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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第七楽章 明日への祈り

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81.魂の叫び 

 ──天野先生の指揮による『四季~春』の演奏がスタートした。


 春の輝かしい華麗な調べにのって、軽やかなスタートをきる。美しい音色がホール全体を優しく包み込んだ。


 指揮者が天野先生に変更されていたが事前のホームページや、他媒体にスペシャルプレゼントとして『御神 貴志』による『夏』のバイオリン演奏の為と掲載されていたこともあり、今回は観客席からの動揺もなく、すんなり受け入れられた。


『春』の終わりを告げる頃、ほんの少しだけホールがざわついたが、すぐに静かになった。


 舞台袖からゆっくりと歩いてくる先生の姿を全員が確認し、ついに『夏』が始まる。


 最高級品と言われる「ガルネリ」を構えた先生の佇まいに全員が息をのみ、()()()を待ちわびた。


 神により『夏』の嵐が吹き荒れた瞬間、全員が一瞬にして息の仕方を忘れるぐらい神に従った。


 天野先生が言う「変化していく音」に全員が魅了され、その音についていこうと必死に追いかけるが、気づけばもう先を走る旋律。


 ただそれは「独走」ではなく、誘うように神から招かれた渦巻く嵐への入り口だった。


 美しく正しいパッセージではなく、どこか危うさと脆さを感じさせる、ギリギリを唄うような旋律に激しく鳴り止まない雷と、吹き荒れる風と強い雨の臨場感が増していく。


 まるで一本のドラマのような「音」だった。


 前半の2曲目である『夏』が終わった瞬間、まだ後半を残すというのに、なんと大歓声でスタンディングオベーションが起こった。


 鳴り止まない拍手に一時、中断を余儀なくされ、やっと休憩に入る。


「この後、超やりにくいんですけど貴志のせいで」


 高科先生が、先生に苦笑いする。


「何でだよ。せっかく、あとからやるお前らにやりやすい環境を整えてやったのに」


 嫌みなぐらい楽しそうに笑う先生にユーリさんが、ふて腐れる。


「やっぱり俺が出れば良かったんだよ。タカシが出たら、客はそれと同じを求めるもん」


 止めて下さいユーリさん。これ以上ハードルを上げないで下さい。


「まぁ『秋』はさらっとやって来なさい」


 先生……

 さらっとって。


 休憩時間が終わり、後半に向けて全員が今日が年内最後の舞台となる先生に、握手をしてから舞台へ向かった。


 そして最後に大歓声の中、上着を燕尾服に着替えた先生がゆっくり指揮台に登壇する。


『秋』が終わりに近づく頃、ユーリさんがゆっくり舞台に歩いて来た。


 そして天野先生の冒頭のトレモロが始まり、全員がバイオリンを構える。


 ブランクを全く感じさせないユーリさんの完璧な音に、全員が安心して名作『冬』に聴き惚れた。


 大歓声の中、全曲が無事に終了した。

 それでも全員が席を立つことなく、最後のアンコールを期待していた。





 ◇




「天野、パガニーニのカンパネラ弾いて」


「え? 今日のアンコールって、ヴィヴァルディの協奏曲では?」


 突然、楽譜を差し出された天野は、目の前の男の姿に呆気に取られていた。

 そして、その男は燕尾服から普通のスーツの上着に着替え、バイオリンを手にしていた。


「み、御神先生? も、もしかして」


「うるさいのが来る前に行くぞ」


「え? ちょ、え? 御神先生ーーーー!」


 天野の制止を振り切り、一人でツカツカと舞台に歩いて出て行ってしまった男に、天野は急いで追いかけた。


「マジかよ……」


 大歓声の中、なんとその男は観客全員にゆっくり優雅に挨拶をし、バイオリンを構えた。


「おいおい勘弁してくれよ……」


 リハーサル一切無しの、パガニーニの最高難関曲の披露が2000人を前に今、突然始まろうとしていた──



「え? タカシ?」

「は?」


「え???」

「み、御神先生!?」


 休憩中の為、それぞれが水分補給などに行っていて、舞台袖に戻って来た者たちは、何が起こっているか理解出来ず、ただ驚き固まっていた。


「何で?」


 私の声にユーリさんが笑いながら答えた。


「やっぱり、おとなしくは終わらなかったね」


 ついに、天野先生による前奏部のピアノの音がホールに流れ始めた。


「あ~~あ。始まっちゃったね」


 ユーリさんが愉しそうに笑っている。


 パガニーニの名作『バイオリン協奏曲第2番 ロ短調 作品7』の第3楽章の中より『ラ・カンパネラ』が始まった。


 リスト作曲の『ラ・カンパネラ』の元になった曲である。パガニーニが愛用したという世界最高峰「ガルネリ」の音色が響き渡る。


 通常の荘厳な雰囲気とは全く違う、力強く深い、そして切ない音が鳴り響く。


「バイオリン一本だけの音とは思えないね……」


 高科先生の肩が震えていた。


 先生の魂の叫びに、すすり泣く音と感嘆の声がチラホラ聞こえ出す。


「過去一だね……」


 ユーリさんの綺麗な青い瞳から大粒の涙が流れ落ちた。


 圧巻、美しい、素晴らしい、感動的、そんなレベルではなかった。


「魂の叫び」まさにその言葉そのもので、全身全霊で奏でる神の姿に、本物の神が宿っていた。


 金色の光の中で白く輝く一柱。


 自然と全員がその姿に崇拝の念を抱いていたように感じた。

 瞬きをすることさえも許されない張り詰めた空気の中、神の演奏が静かに終わった。


 真っ白に染まる視界の中、にっこりと微笑みながら優雅に挨拶をする神の姿に、賛辞を贈る事さえも忘れ、全員が止まっていた。

 まるで時間が止まったかのように完全に「白い世界」だった。


 その姿に袖で見ていたヒューイさんが、賛辞の声を掛けた瞬間──


 ホールに嵐と地震が一緒に訪れた。


「天才ってやっぱりいるんだな……」


 高科先生の声に全員が改めて先生の凄さを実感していた。


 鳴り止まない拍手の中、先生が観客に再度深々と頭を下げて、ゆっくり舞台を去り袖に歩いて戻って来た。


「タカシ。今世紀一だね」


 ユーリさんが、先生に握手を求めて手を出した瞬間だった。



 ──ドスン



 低く鈍い音がした瞬間、目の前にいたはずの先生が、視界から突然消えていた──


 何が起こったのか理解が出来なくて、全ての声も音も時間が止まったように「無」の世界になった。


 遥か遠くより、誰かを呼んでいるような声が聞こえるが、何を言っているか分からない……


 せ、せんせ?

 先生どこに?


 少しずつ手に体温が戻り、指先に感覚を覚え、顔の筋肉が動き出した。


 先生は?

 何が起こった?


 何か大事な事を私は忘れていないか?


 割れるように頭が痛い。

 立っていられなくなり床に座り込む。


 何? 何が起こっているの?


「貴志!」

「キャー! 救急車!」

「御神先生!」

「タカシ!! 聞こえる? タカシ!!」


 真っ白な「無」の世界から、声が聞こえてきた。

 悲鳴や泣き声、名前を呼び続ける声。


 名前?


 な、まえ?


 !


 はっ!

 そうだ! 先生!!


 先生!


 目の前に広がる現実の世界に、目が覚めたように急ぎ立ち上がる!


「先生!!」


 人だかりの中、綺麗な顔のまま目を閉じて床で寝ている先生の姿に言葉を失った。


(せ、先生!!)


 声に出来ない……


 次の瞬間、身体中の震えが止まらなかったが、真っ白な顔をして瞼を閉じたままピクリとも動かない先生の傍へ、無意識に近づいていた。


 そして、先程まで声が出なかったが、気づけば私は叫んでいた。


「先生! 日本に帰りますよ! 起きて! 一緒に帰りますよ!」


 先生の顔に手を触れようとしたら、天野先生に止められる。


「桜井、動かすな!」


「タカシ! 何やってんだよ! 起きてよーー! お、お願いだから……」


 ユーリさんの泣き叫ぶ声が響き渡る。

 だが、真っ白な顔をした先生の身体はピクリとも動かない。


「御神 貴志を諦めないで! まだ御神 貴志を止めないで! 起きて! あなたの居る場所はここじゃない! 起きて! 貴志さん! 私を一人にしない約束でしょう……お願いだから」


「桜井……」


 高科先生が首を横に振り、私の手を取りながら自分に引き寄せたあと、優しく背中を撫でてくれた。


 先生の瞼に、私の大粒の涙がポタリと落ちた。




 ──「……勝手に殺すな」


 小さな声のあと、先生の瞼がゆっくり開いた。


「先生!!」

「タカシ!」


 先生に抱きつこうとした瞬間、ヒューイさんの奥さまの声がした。


「全員退けて! 邪魔。アマノ、タカシの脈とって。ユーリ、この輸液持って高い所から。タカシナ何かつり下げれるもの探して。ササキちゃん車回して用意して」


 ヒューイさんの奥さまは婦人科の医師をしており、念のため今回待機してもらっていた。先生の状態の悪化を佐々木さんに伝えた時に、佐々木さんがお願いしていた。


「脈拍、正常に戻った……」


 天野先生がヒューイさんの奥さまに声を掛ける。


「こんな状態なのに飛行機に乗せて大丈夫なんですか?」


 私は気になって彼女に聞く。


「多分痛み止めを飲んでなかったんでしょうね。本番の演奏で意識をはっきり保つために。本当にいつもながらタカシの音楽に対する執念はもう……無茶をする。痛みを我慢しすぎて気を失っただけだから大丈夫よ。鎮痛剤入れたからすぐ楽になるはずよ。でも無理はダメよ? あとはアマノのパパの指示に従ってちょうだい」


 ヒューイさんの奥さまの話を聞いて、ユーリさんが泣きながら先生の頭を撫でる。


「もう……何やってるんだよ。音楽と自分の命どっちが大事なんだよ。タカシのバカ!」


 先生の意識が戻り、ヒューイさんの奥さまの指示に従い彼女が付き添う中、帰国に向け空港に急ぐ。


 良かった。

 あのまま……


 本当に良かった──







 第七楽章完結


「今話で第七楽章完結です」

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― 新着の感想 ―
よかった( ; ; ) 完璧な演奏からのこれは心臓に悪すぎる……
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