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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第六楽章 明日に架ける橋

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67.それぞれの役割

 ──翌朝、天野はユーリの部屋を訪ねていた。


「めずらしいねぇ、朝っぱらからアマノが僕を訪ねてくるなんて」


「リハビリの邪魔をしたら悪いと思ってね。どうだい? 調子は?」


「嫌みかよ。タカシに昨日こっぴどく怒鳴られたの聞いていたろ」


 昨日、師をたずね復帰に向けてのテストに挑んだユーリは、最初の三段目まで弾いた時点で「聴くに堪えない」と席を立たれた。

 その後、彼を追いかけるも「答えは変わらない」と怒鳴られていた。


「仕方ないだろ。ブランクを埋めるには時間が必要なことぐらい分かっているはずだろ」


「朝から嫌みを言いに来たのかい? アマノ?」


「いや、そんなに暇じゃない。大事な話がある。ドアを閉めて貰っても?」


 ?


 珍しく真面目な顔をして自分を見つめる男にユーリは驚いた表情を浮かべたが、冗談や冷やかしを言うような雰囲気には到底見えなかったため、彼の申し出通りドアを閉めた。


「悪いね。手短に話すから」


「何だい? 改まって」





 ◆◆




 天野からの衝撃的な話を聞いたユーリは、言葉を失っていた。


「う、嘘だよね? アマノ? タカシが?」


 目の前の男は真面目な顔をしたまま首を橫に振る。


 最愛の師に忍び寄る黒い影。

 ユーリは、小さな子供のように泣き崩れた。


「ユーリ。泣いて無かった事に出来るならいくらでも泣けばいい。でも今、俺達がやらなければいけないことは、彼の為に悲しんだり泣いたりすることじゃないよね? 病気を治し助けるのは俺達の役目じゃない。俺達がしなければいけないのは、彼が自分の命を削ってでも守りたかった俺達、このオケを守ることだろ?」


「……はい」


 ユーリは素直にアマノの言うことに返事をする。


「そこでだ。まだ団員には話してないがイタリアの後、日本に向かう。次のNYに御神先生が間に合う保証はない。そうなれば桜井が舞台にちゃんと立てるか? 分からなくなる」


 ユーリは、その次にアマノが何を言いたいかは予想出来ていた。


「イタリアまでには間に合わす」


「え? NYからでいいけど?」


「パガニーニは兎も角として、ヴィヴァルディだよ? サクライとタカシナだけで行けるとでも? 春だけならまだしも、夏と冬は厳しいよ? サクライは経験がなさ過ぎるし、タカシナじゃリードは取れない」


「でも君が今、無理してNYに支障をきたすようなことになれば、それこそ御神先生と桜井と、ユーリと全ての駒を失うことになる。だからそれは許可出来ないよ」


「後半の『冬』一曲に掛ける。イタリアまでまだ約1ヶ月ある。僕も一応プロですから。自分の音に納得出来ないなら辞退する」


「無理して腕を痛めないでくれよ? 御神先生には俺から話すのを条件だ」


「いいいだろう。目の前に明確な目標があるほうがリハビリも頑張れるしね」


 二人は握手をして、天野は彼の部屋を出た。




 ◇




「そう言えばイタリアから俺、休んで良いって言われてたよなあ……」


 天野は、休みがこれで飛んで行くことに苦笑いしていた。

 その後、天野は高科とも話し合いを行った。


 ユーリ同様、高科も驚いていたが考えは同じだった。


 自分達が今まで御神 貴志に頼りきりだったことを互いに反省し、今、自分ができることを互いに協力してこの困難を乗り切ろうと改めて決意した。




 ◇



 何もなかったように、普段と変わらず劇場入りしてきた男の姿を、天野は直視出来なかった。


「駄目だな。俺がこんなことでは。桜井だけじゃなく、他のメンバーが不安になってしまう」


 天野は、誰もに聞き取れないぐらい消え入りそそうな声で呟く。


「大丈夫か?」


 普段ならもう少し遅くに劇場入りするはずの高科の声に驚いた。


「早いですね」

「お前もな」


 高科の神妙な顔つきに、天野も掛ける言葉がなかった。

 自分達が、暗くなったら駄目だ。


 これでは、今一番心配しなければいけない存在に余計、気をつかわせてしまう。


「高科先生……」


「ああ、分かってる。こういうカンは凄まじく良いからな。アイツの場合」


「王子もですが、以外と姫もこういう動物的カンは優れてますからねえ」


「メンバーにはいつ話す?」


 高科の問に天野、佐々木と話し合ったこれからの段取りを説明していく。


「御神先生と桜井、俺と佐々木さんはイタリア公演終了後、そのまま夜の便でこっちを出ます。18日には入院予定なんで。メンバーは後便でと思ってます。高科先生残りを頼めますか?」


「手術日は?」


「20日の予定です」


「そこからNYまで約1ヶ月か……」


 高科は大きな溜息をついた。


「御神先生が無理だった場合、俺とユーリが交代で指揮台に立ちます」


「え?」


 高科は天野の話に驚きの声を上げた。


 先日のユーリの事故の際に、急遽代理で天野が立ったことはあったが、まさか世界ナンバーワンのバイオリニストを指揮者として立たす?


 しかも未経験なのに?


「クリスマスプレゼントなら良いでしょう? ユーリのネームバリューなら」


 天野がニヤリと笑う。


「一日目はクリスマスですし、第九はユーリのビオラかバイオリンが欲しいですが、一日目は演目もクリスマス向けですからねぇ」


 最近の天野って何か貴志に似てきた? 

 まぁ元々ジュリアノ育ちだしな……

 ブロードウェイが本場のエンターティナーの集まりだし。


「もし軽くでも貴志が出れるなら、サンタにでもさせて、飴でも客に配らすか?」


「それ名案ですね! 高科先生! それはそれで贅沢な使い方なんで観客も喜びそうですしねえ」


「12月に復帰出来ないことを想定に色々組んでみるよ」


「お願いします」


 運命のXデーに向けて、水面下で着々と準備が整えられていた。



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