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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第五楽章 禁じられた遊び

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58.至上のアリア

 綺麗な顔をしたまま眠る、少年のような男の頭を撫でる。


「阿呆が……」


 医師からの説明を先程聞き、四肢や脳を含め奇跡的に何処にも損傷がないことを聞かされ安堵した。


「う、う、、ん」


 少年の手を握る。


「タ、カシ? 何で?」


「何やってんだよ阿呆」


「何でいるの? 今日公演が……」


「完治するまで大人しくしろよ」


「舞台は?」


 自分の身体より、俺のことを気にする男の手を握り答える。


「いつになったら俺は、隠居出来るんだよ阿呆が」


「ごめんなさい」


 恥ずかしげも無くポロポロ涙を流して泣く、幼子のような少年を布団の上から軽く抱きしめる。


「タカシ、痛い……」


「阿呆が。心配掛けるなよ」


「行っていいよ」


「いいよ。今、帰ったら俺が殺されるわ」


「え?」


「朝までいるから、もう少し寝ろ」


「ごめん……」


 金色のふわふわした髪を撫でてやると、涙を堪え自分を一心に見つめてきた男の頬に、ほんの少しだけ軽く口付けをする。


「タ、タカシ!!」


「これ以上は無理だからな?」


「一生顔洗わない!」


「阿呆か。寝なさいもう」


「やだ。もったいないから」


「もう一回、轢かれてみるか? 阿呆」


「ごめんなさい。怒ってないの?」


「怒ってるよ。お前にとって音楽ってその程度だったのかと。あの時、拾った俺の目が狂っていたのかと自分にな」


「ごめんなさい……」


 泣きながら抱きついてくる男の背中を撫でてやる。そのままそっとベッドにゆっくり降ろそうとすると悲しそうな顔をするが、痛みに歪む顔に無言で我慢するよう諭す。


「音楽と公私混同するなよ。俺の為に弾くのは俺の最期の日だけで良いから」


 笑いながら言う師の顔は、10年前に声を掛けてくれたあの時と全く同じだった。


「そんな日は来ないよ。タカシ」


「お前らさぁ、俺に楽させてやろうとか思わないのかよ」


「ない。タカシは永遠に俺の憧れだから」


 即答する男の頭を軽く叩く。


「イタっ。病人!」


「病人ならさっさと寝ろよ」


「一緒に寝る?」


「殺すぞお前」




 ◇




「ごめんなさい……」


 勝手に拗ねて逃げ出した挙げ句、天罰を受けたという愚かな自分の行動にも拘わらず、怒ることなく、しかも自分の命と同じくらい大事にしている舞台を馬鹿な男の為に、捨ててくれた愛する師の、焦がれ続けるその髪に手を伸ばそうとした時だった。


「襲うなよ」


「起きてたの?」


「気分は? 医者呼んでくるから待ってろ」



 ◇



 これ以上愚かな自分の為に、引きとめることは流石に出来ず、師に帰ってもらうようにお願いした。


「また来るから」と言って、あの光の世界へと戻って行った永遠の憧れの背を見て、何故だか涙が自然と溢れていた。


 ──生きていて良かった。


 もう一度、()の隣に立つことができることに心から感謝した。


「ごめんなさい……」


 あの時ほんの一瞬だけでも、愛する神を生涯自分のものに出来るなら?

 と馬鹿げたことを考えた自分に後悔した……





 ◇




「先生、ユーリさんの様子は?」


「一週間もすれば普通に歩けるようになるだろ。今日終わったら少し休みになるし」


「プラハには出られそうなんですか?」


「どうだろう。まぁお前と違ってその気になれば直ぐ板に上がれるだろうから」


「ひどおおおい!」


「キャリアの差。そもそものレパートリーの数が違うから」


 ですよね……

 しかもロンドンフィルのあの膨大な数の舞台を全て一人で一年、背負った人ですものねぇ……


()()を、お前に望んでいるわけではないから俺は」


 先生が笑いながら去って行こうとするから、急いで追いかけた。


「どういう意味ですか?」


「お前には、お前にしかない良さがある。ユーリにはユーリにしかない良さがあるのと同じで。全員同じだと、つまらないだろ?」


 笑ってバスルームに消えて行った先生の後ろ姿を見ながら、改めて先生の凄さを実感した。


 誰とも比べたり競争したりは一切しない。唯一無二の存在。


 その彼の強さに、世界が憧れを止めることが出来ない。


 でも、先生って誰に頼ったり甘えたりするんだろう?


 全員が先生の背中に寄り掛かってしまったら、先生が潰れちゃう……


 昨夜はユーリさんに付き添い病院で過ごした先生は、疲れた顔を一切見せず何事もなかったように朝方帰って来て、そのまま寝ずに先程まで昨日休んだ分の対応に追われていた。


 幸い弦楽器中心の演目だった為、急遽天野先生が代役を務めたが、アクシデントにも慣れているドイツフィルメンバーの経験により難なく終えることは出来た。


 でも、やはり「御神 貴志」を観るために高いチケットをわざわざ購入してくれた人たちに対しての申し訳ない気持ちは、一番先生が感じているだろう。


 昨夜殆ど寝ていないだろうと思える先生は、休むことなく忙しく動き回る。


「先生! 少しは休んで下さい!! お願いだから!! そんなに自分を責めないで! 全てを一人で背負わないで下さい!」


「花音……」


「お願いだからぁ……先生こそ、たまには止まって下さい。総リハだけなら何とか私達でやりますから。だから休んで下さい! 本番まで!」


 絶対に弱い姿や、疲れた姿を誰にも見せようとしない、ボロボロに崩れる姿を見せようとしない先生の背中にしがみつく。


「大丈夫だって俺は」


「大丈夫じゃない時に大丈夫って言わない約束でしょ? それに大丈夫じゃない時が来たら、私が困るんです! だから寝て下さい!」


「大丈夫じゃない時はちゃんと休むから」


 先生が頭を撫でてくれたが、その手を掴む。


「たまには言うことを聞いて下さい!」


「天野に電話する」




 ◇




 電話を終えて戻って来た先生を無理やりベッドルームに連れて行き、部屋を出た。


 夕刻に佐々木さんが先生を迎えに来ることで話がまとまり、私は一足先にホールに行く準備をはじめた。



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