72.イタリア
景色はすっかり秋色から冬支度へと感じる肌寒さに変わっていた。
まだ11月の初旬だと言うのに、朝方の気温は0度と言う日本では考えられない寒さだった。
天気も毎日どんよりした曇り空が続き、秋の気配を感じることなくポーランドを出発することになった。
それに比べイタリアの気温は北部でも、もう少し温かいと聞き少し期待感が増しす。
「先生~~空港から直ぐだったらコートって要ります?」
「15時過ぎには着くけどな。一応持っておけば?」
「ここよりは暖かいんですよねえ?」
「多少かな。北部しか今回行かないから日本の1月ぐらいかな」
それ、真冬じゃないですか!
先生が着替えながら答えてくれたが、先生それで飛行機乗るんですか?
何処のモデルさんですかあ?
「ええええええ! めっちゃ寒いじゃないですか。11月ですよねえ?」
「ヨーロッパの11月はもう冬と変わらない」
「せんせ? その格好で飛行機乗るんですか?」
「寒いし」
いや、そうではなくてですねぇ……
真っ白のニットセーターに真っ白のパンツって先生以外着れないと思う……
そして、なんでそんなに似合うんですか?
先生ズルくないですか?
「イタリア着いたら、コート新しいの買うかな」
「何か楽しそうですね……先生」
先生に笑顔が戻って本当に良かった。
病気に関しては、もう神様に祈ることしか出来ないので、天野先生や高科先生が言うように、今まで先生に頼りきりだった部分を少しでも自分たちの手で自発的にやっていくしかないものね。
「パスタ、パスタ~~楽しみ~~」
「食うことしかないのかよ」
先生の呆れた顔にも慣れてきて、頭を叩かれるまえに抱きついた。
「へへへっ勝った~~!」
「阿呆」
「ピザも楽しみ~~」
「腹壊すなよ。そろそろ出るぞ」
「は~~い」
◇
空港に着いてユーリさんと天野先生、佐々木さんと合流する。
他メンバーは、練習場の契約や受け入れ先のホテルなどの準備が整い次第、順番にイタリア入りすることになっていた。
「しかし、相変わらずのファッションだね。タカシは」
「あ?」
「少しは、俺達のことを考えるとかないのかよ……」
ユーリさんが呆れた顔をして先生を見つめている。
うん。分かります!
ものすごく分かります。その気持ち!
何処から嗅ぎつけたのか? 分からないが、出国ゲート近くに沢山の花束やプレゼントを持った女性達の黄色い声が飛び交っていた。
真っ白なニットトップスに同素材のパンツのセットアップ姿。
その上に黒のロングコートを羽織りサングラス姿の先生は、その黄色い声に応えるかのように軽く手を振る。
先生のその行動には私達は驚きだけではなく、もはや呆気に取られていた。
「タカシ……」
ユーリさんが先生を見つめる。
「ポーランド二日しか取れなかったしな」
「それとこれは違うような。御神先生……」
天野先生も少し呆れ顔で見ていた。
佐々木さんが両手いっぱいに、先生のファンの人達から受け取れる分だけ頂いてきた物を抱えて走ってきた。
「佐々木、持ち込めないそれ」
「仕方ないでしょう。あの雰囲気の中、要らないって言えないでしょうに……貴方のせいですよ?」
機内に持ち込めない物を佐々木さんが慣れた手つきで仕分けし、ラウンジにお願いしていた。
◇
「2時間かからないんですよね?」
「なのにビジネスって贅沢~~」
私の質問にユーリさんが少し嬉しそうに答える中、先生が呆れた顔をする。
「お前らじゃないから。こっちの為です」
先生がユーリさんが手にしているバイオリンケースと、自分が持っている「ガダニーニ」のケースに視線を移した。
ですよね……
「二つで約3億か……」
天野先生の呟きに、全員が一瞬静かになった。
「今なら、これもう少し上がってるよ。アマノ」
ユーリさんが笑いながら天野先生に、自分のバイオリンケースを指さした。
「ビオラ入れたら4億行くでしょ」
ユーリさんが笑いながらサラリと言ったが、その会話を近くで聞いていた佐々木さんの目が泳いでいる姿が印象的だった。
◇
無事、座席に座った途端、お決まりのように先生の一言が発せられた。
「おやすみ」
「早っ!」
いつものように機内の席に座り、バイオリンを手錠でロックした瞬間に小さく丸まって寝始める先生にもう皆は驚くこともなく、普通に2時間弱の空の旅を楽しんでいた。
◇
シートベルト着用のサインが点灯し高度が下がりはじめたので、そろそろ先生を起こす。
「せんせーーそろそろ着きますよ~~」
軽く先生の肩を叩くだけで、寝起きの良い先生はいつも直ぐ起きる。
ホテルの朝もこんな感じだと良いんですけどねぇ。
移動中などは一回で直ぐ起きるのに、家やホテルでの朝は大抵ダルダル星人になる。
「ホテルに着き次第、明日からのミーティングを行いますので、1時間後に皆さん、花音さんの部屋に一度集合して下さい」
「もはやミーティング用の部屋になったな」
天野先生が私の顔を見ながら苦笑いする。
「有効活用してるじゃないですか? 皆さんの衣装や荷物も置けますし」
それぞれ一旦、部屋に戻って荷物の整理などをして1時間後にミーティングの為集合するのことになった。
いつもと同じように、ホテルのチェックインを済ませ部屋に入るが、いつもと同じではない気持ち……
でも今は、イタリア公演に向けて集中するように、出来るだけ、それは考えないようにしていた──
「今話から第七楽章になります」
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