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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第六楽章 明日に架ける橋

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64.秋色は溜息色

 天高く馬肥ゆる秋もいつの間にか肌寒く感じてくる季節になってきた。日本の秋と違って深まるのが早いし寒い! まだ10月だというのに。


 あれ? 肥えるだっけ? 何で馬なんだっけ? まあいっか~~


「せんせーー朝ですよ~~起きてくださ~~い」


「何時だ」


「8時ですよ~~」


 今日は、めでたくもユーリさんが退院する日だった。

 直ぐに舞台への復帰は先生も考えていないようだが、でも本当に良かった。


「ほらぁ。早く起きて下さい先生。ユーリさんが待ってますよ?」


「昼まででいいだろ」

「駄目です!!」


 朝が弱めな先生の布団をはがして起きるように言うが、丸くなったまま再び寝ようとする先生が可愛いけれど、今日は心を鬼にして無理やり起こす。


「何でユーリの為に朝っぱらから起こされるんだよ」


「いいから、早く行ってあげて下さい!」


 今日は午前中ホールが使用出来ないため、午後からリハを行い明日の本番に備える。

 その為、昼からは忙しくなるのと、明日からは公演が始まる為、急遽今日の午前中にユーリさんの退院が決まった。


 渋々着替えて部屋を出て行く先生を見送る。

 一緒について行きたい気持ちは山々だったが、先生に止められたのでユーリさんから、会いに来てくれるまで大人しく待つことにした。




 ◇



「タカシ。ありがとう!」


「少しは戻ってきたようだな体重も」


彼奴(あいつ)ら何処の組織なんだよ。殺されるかと思ったよ」


「元ドイツ軍人や、元プロサッカーチームのトレーナー他。有り難く思え」


「お腹いっぱいで吐きそうでした」


「それ、花音にも頼もうかなあ」


 真面目な顔をして言う師に、ユーリは驚愕した。


 男の自分ですら泣きそうになるくらいの、リハビリとトレーニングの毎日だったのを、女性に? しかも自分の彼女に? 冗談だろ? 


「タカシ? 冗談だよね?」


「俺、そういう冗談言わない主義なんで」


「いやいや。無理でしょう。俺でも死にかけたよ?」


「俺がやると甘えが出るから」


 いやいや筋トレそこまでしなくても。良くないか?


「明日から出ていい?」


「舐めてるのか?」


「本気だよ?」


「ない」


「え? 何でプラハ駄目なんだよ! モルダウは何回もやったし! 新世界だって!」


 声を荒らげて必死で訴えてくる男の顔を真っ直ぐ見てたずねた。


「お前の「音」はその程度で満足なのか?」


「タカシ!」


「100%に戻るまで板には上げない。そこまで戻ったと自信があるならテストしてやる。そのかわり1度きりだ」


「タカシ!」


「半年かかっても一年かかっても、三年かかっても構わない。ユーリ・プリセツカヤの音がでるまで必ず待つから。だから焦るな。いいな?」


「タカシ……」


「今、無理をして壊すようなことはするな。いいな?」


「……はい」


「明日午前のリハ後にパッセージ見てやるから。それから今後のカリキュラム組む」


「タカシ!」


「今日は無理せず、ゆっくりしとけ」




 ◇



「せんせーユーリさんどうでした?」


 戻って来た先生の様子が気になり、急いで聞いた。


「人の心配する程余裕があるとはねぇ」


 先生が少し意地悪そうな顔をして笑った。

「そういう意味じゃないもん! 酷いです先生!」


「分かってるって」


「むうう」


「あまり心配されたらそれが焦りになることもあるから、暫くは刺激を与えるな」


 先生が少しだけ辛そうな顔をして私の頭を軽く撫でた。

 やはりリハビリ含め今後が大変なのだろう。それで私に釘をさしたのだと理解した。


「ごめんなさい」


「いや」


 そっと抱き寄せ、抱きしめてくれた先生の胸に顔を埋める。

 こういうのって、どうすることも出来ないから辛い……


「ゆっくりで良いんだよ。人生長いんだから。お前もな」


「はい……」




 ◇



 お昼ご飯を終え、久しぶりに先生と一緒にホールに向かう。

 ユーリさんの入院で先生も忙しくしていた為、何だか新鮮だった。


「えへへ~~」


「気持ち悪い」


「だって嬉しいんだもん」


「怖いです」


「せんせ? 長生きして下さいよ? 先生が居なくなったら私、生きていけませんからね?」


 ん?

 視線を逸らした?

 気のせい?


 ほんの一瞬だった。

 考えすぎ? なら良いのだけれど……


「せんせ?」


 何もなかったかのように手を握ってきた先生に、ほんの一瞬だけ感じた違和感? のような感覚……


 あれは、何だったのだろうか?


 ホールまで直ぐ近くだった為、あっと言う間に着いてしまい、先程の「違和感」が何だったかを先生に追求するのを忘れてしまっていた。




 ◇




 総リハを無事終え、先生がスタッフと本番前の打ち合わせをしていると、天野先生が楽屋をたずねて来た。


「御神先生、佐々木さんが探してましたよ? 電話に出ないって」


 ──トントントン


 ──カチャッ


 ドアを叩きながら呼んだのが天野先生の声だったので、急ぎドア開けた。



「天野先生! 先生、居ませんよ今」


「あっ。打ち合わせか」


「ついさっき出て行っちゃいました」


「一足遅かったか」


「急用なんですかねえ?」


「御神先生に何度電話しても出ないって、俺の楽屋に知らないか? ってさっき、たずねて来たから」


 何だろう? そんなに佐々木さんが先生を探すようなことが?


 また何かあったんだろうか?


 くるくる移り変わる秋の空と同じくらい、日々色々なことが起こる最近の様子に少しだけ不安を感じた。


 秋色のせいかしら?


 ふと、窓の外を眺めると、色とりどりに染まった美しい景色に何故だか分からないが溜息が漏れた。


 一年前……


 二度ともう同じ失敗はしない──




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