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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第六楽章 明日に架ける橋

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71.あなたがいなければ

 ──久々にバイオリンを構えるユーリさんの姿に、ワクワク感と感動で胸がいっぱいになる。


 しかも難曲のヴィヴァルディの『冬』である。


 高音部を刻むトレモロ上手っ!

 一定のリズムか一切崩れることなく、それでいて綺麗に一音ずつが正確刻まれ、ちゃんと聴き取れる。


 嵐が吹き荒れるシーンも堂々としているし凄い!


「もういいよ」


 先生がユーリさんの演奏を途中で止めた。


「タカシ!」

「先生!!」


「手出せ」


 先生がユーリさんに鋭い視線を向ける。


 その言葉にユーリさんが、渋々バイオリンを置き、先生に両手を出した。


「一日の練習時間守ってないだろ? お前」


「……仕方ないだろ現状で。イタリアまでには、まだ日にちはあるんだし。それまでには」


「パッセージ入れて一日5時間を超えない。を守れって言わなかったか?」


「でも!」


「同じことを何度も言わせるな。今が大事なんじゃない。これから先も同じように大事だろ」


「イタリアは?」


 ユーリさんが、再度先生に真剣な顔でたずねる。


「第二楽章のリードを高科に取らせる。それが条件だ」


「タカシ!」


「文句あるなら見学。今の状態で10分ずっとは任せられない」


「せんせ? あの……私って?」


 えっと……今の話だと、リードは1楽章をユーリさん、2楽章を高科先生、3楽章をユーリさんってことでよね?


「セカンド」


 先生が私の頭を軽く撫でながら言う。


「えええええええ?」


「初日、花音のファーストで良いから。二日目お前セカンド」


「タカシ……もう少し言い方が……」


「遠まわしに言っても同じだろ『四季』自体が長いのと、一人で全て花音が背負うには経験不足過ぎる。ユーリと比べて落ちるのではなく、単純に経験の差。その話は前にしたはず」


「……はい」


「この曲には誰が一番適しているか。で良いだろ。一番も二番も関係ない。観客はそのステージが最高であるなら誰がファーストとか、指揮者が誰とかじゃない。全員のステージが最高ならそれで良い」


「先生……」

「変わらないね。タカシは」


「それ以外に何が必要なんだよ」


 先生らしい回答だった。


 あれだけの才能を持っていて、奏者をスパッと止めて指揮者に転向した理由もそうだった。


「観客が楽しめるステージを自分の手で作りたかったから」


 先生は、自分のキャリアや音楽家としてのプライドは全て「観客第一」の考えだから。

 その第一である観客が楽しむのであれば、先生は自分が舞台に立てなくなることさえも、恐れていないのかもしれない……


「飯の時間なんですけど」


「一緒にどうですか?」


「花音……」


「やったーーーーーー!!」


 ユーリさんの満面の笑みに先生が呆れた顔をするが、この状況で帰って下さいって言えないでしょう? 

 先生……





 ◇




「お前さぁ、ちょっとは遠慮とかないのかよ」


 ダイニングテーブルの上に空になった皿の山を見て、先生がユーリさんを睨む。


「育ち盛りなんで」


 にっこり笑うユーリさんの姿に、私も少しだけ圧倒される。

 ユーリさんって、こんなに食べる人だったんだ。細いから少食なのかと思っていた……


「タカシ、ちゃんと食べないと体力つきませんよ? ウサギちゃんに嫌われるよ?」


「花音。この馬鹿、追い出せ」


「タカシ~~ひど~~い」


「クネクネするな! 帰れ!」


 いつもの二人に戻ったことに私は安堵し、嬉しかった。

 なんだかんだ言って、先生もユーリさんといると気を許しているような感じがする。


「こんなに食いませんよ?」


 目の前の皿に綺麗にヘタを取ったイチゴの山と、一口大にカットされたパンに、ちゃんとジャムやバターも適量添えられていた。


「ユーリさん凄い……自分の食事しながら、先生の用意まで……」


「あ、ずっとだから慣れてる」


 付き人時代からずっと先生の身の回りの世話をしてきたって言ってたものねぇ……


「せんせ! フォーク貸して!」


 何となく悔しい気持ちになり、先生が自分で食べようとフォークを手に取ったが、それを私は制止した。


 それを見て笑いながらナイフとフォークを私に預けた先生の顔にちょっとだけムカついたが、でも私だけの特権だもーーーーーん!


「ねぇ? タカシって毎食ウサギちゃんに食べさせて貰ってるの?」


「あ? そんなわけないだろ? 阿呆か」


「先生でもフルーツは自分で食べないじゃないですかぁ」


「そういうプレイ? が好きだったの? タカシって?」


「プ、プレイって……」


「自分で好き好んで食わないだけですが? 別に食ったからって腹の足しになるわけじゃないし」


 せ、先生……

 流石にその発想は……

 そういうものではないですからね? 食事って……


「サクライ。音楽以外をちゃんとタカシに教育すべきだね」


「うるさいよ。食い終わったなら、さっさと帰れよ」


「はいはい。大事な()()()()をお邪魔したら悪いので帰りますよ~~」


「よ、夜のせ、生活って……」


 ユーリさんの言葉に思わず頬が熱くなる。


「阿呆か」


 軽く先生に頭を叩かれた。


「じゃあね~~明日空港で~~」




 ◇




 元気に帰って行ったユーリさんの後ろ姿を見て、安心と少しだけ元気を貰ったような気がした。


 多分、先生の身体を心配して様子を見に来たに違いないことは、先生も分かっていた様子で「帰れ」とは言っていたが、本当に迷惑に思っていたなら絶対に食事にも同席を許さなかっただろうから。


 その後、明日の出発する為の準備をした。


 先生は最後まで「アイツのせいで、寝る時間が遅くなった」とブツブツ言っていたけれど、でもその顔は嬉しそうだった。


 先生の中でもユーリさんに復帰の兆しが見えてきたことは、不安要素が一つなくなり喜ばしいことに違いない。


「せんせーー明日って何時にホテル出るんですか?」


「昼飯早めに終えて12時にチェックアウト」


「了解で~~す」


 って! 先生!! なんでもう寝てるんですか!!


「先生! 駄目ですって! ちゃんとお風呂に入ってから寝て下さいって!!」


「朝入る」


 いつものように丸くなってスヤスヤ寝る少年のような顔を、祈るような気持ちで見つめる。


 先生、絶対大丈夫ですからね。


 こんなにみんなが、あなたのことを心配し、手術の成功を祈り、再び光の真ん中に戻って来る日を心待ちにしているんだから。


 だって……


『あそこは、貴方の為にあけられた場所ですから』


 だから私が、貴方を光の世界へ必ず連れ戻します──









 第六楽章完結


◆◆おまけ◆◆


トレモロ:右手で弓を細かく動かし、同じ音(または2つの音)を連続して鳴らし続ける奏法。

ピアノでも同じで隣同士の音をドレドレドレなどと早く引き続ける奏法。

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