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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第七楽章 明日への祈り

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73.宝物  

 イタリア公演までの、練習場の説明やホール使用日程などのスケジュールが書かれた紙を、佐々木さんが私達に配ってくれ、公演日までのおおよその流れの説明が終わった時だった。


 それまで和やかに進んでいたミーティングが、先生の一言で一変した。


「これ変更。二日目の序盤、指揮天野」


「は? み、御神先生?」


 初めて聞かされた天野先生は驚いた顔をして、先生を見上げている。


「『夏』のバイオリン俺が弾くから、代わりに天野振って。後半の『冬』はピアノ欲しいから後半は代わる」


「へ?」


 突然の話に、天野先生も口をポカンと開けていた。

 その姿を見ながら、ユーリさんがゲラゲラ笑っていた。


「タカシ……もう少しちゃんと説明したら? 単純に『夏』のリード取れる奴が居ないって話なだけで。ウサギちゃん一人で厳しいからでしょう」


 ユーリさんの言葉に、佐々木さんが突然顔を真っ赤にして立ち上がった。


「そんなの許可出来るわけないでしょう! 何言ってるんですか!」


 うん。佐々木さんが言ってることは正しいですよ。でも、先生言いだしたら聞かないですよ?


「あ? オケの責任者は俺だ。お前の許可は必要ない」


「貴方のマネージメントの全権は私にあります!」


「ならマネージャー解雇だ」


「先生!」

「タカシ!」


「ちょっと二人とも座って下さい! それに先生も! 何で()()で解雇なんですか! なら私達全員が解雇になるはずです!」


「黙れ、花音」


 先生の低く冷たい声が響く。それでも私は先生の目を真っ直ぐ見て続けた。


「全員での協力がオケでしょう? 一番の原因は私が全曲一人でリードができる経験がないことが問題なんですから。ユーリさんもまだ万全じゃない中、先生だって病気のこともあるし。だからちゃんと可能な案を話し合いましょう。その為のミーティングでしょう」


 私の声に佐々木さんが着席した。

 その後、先生が明らかに不快感を見せながらも席に座る。


「順番は『春』からですよねえ?『春』は御神先生が振るんですよね? その後直ぐに? 移動する形ですか?」


 天野先生が冷静に本番の流れを質問する。


「弦楽器で間奏入れる」


 先生の答えに、ユーリさんが腕を組み少し考えるような素振りから話出した。


「なら『春』もアマノが振れば良くない? そしたらタカシが実質舞台上に上がる時間は同じになるし」


「あ! それなら時間は同じになりますね? 指揮台に立つ時間がバイオリン弾く時間に変わるだけですし。お客様もそれだと喜ぶでしょうから」


 私の言葉に、天野先生がギョッとした顔で私を見てきた。


「君ら無茶苦茶言うね……」


 天野先生が、私とユーリさんを少し呆れた顔で睨む。


「後半だけをタカシが振れば良いじゃん」


「ユーリさん天才!」


「なら『春』俺ピアノ弾く」


「先生!」

「タカシ……」


「御神先生……それじゃ意味ないです。袖で留守番して下さい」


 天野先生が、先生に頼むような顔で見つめていた。


「ピアノライト落とせば良いだろ別に。手元だけくれたら充分だよ」


「先生!」

「タカシ……」


 ユーリさんと同時に声が出ていた。


「駄目です! お留守番でお願いします。では、ユーリさんの案でスケジュール調整しますから。スコア変更無しでいいですね?」


 佐々木さんが、先生の意見を無視して閉めに入る。

 うん。流石佐々木さん!


「俺の意見は無視かよ」


「煩いです。文句言うなら全部留守番!」


「ハハッハハハハッ。流石ササキチャン! タカシもう諦めろよ。『夏』何なら俺出るよ? それ以上ごねるなら?」


「何か、お前ら俺を排除しようとしてないか?」


「子供か……」


 佐々木さんの聞こえるように呟いた一言に、約一名を除いた全員が爆笑した。


「あ、当日までサクライの面倒は俺がみるから、タカシ」


「は?」

「え?」


「あーー、変な意味じゃないから安心して? 練習ね。『夏』をせめてタカシと立てるレベルまでみるって話」


「それ俺がやるからいい」


「タカシは大人しくお留守番していて。帰国まで体調崩さないようにゆっくり寝ていてくれて良いから」


 ユーリさんがニヤニヤ笑う。


「あ? どう言う意味だよ。お前それ」


「俺には完全に治るまで大人しくしてろって言ったよね? 人に言って自分は実行しないってことはないよね?」


 ユーリさんの言葉に先生が無言で彼を睨む。


「先生、今だけはお願いですからご自身の身体のことだけを優先して下さい! もし先生に何かあったら、全員が自分を許せないし一生後悔します。音楽を憎んでしまう!」


 佐々木さんの悲痛とも思える訴えを聞いて、先生も流石に静かになった。


「タカシ、一人で寂しかったら練習見にきてもいいよ?」


 ユーリさんがニヤニヤしながら言う姿に、先生が彼の頭を叩く。


「ちょ、暴力反対!」


 そんな感じで? なんとか最後は和やかにミーティングが終了し部屋に戻って来たが、先生の機嫌が……


「せんせ?」


「昔は、オフが出来たって聞いたら嬉しかったのにな」


 先生の言葉に、そっと背中に抱きつく。


「残念ですがそのオフもほんのちょっとの間ですけどね。来年1月末には働いて貰いますよ?」


「NYまでには復帰します」


「もう~~本当に仕事大好きですねえ? 先生って」


「暇になったから、明日観光でもしようかな」


「ええええ~~ずるぃい。行きたい~~」


「貴女は、()()()ユーリ()と練習があるでしょう?」


 先生がいつもの意地悪そうな顔で笑う。


「午前中ないもん……」


「基礎練があるでしょう? 俺よりアイツの方が厳しいぞ」


「早朝にやるもん!!」


「着替えろ。出掛ける」


「え? 今からですか?」






 ◇




「何とか間に合ったな。寒くないか?」


「大丈夫です。きれい~~~」


「ここでパガニーニもヴィヴァルディも産まれた。まあ、ジェノバとベネチアだからちょっと離れてるけどな。一回はこの景色を彼らも見たかもな」


 先生って本当にロマンティストよねえ。この綺麗なミラノの街並みを彼らが昔、本当に見たか? どうかは分からないけれど、それを真面目な顔をして言う先生の顔が夕焼けの綺麗な景色より、美しく見えたことは、先生には内緒にしておこう。


「せんせ。ありがとうございます」


「ん?」


「先生と出逢えて良かったです」


「何だそれ」


 美しい街並みが真っ赤に染まり始めたのを見ていると、何故か自然と涙が溢れてきた。


 その涙をそっと覆うように先生が優しく口付けをしてくれる。

 互いの指を強く絡めながら、彼の耳元でそっと呟いた。


「ずっと傍にいますから」

「ありがとう」




 ◇◆


 ──いつからだろう? どうせ長くは続かないと思って本気で愛することを避けていた。


「音楽と私とどっちが大事なの?」と聞かれ「音楽だ」と答えることが面倒になり、一定距離以上踏み込むことを止め、踏み込ますこともしなかった。


 愛されたいと思うことも、なかったのに。


 音楽がもう出来なくなるかも? の怖さより、この温もりが無くなることの方が怖かった。


「長生きしろよ」


「何ですかぁ? せんせ~~? 先生こそ長生きしてくれないと困りますからね?」


 薄紫色に染まる美しい街並みを背に、笑った先生の胸に再度飛び込んだ。


 少し肌寒くなって来てシンと張り詰めた空間に、この何とも言えない想いを互いに誤魔化すように、何度も唇を重ね、深い暗闇に堕ちていった──



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