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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第五楽章 禁じられた遊び

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57.神様お願い

 はじめて彼の存在を知ったのは、生きるためにドブネズミ同然の生活をしている時だった。

 客先でたまたま流れた小さなテレビからの、時折かすれる確かな神の音色。


 震えが止まらなかった。


 客を悦ばすことを忘れ、初めて目にする()()()()の存在を前に、身体中が硬直し電流が走り抜け、呼吸が出来なくなった。


 涙が止まらなくなり気づいた時には、なけなしの金を握りしめ暗い夜道を無我夢中で走り、逃げるように国境を越えていた。


 やっとの思いでドイツまで辿り着き、テレビの画面下に小さく書かれてあった名前と場所を、必死で探したずねた。


 やっと見つけた建物の入り口で係員にたずねたら、身なりからか即座に摘まみ出された。それでも毎日通って、面会を求めたが神の姿を見ることは出来なかった。


 そして、奇跡は突然訪れた。


 通い始めて2週間くらいたったある日、願いが叶った。

 毎日願い続ければ願いが叶うのだ! と、神様に感謝した。


 初めて()に掛けてもらった言葉は今でも鮮明に覚えている。


「お前、音楽が好きなのか?」


 神が笑いながら声を掛けてくれた瞬間だった。


 神は、俺のみすぼらしい身なりを気にすることなく、手を差し出し立たせてくれ、何日もまともに食べてなかった自分を、何も言わず食事に連れて行ってくれた。

 それからは安住の地を与えてくれ、職を用意してくれた上、給金まで出してくれた。


 そんな愛する存在から告げられた別離の言葉……



 涙で視界が滲み歪む中、行く当てもないがトボトボと歩いていた時だった。






 ◇◇





 ──キィッキキキーーガッシャン!! 


 鼓膜を突き刺すような激しいゴムの摩擦音が夕暮れ前の交差点に響き渡った。

 アスファルトのざらついた感触が、一瞬遅れて体に伝わる。


 ──ドンッ!!


 鈍く重い衝撃音と共に、身体がふわりと宙に浮いた感覚に襲われた。


 視界が上下に激しく回転し、歪んだ街路樹が一瞬見えた後、悲鳴のような音がアダージオのスローモーションで流れてきたが、目の前が真っ黒になり深い闇へと堕ちていった──





 ◇◆




 ──ピーーピーーピーー


 規則的で何処か無機質な電子音が耳の奥に響いてきた。


(なんだこれ? ここはどこだ?)


「大丈夫ですか? 分かりますか? ここが何処だか分かりますか?」


 瞼が猛烈に重い。無理やりこじ開けようとすると、じわっとした鈍い痛みが走る。


 スローモーションだった景色が徐々に鮮明になって来た。


(どこだ?)


 眩しいほどの真っ白な天井に、機械音とモニター画面。


 先程から何度も呼びかける声のする方に向こうとした瞬間、首から後頭部にかけてすざまじい激痛に襲われた。


「あ、君! 動かないで! ここが何処だか分かりますか? 自分の名前言えますか?」


「……ユーリ・プリセツ、カ、ヤ」


 何とか自分の名前をゆっくり答える。その後、傍にいた医師から色々な質問と四肢の可動域などを検査された。


「かなり派手に飛ばされたみたいですが、奇跡的に全身骨にも内臓にも損傷はありません。打撲と軽い脳しんとうはありますが、頭痛は暫く休めば回復するでしょう。運が良かったですね。本当に奇跡だ」


 医師と看護師が微笑んだ。


 その言葉を聞いた瞬間、頬に涙が伝った。


「……生きている」


 自分でも分からない。

 あの時、死のうとしたわけではないと思うのだが……


 医師がまた様子を見にくるからと、病室を出て行った瞬間、咄嗟に両腕と両手指10本が問題なく動くか試し、握って力が入るかを一番に確認した自分に笑った。


 また音楽が出来ることに涙が溢れた。

 神から音楽を取り上げられなかったことに感謝した。


「何処かで音に触れていたら、きっといつかまた()に逢える日が来るよな……」






 ◇◇





「ハァハァハァ。御神先生!! 大変です!! ユーリさんが!!」


 佐々木は、今までの人生で一番の速さではなかろうか? というくらい猛ダッシュで師の元へ向かう。


「走るなよ! 機材がまだあるのに! 何だよ? そんなに慌てて」


「大変です! ユーリさんが交通事故に遭って!! 今、病院から連絡が!!」


「は?」


 男は目の前のマネージャーの腕を掴み、ロビーに引きずり出すように強引に連れて行く。


「どういうことだ? 佐々木?」


「詳しくは……ただ命に別状はないと。車に轢かれ病院に運び込まれたから、来てくれって。夜、本番ですよねぇ先生……」


 佐々木は不安そうな顔で、師の顔を見上げた。


「………」


 男は固まったまま絶句した。




 ──ガチャ


「先生! 何しているんですか!! 早く行ってあげて下さい! どっちが大事なんですか!! そんなことも分からないような音楽家が人の痛みを音で表現出来るわけがないでしょう!! 感動を与えられるわけがないわ!!」


「うるせぇぞ花音」


「ゴチャゴチャ言ってないで急いで! あとのことは天野先生と高科先生に言っておきますから! 早く!!」


「ったく……小姑が」


 先生は少し睨みながらも私の頭を軽くポンと一回叩き、すぐにマネージャーさんに振り返った。


「佐々木、病院は?」


「タクシー玄関で待たせてます!」


 佐々木さんが言い終わる前に、先生は既に玄関に向かって走り出していた。


 ──どうか無事でいて。

 神様、お願い。

 彼を守って下さい──


◆◆おまけ◆◆


アダージオ:音楽用語にも『アダージョ』(ゆとりのある、ゆるやかな)はありますが、此方はクラシックバレエでの『アダージオ』をイメージしております。「ゆっくりと」は同じ意味ですが、「ゆっくりした動き」を意味します。

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― 新着の感想 ―
Xからここまで跳んで来ました。 一大ドラマが始まるところですね! まず複数キャラ成立させてるところが凄いと思います〜。
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