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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第六楽章 明日に架ける橋

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65.忍びよる影

 ──総リハが無事終わり後は本番を待つだけとなったところで、先生が、佐々木さんから急用の知らせを受け出て行った。


「何事もなければいいのだけど……」


 最近、色々とあったので少し心配になる。





 ◇





 ホール近くのカフェの席。衝立があり少し個室風になっている席で、佐々木は師の到着を、まだかまだかと少し苛つきながら待っていた。


 カフェの入り口にやっと姿を現した男に、急いで手を上げ席の場所を示す。


「何だよ本番前に。用事ならメールでいいだろ」


 明らかに不満そうな顔をして自分を睨む男に申し訳ないとは思うが、自分だって10年彼の側でマネージャーをしてきた。緊急案件かどうかの判断がつかないような仕事はしていないと自負があった。


「どういうことですか? 御神先生。何度電話を掛けても応答がないからと、今朝カンパニーに電話がありました。何故、私に何も言わないんですか? マネージャーとして私には知る権利があります!」


 佐々木は、いつになくはっきりした口調でスマホの着信履歴に表示された名前と番号を、代表であり憧れである目の前の男に見せた。


「個人情報もクソもないな」


「先生!」


 目の前で苦笑いする男に珍しく声を荒げる。


「笑い事じゃないです! いつからですか? 医者は一日も早く手術するべきだ。と言っていましたが?」


 自分の尋問に、観念したような顔をしてポツリと話しだした。


「違和感を感じたのは春先だ。日本に帰国する少し前。日本の病院で一回受診して、ドイツに来て再度」


「手術したら、まだ治る可能性あるそうじゃないですか! なら早くしましょうよ!!」


「今、そんなこと出来るわけないだろ」


「何言ってるんですか! 今ならまだ寛解も望めるって医師も!」


「ツアー終わったら行くよ」


 目の前の男は窓の外を見ながら、少し面倒くさそうに答える。


「来月のイタリア公演終了後にしますね。天野先生に相談します。12月はラストのクリスマスまで空いているので」


「は? 馬鹿か?」


「大真面目です! このあとのポーランドとイタリアは短いですし、それ終わって直ぐ手術すれば、12月のNY公演まで1ヶ月以上空きますから。1月も最初は無いですしクリスマス公演を天野先生に任せれば2ヶ月確保できます」


「お前、頭おかしいのか? そんなこと出来るわけないだろ?」


「頭がおかしいのは貴方です!! これは決定事項です! クリスマス公演に復帰したいなら、さっさと手術受けろ!」


 佐々木は尊敬する師でもあるが、5歳も年下である()()に向かって本気で怒鳴った。


「終わったらちゃんと受けるよ」


 目の前の尊敬する男は、視線を逸らすように外を見ながら、まるで他人事のように淡々と答えた。


 これだけの事態にも関わらず、飄々としている姿に佐々木は、(はらわた)が煮えくり返るくらいムカついたが、きっと彼の性格から今まで誰にも弱いところは見せなかったのだろう。


 今回たまたま病院が、連絡が取れなくてカンパニーの方に電話をしてくれたお陰で、知ることが出来ただけだ。


 きっとギリギリまで一人で抱え込み、一人で解決し、何事もなかったように彼なら振る舞い続けることも佐々木には分かっていた。


 医者の説明では『今もかなり無理をしているはずだから早めの手術を』と念を押された。


 それを聞いた以上、このまま年明け4月まで待たせることなんて絶対に出来ない。と佐々木は強く決心していた。


「怖いんですか?」


「あ?」


 師の鋭い視線が突き刺さる。10年間二人三脚でやってきたのだ。彼が何を言えば、どう答えるかなどは手に取るように分かる。


「では問題ないですね。今日の公演後に天野先生に話して協力を求めます。どうしますか? 日本で受けますか? それともドイツで? 日本なら天野先生にも相談しますが」


「殺されたいのか?」


 まるで氷のような無表情で、それでいて自分を射貫くように鋭く冷たい視線を向け、抑揚の一切ない低い声で師が放った。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 佐々木は下腹に力を入れ、腹から声を出す。


「やれるものならやってみろよ。自分の背中に全てが掛かっていると本気で思っているなら一日でも早く手術を受けろよ! なに餓鬼みたいなことをいつまでも言ってるんだ! ふざけるな!」


 佐々木は彼の下について以来、初めて本気で声を荒らげ怒鳴った。

 両手を強く握り締め、顔は赤く染まり、そしてその肩は小刻みに震えていた。


「お父上にも連絡しますから。どんな手を使ってでも、貴方には必ず復帰して貰わなければ、いけないですから」


「死ねよ」


「ええ。貴方が死んでしまえば私もこの命、必要ありません」


 真剣な顔をして自分を睨んでくる男の目に溜まった涙に、観念した男は呆れた表情を浮かべる。


「面倒な奴ばかりだな。病院はドイツでも日本でも、どっちでもいいよ」


「ではイタリアの後、一旦全員を日本に連れて行きましょう。そのほうが移動も練習もしやすいですし。そうと決まれば天野先生に、ご実家の病院を紹介して貰います」


「天野の所じゃなくていいだろ」


「天野先生がそれを許すと?」


「めんどくさ……」


 男が内ポケットのタバコを出そうとした瞬間、佐々木は強い口調で言う。


「手術終わるまで禁煙してください」


「殺すぞお前」


 その声に怯むことなく、佐々木は無言のまま真っ直ぐ彼の目を見て手を出す。


「うざ……」


 小さな声で文句を言うが無視して、タバコを半ば強制的に没収した。


「そもそも、禁煙する予定では?」


「今、殆ど吸ってねぇよ。お前のせいだ」


 その声に無視して、続けた。


「花音さんには?」


「もう少し日程がちゃんと決まってからでいい。俺から話す」


「了解です。とりあえず今日、終わってから天野先生と僕とで話しますから。先生は花音さんと帰ってくれていいです」


「は? 何でそうなるんだよ」


「貴方が居たら話がまとまりません! イタリア公演まではお好きにどうぞ。その後は私のスケジュールに従って貰います! いいですね?」


 佐々木は問答無用で、椅子から立ち上がり師に言い放った。


「うざい奴だな。そもそも5ヶ月早めたところで意味あるのかよ」


「貴方が発覚した時、今年の3月に手術を受けていたら、こんなことになっていません!! あれだけユーリさんに完治するまで復帰を許さないって言う人の、やることですか!」


「ユーリは奏者だからだろ。まだ若いし」


 変な言い訳をしてくる師の態度に呆れる。

 どうしてこの人は自分のことになると、こんなに後回しにするのかと。

 殴りたい気持ちでいっぱいだったが、ぐっと堪えた。


「本気で言ってます? 音楽家舐めてません? 100%の身体じゃないのに舞台に上がるんですか? そんな御神 貴志を見にくる、貴方の音を聴きにくる客に貴方はそれが最善の誠意なんですか?」


「あ? 舞台に上がっている時に症状でてねぇし」


「それ真面目に言ってます? いくつですか?」


 佐々木は子供みたいな言い訳をする男に、呆れるより、もはや笑えてきた。


「うるせぇぞ。あと幸造に言う必要ないから。あいつには関係ない」


「スポンサード契約書をご覧になってないんですか? 不測の事態が起きた場合、ウチは報告を義務化されています。お父上に報告ではなく、御神グループ会長に報告します」


「不測でも何でもないだろ別に」


「代表が休むんですよ? 不測です!」


「休まなければ、いいんだろ」


「もうゴチャゴチャ煩いです! 後はこっちでやります! 貴方のマネージメントは私に全権があるはずです!!」


 佐々木は呆れたのと、師の天の邪鬼で頑固な性格を痛いほと知っていた為、問答無用で席を立つ。


「では公演頑張って下さい。此方で動けることはやりますので。あと、ちゃんと私からの連絡には出て下さいね。それと、症状が少しでも出たら舞台上がるの中止ですからね! 天野先生に監視してもらいます!」


 佐々木は、椅子に座ったままの師を見下ろし、最後に止めをさしてカフェを後にした。





 ◇




「何でこんなに面倒な奴が次々と増えるんだか」


 小さな声でポツリと呟き、空を見上げる。


 内ポケットからライターを出し、火をつけようとしたが、ぼやける炎に呆れた顔で笑っていた。 


「どうせ禁煙だろ……」


 青く高かった空が灰色に変わり、通りの街灯に明かりが灯り始める中、男はその光を避けるようにサングラスを掛け、何もなかったかのように颯爽とあの光りの世界へと戻って行った──


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