5.嵐を呼ぶ男
桜並木が日毎にピンク色が濃くなり、優しい色が一面を包んでいた。
柔らかな陽射しと、緩やかな風に心まで温かくなる。
とは、全く逆の緊張感漂う一室。
朝から激しい怒号が飛び交っていた。
ほんの少し前までの穏やかな雰囲気が一変した。
昨日までご実家に戻っていた高科先生が、今日から練習に合流しユーリさんに挨拶をした。
が……
それはいきなり始まった。
「ミスタータカシナ? このオケのファーストは、レディーサクライでは? 保護者が多い姫なんですね」
「もう一回言ってみろ! だからさっき言ったろ! 桜井は先月まで学生で未経験だから今回は俺がサポートするだけだって言っただろ!」
「ずいぶん甘いんダネ。ニホンジンは。小さな島の中でオトモダチゴッコしているキミラと、俺達は違うんだよ。俺達はクラッシックの本場ヨーロッパ全土から選ばれた人間なんだよ。キミラのオママゴトに付き合う程暇じゃないんでね。コンマスが聞いて呆れる発言だね?」
静まり返る一触即発の事態が動いた。
先程まで二人の言い合いを黙って見ていた先生が立ち上がり、ユーリさんのもとに歩いて行く。
「もう一回言ってみろよユーリ。俺もお前が見下す日本人だが?」
「止めて!」
「いつまでそんな日本人とか、くだらない話を! コンマスとかどうでも良い! 音楽を愛する者に国境なんか関係ない! 馬鹿なの? 時間の無駄。練習の邪魔だから全員出て行って! 白井さん、第二とビオラ集めて頂戴。家路から始めましょう!」
「さ、桜井?」
「ぇ? 桜井、今、馬鹿って言った?」
「ヒュゥーイイネ。ウサギちゃん!」
「煩い! ウサギじゃない! オケはチームワークです! 文句あるなら貴方の自慢のヨーロッパでも何処にでも帰れば?」
「ハハハハッ。よく言った」
先生が手を叩いて笑うが、私は先生にもムカついている。
「笑い事じゃないです! 先生まで参戦しないで下さい!」
「あ? 犯すぞ」
そんな顔をしてもダメですよ先生。 私、怒ってますからね? もっと早く止めてくださいよ……もう!
「5分休憩後に、家路から通します! 宜しくお願いします!」
私はオケメン全員に頭を下げ手を叩いた。
先生は明らかにイライラした様子の顔を見せたが、奥の椅子にドカッと座って話しかけるなオーラ半端ない。
参戦してなかった天野先生が、先程からチラチラ私を見る。
い、いや、無理ですからね?
そうじゃなくてもイライラしていた中に、私が出しゃばったことで、先生の怒りが今、最高点に達しているはずで御座います。無理です。近づけません。
帰って謝ろう。うん。
悪かったとは思いますが、あれ以上続けても余計に……
アカデミーの皆さん引いてましたし……
高科先生のあんな顔……
普段皆さんあまりみませんものね……
え?
そんな中、全く気にせずツカツカ歩き出した金髪男に、私は驚いて凝視した。
ちょ、い、今? 行く?
嘘でしょ?
原因アナタですよ?
分かってます??
雷落ちますよ?
◇
「ユーリ邪魔。お前日本公演出番ない。帰れ」
「タカシどうしてもダメ?」
「俺に同じことを言わせるのか?」
「練習見るだけならイイ?」
無言のまま椅子にふてくされた様子で座る師の顔を見て、金髪碧眼の長身男は、無邪気な子供のような顔を浮かべ、愛する神の腕に飛びついた。
「邪魔。1メートル以内に近づいたら殺すぞお前?」
「いやん、その冷たい目も素敵~~タカシに抱かれたい~」
「死ねよ」
え?
「え?」
「え?? ユーリさん?」
「ユ、ユーリさん?」
「せんせ?」
???
先程までの緊張した空気とは違う、異様な空気が漂う。
どういうこと?
え?
先生とユーリさんが?
???
先生は何も言わず、額に手を添え俯いたままだ。
ええええええええ?
ちゃんと帰ったら説明してくださいね? 先生?
「タカシのステディ(恋人)のユーリで~~す」
「天野、大使館に電話しろ。ビザ取り消し申請したいって」
「タカシ!」
「どけろ。一メートル以内接近禁止って言ったはずだ」
部屋を出て行こうとする先生にユーリさんがしがみついた。
どういうこと?
「ちょっと、待ってまって! 冗談だってタカシ! 冗談ではないけど? あ、でもくっつかないって約束するからああ!」
??が飛ぶ私に、天野先生が小声で呟いた。
「ユーリ・プリセツカヤの有名な噂だよ。まさか本当だとは思わなかったけどね。彼は、どっちも派だ。あ、御神先生は無いから。そこは大丈夫だから。まあユーリの場合は環境的にもね。両親いなくて、御神 貴志に憧れて亡命に近い形でドイツまで追いかけた人だから……」
「えええええええ?」
「あ、ライバルではないと思うから? 安心して?」
私は、高科先生の方を見た。
高科先生も苦笑いしていた。
うそおおおおおおお!
「ウサギちゃん、タカシに言ってよ~~仲良くしようって? オケはチームワークでしょう?」
ウルウルした目で私を見てくるユーリさんの頭に、先生からの拳骨が綺麗に入った。
「花音に近づくなと言ったはずだが? ドイツに戻るか、言うことを聞くか決めろここで」
先生が私の前に立ち、ユーリさんに鋭い目で言った。
「わかったよ……でも、カノ、あ、サクライが俺にバイオリンを教えてくれって言ったんだよ?」
「それ以外必要ない。あと花音の良さを殺したら、二度と俺の前にその面見せるな。プロとしてのお前の仕事を期待する」
「Ich habe es verstanden, Gott.」
(わかったよ。神様)
何か先生、疲れてません?
うん。もの凄くその気持ちわかります。
ってユーリさん、嵐すぎません?
この人とよく一緒にやっていましたよねえ。
先生のその苦難がちょっと可哀想に思えてきた。
高科先生と、天野先生も同じような顔をしていた。
これから起こるであろう嵐の到来に、私達全員が不安を抱いていた。




