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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第一楽章 嵐を呼ぶ男

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6/10

6.それぞれの思い

 ──ざわついた教室が、先生が中央にゆっくり歩いて来ただけで、全員が注目し静かになった。


「『交響曲第9番新世界より 家路』花音さっさと用意しろ!」


 こ、怖……


 これ最初ソロなのよね……


 天野先生の顔を見る。流しの際に先生がタクト振ることはないと聞いた。

 指示が入るだけと。


 ユーリさんがニヤニヤしながら隣で見ているのがちょっとムカつくけど、今は集中する。


 天野先生のピアノから入る。


 ガダニーニ凄い!。ゆっくりとした低音部でも、ふらつくことなく綺麗に響く。

 夕日をイメージして、家に帰る人へ贈る。


「第二、音遅い! 高科抑えろ!」

「クラ、四段目入り早い」

「天野、テンポ乱れてる5小節目」


 先生の怒号が次々と飛んで行く。


「高科! やる気あるのか?」


 高科先生や、天野先生にも容赦なく怒号が飛ぶ。


 あれ?

 何で私にだけ何もない?


 スルーされてる?


「高科! 音抑えろ!」



「そういうことね」


 ユーリさんが小声で呟きニヤリと笑った。


 どういうことなんだろ?


 その後も、休憩の声が掛かるまで先生の怒号は止まることはなかったけれど、何故か私には何一つ指示が飛ぶことは無かった。


 何で?



「愛されてるねぇ~~全員をキミの引き立て役にするだなんて、あのタカシから想像もつかなかったよ」



「え?」


 どういうこと?

 私の引き立て役?




 ◇




「やってられっかよ!」



 ──バンッ

 高科先生が、部屋を出て行った。


 どういう意味?



 天野先生の顔を見たが、天野先生も高科先生を追いかけるように部屋をあとにした。

 第二バイオリンを担当する、アカデミーのみんなも何だかヒソヒソと話しをしてる。


 先生は、無言で奥の椅子に座ったまま、相変わらず近づくなオーラが半端ない。



「初演のしかも一番の見せ所のスローパートの家路だからねえ。まあ贔屓したい気持ちもわかるけどね。これだけ、あからさまだと流石にミスタータカシナも複雑なんじゃないかなぁ? ね? カノ、あサクライサン?」


 贔屓? 先生が?

 まさか?

 どういうこと?




 ◇




「タカシ~~流石に露骨すぎじゃ? あれじゃキミの大事なウサギちゃんが浮いちゃうよ?」


「お友達ごっこじゃない()()を見せてやるよ」


 久しぶりに見た、背中がゾクリとする笑ってない笑顔に、ユーリは驚いた。

 あの日、愛する神から告げられた別離宣言。その時の氷のような笑顔とソックリだった。


 目的(おんがく)の為なら手段を選ばない、一見冷血に見える狂わしい程の音楽愛。

 その想いを知ったから黙ってロンドンへ行った。

 神の無言のお願いを受け入れた。


「ま、まさか。その為に自分の女を?」


「音楽に私情は挟まない主義なんで」


 笑って部屋を出て行った音楽の神の姿に、ユーリは絶句した。


 全財産を懸けてまでカノンと言う無名の少女を選んだ理由をユーリは知りたくて、世界ナンバーワンバイオリニストを捨ててまで日本に来た。


 その「音」は良くも悪くもなく、普通だった。

 それなのに何故? タカシがそこまで惚れ込む理由がユーリには不思議でならなかった。






 ◇




「先生! どうしてですか! 何で私には何の注意もないんですか?」


 私は部屋を出て行った先生を必死に追いかけてたずねた。



「あ? オケ中についてくるな」


 先生の冷たい顔が、胸に突き刺さる。

 分かっているけど、あまりにも……

 それにユーリさんの言葉も気になってしまい。


「ごめんなさい……」

「駄目なところに平等に注意しているだけだ。特に言う必要ないなら別に」


「ぇ? でもユーリさんが……」


「勘違いするな。それがオケの顔でありファーストのソロだ。それに値しない演奏なら誰であろうと切るのは同じ」


「……」


「自惚れるな。仕事とプライベートは別だ。自分の女だから特別はありえない」


「……はい」


 淡々と語る先生の言葉に、他の言葉は出なかった。

 そしてその瞳に優しさはなかった。

 先生と一緒に出来る。先生に教えて貰える。


 とんでもない……

 これがプロの世界なんだ。


「分かったなら帰りなさい」


「はい……」





 ◇




 部屋に戻るが、皆の視線が突き刺さる。

 だからと言って誰も私に直接言うことはない。

 それが余計に今の私には辛かった……


 オケの顔であるファーストのソロ。主席マスターの重圧。

 舞台に上がれば、観客はファースト担当の私をコンサートマスターとして認識してその「音」をコンマスの「音」として査定する。


 オケメンのリードやスケジュール管理などは、高科先生が今回は行ってくれているが、舞台の上でオケを引っ張って行くのは私だ。


 出来なければ切る。

 先生の言葉が頭の中で繰り返される。



「ウサギちゃん? ダイジョウブ? 無理ならいつでも言ってね? かわってあげるから。ハハハッ」


 ユーリさんの笑いに目が覚めた。


 この座は誰にも渡さない!

 先生が私の為に一年掛けて準備してくれた舞台。

 その座を誰か他の人が?


 ありえない!



「いえ? ご心配には及びませんわ。練習を見て頂いても良いかしら? ユーリさん?」


 まだ始まってもない戦いに、今から怯えて降りる訳には行かない!


「タカシ、バイオリン1艇貸して」


 先生が、練習室の保管庫から()()()のバイオリンを出し、ユーリさんに差し出した。


「世界一なら見せてみろよ。ガダニーニじゃなくても違いを」


 先生がみせた笑った顔は、()()()()()()()()()


 オケメン全員が一斉にユーリさんに注目した。

 先程遅れて部屋に戻って来た高科先生と、天野先生もその姿をじっと見つめている。


 全員が世界ナンバーワンの至近距離での演奏に固唾を呑んで見守る中、ユーリさんがゆっくりとバイオリンを構えた。


 音楽の本場ヨーロッパのフィルの主席とは、世界の主席とも言える人。

 全世界の頂点に立つ男の演奏が始まろうとしていた。


◆◆おまけ◆◆

『交響曲第9番新世界より 家路』:ドヴォルザーク作曲。小学校などのから夕方17時になったら放送で流れたりする地域も昔はあった。その名の通り、帰宅をイメージさせる曲。

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