父様と由紀様に同じことを言われ、由紀様に背中を摩られ病室を出るように促された。
「大丈夫よ。何かあればちゃんと連絡するから。それに、まだまだ時間は掛かるんだから。ね?」
由紀様に付き添われて、廊下を一緒に歩く。
「絶対大丈夫だから」
エレベーターの前に来た時、由紀様が強く抱きしめてくれ背中を優しく撫でてくれた。
姉であり、母のような存在。
先生を幼少期からずっと支え続けた「母」の瞳にも涙が溢れていた。
心配している気持ちは皆同じ……
私なんかより、ずっと何年も「我が子」のように支えて来た由紀様も、誰にも言えない不安な気持ちをきっと我慢していたのだろう。
◇
どのくらいの時間が経ったのだろうか?
沢山泣いたことで、緊張の糸が切れたのか? 一気に気怠さと寝不足から、マンションに帰って直ぐ、ベッドに飛び込んで泥のように眠っていた。
気怠さは残っていたが、直ぐにスマホの履歴を確認するが何の連絡もなかったことに安堵した。
以前なら先生からの連絡を心待ちにしていたのに、今日は何の連絡もないことがこんなに嬉しい。
何て勝手な発想なんだろう。とは思ったが、薄暗くなって来た外を見ながら、再び病院に向かう。
◇
不安な気持ちが無くなったと言えば嘘になるが今、私に出来ることは心配して泣いて待つことではない。
改めて反省し、夜食を購入し病室に向かう。
──トントントン
「すいません。有り難うございました」
「ゆっくりで良かったのに」
由紀様が笑顔で迎えてくれた。お父様は一旦急用で会社に戻ったらしい。
夜食を二人で少しだけ摘まんでいる時だった。
病室のドアをノックする音と同時に、看護師さんと天野先生のお父様が部屋に入って来た。
──カチャ
「先程無事終わりましたよ。今夜はこのまま処置室にて様子を見ますので、ご家族の方は今夜はお帰りください」
その声に、由紀様と互いに肩を抱き合った。医師からの説明には親族でない私は入れなかった為、私は一旦席を外した。
天野先生のお父様と看護師さんが部屋から出て行ったのを確認し、再び病室に戻る。
「ゆ、由紀様! どうだったんですか?」
涙をポロポロ流している由紀様の姿を見て一瞬不安がよぎる。
もしかして……悪性だったとか?
いや、そんなことはない!
絶対にない!
「由紀様!!」
「手術は成功して綺麗に取り除けたからって……幸い場所もよくて神経に傷がつくことなく、きっと大丈夫だからって……」
「よ、良かった……」
由紀様と再び抱き合った。
その後、結果を天野先生より、オケメン全員に発信してもらい、その日の連絡用の共有画面は、安堵の通知と喜びでパンクする勢いだった。
看護師さんの勧めもあり、本日は先生には会えない為、明日に備えて由紀様と互いに帰宅した。
天野先生が面会許可が出たら連絡してくれると言うのでその知らせを待つことになる。
「良かった……本当に良かった」
神様、本当にありがとう御座いました──
◇
昨夜は安堵の気持ちで、比較的ぐっすり眠れた。
少し遅めの朝食をとっていると、天野先生から珍しく電話が掛かって来た。
『電話番号あってる? 佐々木さんに聞いたんだけど、天野です』
『あってますよ。もう天野先生ったら私はちゃんと登録してますよ? 何かあったんですか?』
『御神先生が目を覚まして、ちゃんと会話も出来たし、可動域にも問題はないだろうって兄貴から連絡あった。特別に桜井の面会許可出してくれたから14時ちょうどに入れてくれるって』
『本当ですか!! 良かった……14時ですね! 行きます! 絶対行きます!』
『14時に兄貴が病室に向かうから、その時にどうぞってさ』
『ありがとうございます! 本当にありがとうございます!』
天野先生からの嬉しい連絡を受け、スマホを胸に抱きしめた。
良かった──
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