70.訪問者
──それから数日後の今日、ポーランドでの公演が無事終わった後、全員が集められイタリア公演後に一旦、日本に緊急帰国することがメンバーに伝えられた。
最初は、いきなりの発言に皆が驚きの声を上げていたが、高科先生の説明によって違う意味で全員が静まり返った。
詳しい内容は伏せられたが、先生が入院することにより暫く現場を離れないといけなくなる為、練習場の確保などを考慮して、NY公演の前まで日本で過ごすことを説明された。
その後、先生よりオケメンバーたちに「心配ないから。ほんの少しだけ離れるだけだから」と、笑顔で謝罪の挨拶をされた。
ただミシェルさんとヒューイさんには、このあと今の現状を天野先生より正直に伝えると言うことで、私と先生は先にホテルへ帰ってきた。
天野先生曰く、先生が居たら「まとまる話もまとまらなくなるのでお帰りください」と半ば強制的に、私たちは追い出されてしまった。
◇
「何か最近、天野生意気になったよな」
「先生……生意気って。同い年じゃないですか……」
「あ? 阿呆か。この世界、年齢は関係ないから。先にプロになった方が何年経っても先輩なんです」
笑いながら言う先生の顔に、ちょっと子供っぽく感じ思わずその頬に手を添えた。
「子供みたーーーーい」
「犯すぞ」
「優しくしてね?」
「ちょ、っ。せ、せんせ、い」
「優しくしたらいいんじゃないのか?」
先生の顔が目の前に飛び込んでくる。
いやいや、いくらなんでも此処タクシーの中ですから……
先生?
佐々木さんによって運転免許証を取り上げられた先生は、ふてくされながらもタクシーでの送迎を承諾していた。
「無事退院して、医師からの許可が出るまで免許証は返しません!」
と、佐々木さんが先生を怒鳴ったのには驚いたけれど……
「日本語通じないから問題ない」
「いやいや、そういう問題ではないような?」
「いっそのこと運転手雇うかな。そしたら自由に何でもできるしな」
「せ、せんせ?」
魔王が楽しそうに笑っていた。
◇
それからは先生の体調を考慮するために、早めにイタリア入りすることになり忙しい毎日を送っていた。出発が明日となった今日、ホテルで最後の夕食の時をむかえようとしていた時だった。
部屋のチャイムが鳴る。
「誰だろ? こんな時間に」
私が立ち上がり出ようとすると、先生に止められた。
「俺が出る」
──カチャッ
「何しに来たんだよ」
「お見舞い!」
「は? いらねーよ。帰れ」
入口付近で声がしたので様子を見に行く。
「ユーリさん!」
「ウサギちゃん!」
「そんなところに立ってないで? どうぞ?」
「あ? 何でお前が勝手に入れてるんだよ」
「いいじゃないですか? ね?」
ブツブツ文句を言う先生を無視して、ユーリさんを部屋に招き入れダイニングに通した。
「あ、ごめん。食事中だったか」
ユーリさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「邪魔だから帰れ」
「先生! それに先生、夜食べないじゃないですかあ!!」
「何の用だよ。明日出るから忙しいんですが」
明らかに不快な顔をしてユーリさんを見る先生に、ちゃんと彼の話を聞くように促す。
わざわざ訪ねて来たんですもの……
「パガニーニはサクライとタカシナでいいけど、ヴィヴァルディは無理だ。最初『冬』だけのつもりだったけれど『夏』も俺が出る」
「誰が『冬』でお前を復帰させる許可を出したんだ? あ?」
「先生!」
「勝算がないのに言わないよ。ウサギちゃん、悪いけどバイオリン貸して」
ユーリさんの真剣な眼差しに、私は立ち上がる。
「花音!」
「先生! ちゃんと聴いてあげて! いえ、私は聴きたいです!」
先生の制止を振り切りバイオリンを取りに行く。
「どいつも、こいつも勝手なことばかり言って」
「先生が一番勝手じゃないですか!! 何で黙ってたんですか! もっと早く分かってたんでしょ? 酷いです!」
「謝ったろ、その話はもう」
「てっきり泣いてると思ってたけどね。強くなったねウサギちゃん」
ユーリさんが私の顔を見て驚いた表情をした。
「だって先生は神様ですから! 音楽の神様ですよ? そんな人が音楽に戻れなくなるわけないじゃないですか!」
ユーリさんに私は絶対大丈夫! と伝えて、奥の部屋にバイオリンを取りに行く。
「"Takashi, wenn du mal ausfällst, übernehme ich das mit ihr. Sei unbesorgt."」
(タカシ。貴方が(病に)倒れるなら僕が彼女を引き受けるから安心してくれていいよ)
「"Ich habe dir doch gesagt, dass ich Kanon niemandem überlasse."」
(花音は誰にも渡さないって、お前に言ったはずだが?)
「お待たせ~~ 何話してたの?」
「いや?」
先生が何もなかった顔をして私に頷く。
「どっちがいい?『夏』と『冬』」
「『冬』でいい『夏』は俺が弾くから」
「は?」
「え?」
「何言ってるんですか!」
「何言ってるんだよタカシ!」
「指揮台上がるのも変わらないだろ。『冬』は天野のピアノ欲しいし最初に。だから『夏』は天野に振らせればいいだろ」
「はぁ? アマノ知ってるの? タカシそれ?」
「言ってないのに知るわけないだろ」
「………」
「先生……」
「舞台で弾くのは最後になるかもだしな」
先生が天井を仰ぎながら、少しだけ小さな声で呟いた。
「タカシ!」
「せんせい……」
「俺のことはいいから、さっさとやれよ。明日の用意あるんだってまだ」
先生が一瞬だけ私たちから視線を逸らしたが、その後直ぐにユーリさんへと向けた視線は、既に「音楽家 御神 貴志」の顔であった。
◆◆おまけ◆◆
ヴィヴァルディ:イタリアの作曲家:バイオリン協奏曲集『四季』より」春・夏・秋・冬のそれぞれのタイトルによる人気曲。中でも『夏』・『冬』のバイオリンでの演奏は圧巻です。




