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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第七楽章 明日への祈り

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75/75

75.マリア

 ──買い物を終え、帰りのタクシーの中で先生が思い出したように言う。


「あ、明日午前中、俺ちょっと出掛けるから、ユーリ君と高科とお留守番しときなさい」


「どこに行くんですか?」


「バイオリン借りに行く」


「え?」


「どちらに?」


「秘密」


「せんせーーーー!」


「言ったらお前ら絶対ついてくるから嫌です」


 先生が苦笑いしながら、私の視線から逃げようとする。


「えええええ! 行きたい! 行きたい! どこですか?!」


「ディビアッジ工房」


「何の工房ですか?」


「お前には勿体ないわ」


「えええええええ~~~ 教えて下さいよお!」


 先生が渋々スマホを取り出し、電話をし始めた。




 ◇◆



『明日9時に車、用意して。4、5人用』


『どちらに?』


『ディビアッジ』


『クレモナの? ガルネリですか?』


『電話したら当日貸してくれるって。工房見学しても良いって言うから行ってくる』


『私も行きたいです! 9時にホテル前にお迎えに行きます! ワゴンで良いですか?』


『任せる』



 ◇



 一旦電話を切った先生が再度、電話をかけはじめた。

 誰なんだろう?



『朝9時、ロビー集合』


『は? どこ行くんだよ? 朝っぱらから』


『ディビアッジ工房。来たいならな』


『ま、まさかガルネリ? 良く許可出たな?』


『メンテに出してるから。当日借りれることになって見に来ていいって言うから、ついて来たいなら天野にも連絡しといて』


『了解』



 ◇



「せんせ? 借りれるって何を借りるんですか?」


「バイオリン」


「え?」


「世界最高峰の工房見学の許可が出た」


「ええええええ?」


「明日楽しみにしてなさい」


 嘘~~~すご~~い!! それで先生が秘密って言ってたんだ!!


「今のって高科先生?」


「YES」


「ねぇ、ユーリさんも誘ってあげたら?」


「面倒くさい」


 露骨に嫌そうな顔をする先生の背中を軽く叩いた。


「先生! 意地悪したらダメです!」



 ◇



『明日朝9時ロビー集合。ディビアッジ工房に行く』


 渋々電話ではなくメールをした先生に少し呆れたけれど、それでも即返事が返って来たユーリさんの喜んだ顔が目に浮かぶようだった。




 ◇



 昼食と買い物などを終えてホテルに戻って来たが、先生が何やらスコアに書き出した。


「先生これは?」


「『四季』の総譜」


「見てもいいですか?」


 総譜は指揮者の命とも言われている大事な物で、団によっては門外不出の規則が存在するところもあると聞いた。


「いいけど、まだ総リハの前だから最終チェック入ってないぞ」


 先生の許可が出たので、総譜を見せてもらう。


「すごっ。総リハ前でここまで細かく書かれてるんですか? いつも?」


「3年前のドイツフィルのを修正してるだけだ。今はまだ」


「それでも凄いです!」


 スコアがぎっしり埋まるぐらい、注意書きが丁寧に書き込まれていて、先生以外の人が急遽指揮台に立っても、分かりやすいように書かれていた。


「あとは天野に託すだけだ」


 先生の言葉が胸を締め付ける。


 総譜をめくると、先生が指揮予定である他の曲にも細かい指示書きが書かれていた。

 まるでそれは、誰かに自分の大事な命を預けるかのように……


「せんせ。私が必ずあの光の中に先生を連れ戻しますから」


 先生の背中を撫でると、私の膝にそっと頭を静かにのせてきた彼の柔らかな髪を撫でる。

 無言の空間だけれど、二人だけの幸せな時に心から感謝して撫で続けた。


「一人は慣れてるんだけどな……」


 先生が消え入るような声で呟いた。


「そんなことに、もうこれからは慣れないで下さい。貴志さん」


 先生が私の手をそっと握りながら静かに瞼を閉じた。

 その瞬間、彼の頬に伝った雫を指で拭い、再び彼の頭を軽く撫でる。


 それから暫くの時間が経ち、ゆっくり起こさないように気を付けながらソファを離れ、寝室から毛布を持って来て彼に掛け、午後の練習に向かった。




 ◇






「あれ? 天野先生?」


 ユーリさんと二人きりかな? と思って部屋に入ると、天野先生の姿が見えたので驚いた。


「一応監視役です。保護者不在時の代理人2号ですから」


「2号って……1号は高科先生ですか?」


「ピアノ科は最初、譜読みが出来るまでの契約だったんだけどねぇ。魔王様が不在な時は仕方ないでしょう。狼の中に姫を一人入れるわけにはね?」


 天野先生がユーリさんの顔を見る。


「アマノ、流石に俺も鬼の居ない間に、間男はしないさ」


「どうだか?」


 何ですか? その会話。


「ちょうど俺もピアノの練習出来るしね」


「アマノいるし、せっかくだから『冬』合わせるか」


「い、いきなりなんですね……」


「何か言った()()()?」

「当然、スコアは入ってるよね? 桜井?」


 ま、魔王二人……

 こ、怖い……


「一応スコアね。3年前のドイツフィルのだけど預かってるから今日はコレ使っていいよ。でもウサギ()()()3日以内に()()暗譜完了ね」


 ユーリさんが満面の笑みでスコアを差し出す。

 その笑顔は怖すぎるんですけど……


 今、全曲暗譜ってもしかして言いました? 三日以内?? わたくしの聞き間違いですよねぇ?

 私の沈黙を無視するかのように、天野先生が軽く手を叩き言い放った。


「では、はじめますよ。一応最初なんで通しで」


 魔王様()()()()()が「さっさと構えろ」と今にも言いたそうな顔をしながら私に視線を向けた。


 この二人仲良し? もしかして?



◆◆おまけ◆◆

暗譜:楽譜に書かれていることを暗記すること。

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