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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第五楽章 禁じられた遊び

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62/92

62.過去との決別

 色々あったオーストリアを離れる当日の朝、ホテル周辺が物々しい雰囲気に見舞われてた。

 何と、先生が恩人と今でも言う例の御方がホテルまで見送りにいらしたのだ。


 護衛も付けず突然の訪問に、ホテルの方も驚きを隠せなかった様子だが、先生はただ笑いながら「()()の挨拶をしてくる」と言い、ロビーで待つ女性にツカツカと歩きはじめた。




 ◇



「Pass auf dich auf, mein lieber Takashi. Versprich mir, dass du glücklich wirst. Wenn du mich brauchst, kannst du dich immer bei mir melden. Ich bin doch deine Mutter.」

(元気でねタカシ。今度こそちゃんと幸せになるのよ。何か困ったことがあればいつもで連絡して頂戴。だって私は貴方の母ですからね)


「Danke, Sara. Ich habe alles dir zu verdanken. Mach's gut!」

(ありがとうサラ。全ては貴女のおかげです。お元気で)


 女性に抱きしめられた先生の姿に少しだけ複雑な気持ちはあったが、先生が言う「恩人」と言うのはきっと、一人で大変だった時代を支えてくれた「家族」のような存在なのだろう。と理解した。


 私にとって()()が、高科先生や、天野先生であるように。

 一生彼らは私にとって恩人だもの。




 ◇



「行こうか」


 先生が笑顔で手を差し出す。


「はい!」


 その手を取り玄関で待つ佐々木さんの車に乗ろうとした瞬間、先生に止められた。


「あっち」


「ぇ?」


 ヒューイさんの妹さんが、車の窓を開けて手を振っていた。



 ◇




「お邪魔しま~~す」

「悪かったね。タクシーでも良かったのにエミィ」


「ううん。ヒュイと後で合流するから、ついでよタカシ」


 ドイツメンの殆どはドイツ国内在住かチェコなど周辺者が多い為、集合日ギリギリまで指定ホテルまで来ない人が多い。今回ユーリさんが一旦抜けたことで、ドイツメンバーを取りまとめる仕事はヒューイさんが行っている関係もあり、エミルさんも私たちと同じで一足先に現地入りする。


 空港までは比較的近く、送ってくれたエミルさんにお礼を言い車を降りる。

 佐々木さんの車にバイオリンを受け取りに先生が向かった。


 貴重品であるバイオリンは基本奏者が管理する。

 私の場合、先生が管理しているけれど……

 うん。申し訳ございません。


 車の後部座席から男性に付き添われ出てきた、金髪の人に思わず声をあげた。


「ユーリさん!!」


「ウサギちゃん!」


「天野先生!?」


 天野先生に付き添われ、ゆっくり歩いてくるユーリさんの姿に思わず涙が出た。


「何なに~~? そんなに僕に会いたかったの? ウサギちゃん?」


「良かった……本当に良かった……」


「あ、ああ泣かないで? レディサクライ? ね?」


 ユーリは、目の前で小さく震えながら泣き出した少女の頭に手を伸ばそうとしたが、ふと、後ろにいる魔王の視線を感じ手を止める。


「ったく、ちゃんと自分で荷物運べるようになってから来いよ。阿呆」


 先生の注意にも、ニコニコしているユーリさんの元気そうな姿を見て、何となく嬉しかった。


 ユーリさんの場合ビオラとバイオリンの二種ある為、移動の際は大変なのだ。

 しかもユーリさんのバイオリンは時価数億円と言われる名器。今のユーリさんに、それを一人で移動の際に管理するのは厳しい為、天野先生にきっと頼んだのだろう。





 ◇




「1時間の為だけにビジネスって贅沢ですよねぇ」


「ファーストないからな。仕方ない」


 先生の答えに天野先生が少し呆れていたが、まあお高い楽器様の為? なら仕方ないのかしら?


 乗ったと思ったら、本当にあっと言う間に着いてしまった。

 天野先生が言う「贅沢」の意味が分かるような気もする……




 ◇





 嫌がるユーリさんを病院に送り届けてホテルへ向かい、無事チェックインを終え、今日から暫くお世話になる部屋に入る。



「せんせ。ユーリさんってどのくらい入院が必要なんですか?」


「身体的にはそんなにもう掛からないだろうけど、リハビリ含め体力や筋力落ちてるからな。後は本人の努力次第だろ」


 サラリと顔色一つ答えた先生の顔に、少しだけ複雑な気持ちになる。

 きっと内心では先生も心配しているはずだから……



 ◇




 次の日から、時間がある時に交代でユーリさんの病院にお見舞いには行っていたが、終始笑顔なユーリさんに癒されていた。


「ユーリさん、元気そうで良かったですねぇ? 先生」


「ああ」


 ん? 何だか素っ気ない返事だった。


「花音。ちょっと出て来る。一応、天野には連絡しておくから。ホテルから絶対出るなよ。もう夕方になるから」


 珍しく少し怖い? 真面目な顔して言う先生に驚いたが、素直に頷いた。





 ◇




 真っ赤に染まった空が部屋まで伸びてきて、少し冷たい風がほんの少しだけ開いた窓から入り込み、クリーム色のカーテンを揺らしていた。

 美しくも何故か泣いているようにも見える赤い空。



 ──カランッ


「Verdammt!」

(ちくしょう。何でだ!)


 床に落ちた弓を拾おうとした瞬間だった。


「いつ医者の許可が出たんだ? 聞いてないが」


「タカシ!」


 男は床に落ちた弓を拾い手に持ったまま、目の前の金髪男に低く冷たい声で続ける。


「お前さぁ。馬鹿なのか? 今、自分が何を一番優先するべきか分からない程、低脳だったとはな」


「だって!! このままじっと待ってて本当に元通りになるか? 保証なんか何処にもないじゃないか!」


「なら聞くが、焦れば元通りになるのか?」


「タカシ!」


「言ったろ? どんなことがあっても必ず俺が元の世界に連れ戻すって」


「タカシ……」


「どうせこんなことじゃないかと思って来てみれば。バイオリン出せ」


 師が手を出す。

 拒否権の無い視線で真っ直ぐ俺の顔を見る彼の言葉に観念して、バイオリンを差し出した。


「ビオラ」


 問答無用で、両方取り上げられた師の顔を見つめる。


「大丈夫だって。俺がついてるから」


 泣き崩れ、床にしゃがみ込んだ男のふわふわで柔らかな金色の髪を撫でながら、ゆっくりベッドに座らせた。


「ちゃんとリハビリして体力つけて、それからだ。10年前にもやっただろ? その頃に、ほんの少しだけ戻るだけだろ?」


「はい……」


「専属のトレーナースタッフをデニスに紹介して貰った。明日からチームが来るはずだから」


「え?」


「しっかり励みなさい」


「え? え?? ええ? デニス会長が??? 何で?」


「将来的にドイツフィルをユーリ・プリセツカヤが継ぐことになるから投資しとけって言ったら二つ返事だったぞ」


「はあああ? 何で勝手にそんなことを!!」


「何か目標がある方が頑張れるだろ? ハハハッ」


 楽しそうに笑う師の顔は、以前「一緒に客を楽しまそうぜ」って言ったあの頃、何も希望がなかった俺をワクワクさせてくれた時の顔のままだった。


 俺が「御神 貴志」に魅了され続ける理由は、きっと()()なんだろう。

 そして世界中の彼のファンもきっと同じだろう。

 常にキラキラと輝いている憧れの存在──


 負けたよ。貴方には……


 音楽の神と言われる「御神 貴志」の本当の理由。


 それは「音楽」を心から愛していて、その「音」に全てを掛け、そしてその「音楽」を世界に発信し熱狂させたい一心で日々上を目指している神の化身。


「いつか俺の指揮で、()()のバイオリンで舞台に立っても良い?」


「レンタル料高いぞ」


「出世払いでお願いします」


「さっさとしないと延滞金つくぞ」


「でも、もう少しタカシの下で勉強させてよ」



 ──笑いながら去って行った師の思いと期待に応える為の試練が、明日からのユーリに待ち構えていた。










第五楽章完結






「今話で第五楽章完結になります」

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