53.爆弾発言
──結局、軟禁状態はリハ終了するまで解除されることはなく、大人しく先生の楽屋から一歩も外に出ることなく過ごした。
それにしても、出たら別れるって酷い……
──ガチャ
「せんせーーーーーー」
入口のドアが開いたので急いで走って行ったら、睨まれた。
「走るなって言わなかったか?」
「だってぇえええ~~リハとチェック終了ですか?」
「今、ピアノの調律している。それ終わったら上がれないから」
「晩飯食いに出るぞ」
「え? 良いんですか? でも先生って本番前って食べないですよね?」
「ずっと閉じ込められてたら、逃亡したくなったら困るので」
先生が笑いながら頭を撫でてくれた。
「むぅうう。もうしないってばああ」
◇
「本当に食べないんですか?」
「夜、食わない日なんか殆どだろ」
「……ですよね」
先生は基本的に朝ご飯は食べるけれど、昼は忙しい時は移動中に車の中でパンを食べる程度で、夜は休日の時ぐらいしか食べない日が多い。
公演が終わり、少し緩やかな時間を過ごしている時はちゃんと三回食べるが、公演中になると一日1食ですらまともに食べれない日も多かった。
「フルーツだけでも?」
「イチゴがいい」
食べるんかい! じっと待って自分で食べようとしないところが可愛い。普段の先生からは考えられない姿だろう。
フルーツと、珍しくスコーンとスープだけを軽く食べた先生が、じっと私を見つめる。
「何ですか?」
「いや?」
もう? 何ですか? じっと見て。
「何ですか!! もう」
「これで頑張れるわ」
「え?」
先生の笑顔の意味がわからなくて、たずねた。
「良いんだって。そのままで」
「は?」
「イチゴ、ヘタ取って」
食べるんかい!!
先生って絶対フルーツの皮とかヘタとか付いてると手つけないのに、綺麗に実だけにすると食べるわよね。偏食はないんだけど……
一人の時って何食べてたんだろ?
「ねぇ? 先生って一人の時って何食べてたんですか?」
「は?」
「だってフルーツとか皮付いてたら食べないし、魚も骨あると食べないし……」
「付いてないもの食えば良いだろ。時間の無駄だし」
え? 時間の無駄って……
真面目な顔をしてさらりと答えた先生の顔に思わず吹き出した。
「あん?」
「何でもないです……」
音楽以外、全てがどうでも良い思考の先生は、やはり「御神 貴志」であった……
◇
少し早めの軽い? 夕食を済ませホールに戻って来た。
「1階10列目、関係者席10ーE」
「え?」
「観客席、一席空けたから」
「え? えええええ? 良いんですかああああ?!」
「自分のオケをリアルタイムで観客席から客観的に見れるチャンスはそんなにない。しっかり勉強して来い」
「嘘! やったあーーーーーー!!」
思わず先生に飛びついた。
「あっ!」
即刻、睨まれたので反省する。
「もう本当に大丈夫なんだってばぁあーー」
「うるさいよ?」
「……ねぇ? このあと打ち合わせですよねぇ?」
「入れないですよ」
先に言われてしまった……
「じっとして見てるだけでも?」
「スタッフにしても神聖な場所です。見学者連れて遊び半分で行くことは出来ない」
先程までの柔らかな表情が一瞬にして師の顔に変わる。
先生の言う通りだ。私達、演者だけでなく照明さん他支えてくれているスタッフに対して失礼な発言だった。
「ごめんなさい」
普段プライベートでの先生は、余程のことがない限り私に怒ることはない。
そのかわり仕事モードの時は、私情は一切なくその姿勢は崩れることはなかった。
「天野が調律後に時間空くはずだから、遊んで貰ってなさい」
遊んで貰うって……
「天野先生の部屋に行っても?」
「最終日の変更箇所含め、スコアチェックを天野に頼んでるから、調律終わったら来るはず」
なるほど……そういうことですか。
徹底してますね。手際が良いと言いますか流石で御座います。軟禁状態は変わらないってことですね……
──トントントン
「天野です」
「どうぞ~~」
「何でお前が答えるんだよ」
先生に睨まれた。いいじゃないですかああああ。
──ガチャ
「調律終わって、舞台設定終了しました」
「お疲れさん」
「了解です。シュトラウスはフルで桜井が? 第一を?」
「第二やるか?」
先生が私の顔を見ながら笑う。
「やだーーファーストが良いです!!」
「まぁ後半厳しいならユーリにすぐチェンジ出来るから、花音で組んでて良いよ」
「了解しました」
「あと、そろそろ離脱者出るぞ。一応多めにデニスから借りて来てるけど11月なったらあっちも動き出すからな。次のチェコあたりで、交代で先に休ますつもりだから」
「そうですねぇメインシーズン前に少し調整したほうが良いですねえ」
「プラハ終わったら5人ずつ削る。アカデミーの子中心に交代で。イタリアまでに由紀呼ぶから、天野も一回休んで良いぞ」
「イタリアって初日パガニーニでしたっけ?」
「初日はピアノ抜きでいけるから。最終日のヴィヴァルディは由紀でも」
「了解です」
「我儘言わずにちゃんと留守番しとけよ?」
えっと……私は園児ですか?
その目は何ですか?
「先生って何で天野先生と二人なら何も言わないんだろ?」
私はそれが不思議だった。これユーリさんなら多分許されないような……
「対象外だからでしょう」
「ぇ?」
え? どういう意味ですか?
「俺、彼女居るから」
「ええええええええええええ?」
爆弾発言来たーーーーーーーー!!
「え? ええええええええええええ?」
「そんなに驚くことでもないだろ。失礼だなお前」
「ええええええ? ええええええ??」
「先生知ってるから?」
「まあねぇ。長いし」
「ええええええええええええ?」
「日本にいらっしゃるんですか?」
「………」
「え?」
「ええええええええ?」
「俺のことは良いから、さっさとスコアチェックしなさい」
いやいや、集中出来ないです。そんな爆弾発言聞いて。
まぁ? 天野先生もある意味イケメンですしねぇ?
って、まじか……
「まさかとは思いますが、オケメンに居るとかはないですよねえ?」
「言う訳ないでしょう」
「先生に聞いても?」
「言わないように言ってますから」
えええええええええ!!
めっちゃ気になるぅううううううう!!
「良いから、さっさとやりなさい。皇帝入ってるんだろうね?」
「多分?」
「はぁ?」
「まさかとは思うけどシュトラウス全部入ってないとかはないですよね?」
「多分? 大丈夫? きっと?」
「はぁ? 御神先生それ知ってるの?」
「…………いやダイジョウブ! 問題ない!」
1週間前に合同練習でやって以来シュトラウス弾いてない……
ヤバイ……
バイオリン持って来てないしなぁ今日……
「まぁ明日一日あるし、正直に御神先生にちゃんと言いなさいよ?」
「はい……」
うん。ちょっとヤバイかもコレ……




