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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第五楽章 禁じられた遊び

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47.本格始動開始  

 昨夜の興奮冷めやまぬ中、まだ薄暗い寝室でスヤスヤ眠る愛しい女の額にそっと口付けし、小さな声で呟いた。


「ありがとう」


 そして、男は音を立てないように気をつけながら寝室をあとにした。


 全てが一段落し、日本にいる父親に電話を掛ける。





 ◇




『ありがとう。担保は?』


『少し早いが誕生日プレゼントだ』


『にしては3000は奮発だろ』


『10年か。よく一人で頑張ったな。お前には何もしてやれなかったから』


『今日デニスと契約を結ぶ。ウチの条件はアカデミーの子の受け入れと、フィルメンバーの斡旋、現地での練習場他の協力しかない。それ以外は勝手にそっちで』


『ドイツフィルの今の経営は調べたが良くないね。ただ名門の看板は悪くないウチの企業イメージとしても』


『まさか買収する気じゃねーだろうな』


『お前が戻るなら買いに行くが?』


『要らないです。そろそろ隠居したいんで』


『やめるのか?』


『育てる方に。その為の基盤を俺がいる間に整えてやりたい』


『会社を継いでもらえる希望はなさそうだな』


『あと20年ぐらいしたら考えてやるよ』


『まだまだ先か。ドイツフィルに関しては条件がある。お前が年に数回舞台に立つ条件付きで資金援助は考える。今のままだと、いくら出しても焼け石に水でメリットが無い』


『ギャラ高いぞ』


『ドイツフィルの相場は?』


『ドイツやロンドンだと200から300が最低ライン』


『それの倍か?』


『ぐらいかな。客演なら3倍』


『身内割で』


『ビジネスなんでこっちも、まあ考えといてやるよ。じゃあな』


『誕生日おめでとう』


『ありがとう』





 ◇




 リビングルームのテーブルに所狭しと並んだ、ドイツ公演最終日成功を祝う花や、メンバーからの誕生日プレゼントの中から、小さな小箱を開ける。

 万年筆に彫られている文字に思わず笑った。


『Kanon』


「あいつ人の誕生日の品に自分の名前入れるか? ありえないだろ」


 笑いながら、スーツの内ポケットに入れてある長く使っていた万年筆を取り出し、新しいプレゼントの物と交換した。



 ──ガチャリ


「あれ? 先生いた」


「起こしたか? ごめん」


「ううん。お布団が冷たかったから、何処かに行っちゃったかと思って」


 目を擦りながらまだ眠そうに歩いてくる女を、急いで抱き上げる。


「まだ寝てろよ。大丈夫だって黙って何処かに行ったりしないから」


「一緒がいい」


「ごめん、今日もう少ししたら、出ないといけない」


「どこにぃ?」


 寝ぼけた顔して、悲しそうな顔で自分を見つめてくる少女の頭を撫でる。


「デニスに会ってくる。そんなに長くはならないから。終わったら迎えに来るから昼飯食いに行こう」


「デニスさんってドイツフィルの人?」


「新メンバーのこともあるし、ちゃんと契約し直す」


「そっか……」


「留守番出来るか?」


「……仕方ないので頑張る」


 再度眠るまで頭を撫でてやり眠り始めたのを確認し、そっと部屋を出た。






 ◇



 ※会話は全てドイツ語ですが、日本語にて表記します


 ※「公演大成功だったそうじゃないか」

 ※「お前のお陰で久々に楽しめたよ。二度目はないぞ」


 目の前の豪華な椅子に座り、髭を撫でる男を睨む。


 ※「まさか、オルレアン公妃まで担ぎ出すとはな」


 ※「友達なんで。()()に花を添えてくれただけだ」


 ※「友達ねぇ……オルレアン相手に喧嘩するつもりはこっちもないよ」


 ※「契約書だ。融資に関しては前向きに検討するらしい。連絡先だ」


 目の前の立派な机に、契約書と同時に一枚の名刺を投げるように置く。

 髭面の男は手に取り中身を確認した。


 ※「なるほどな。援助してやる代わりに、Mikamiの傘下、いやお前の下に付けってことか」


 ※「俺の下ではないだろう。スポンサー殿の意向に沿うのは同じだろ? マイヤーみたいな出来損ない担ぐより、よっぽどウチの新人のほうが未来あるぞ?」


 ※「良い音出してたな。どうせロンドンの裏切り者もお前に付いて行くんだろ。ミシェル達含め。ウチの主要をごっそり持って行かれた以上仕方ない」


 ※「ユーリらじゃないんだよお前の負けた理由は。完成品で勝負しようとするから直ぐ終わるんだよ。まだ分からないのか。この先10年、いや30年以上先の名門を守る努力しろよ」


 ※「理想だな。お前が言ってるのは」


 ※「その理想の為に俺は生涯を掛ける。ここには育てて貰った恩がある。戻ることは出来ないけれど、必ず俺が立て直す。サインしろ」


 デニスは目の前の男が17歳の時、ここで契約書を書かせた遠い昔の記憶が蘇った。


 ニューヨークの名門校を飛び級で卒業し、鳴り物入りでヨーロッパに来た少年の音を聴いて、どんなことをしてでも迎えたくて半ば強引に契約書にサインさせた。


 ※「あの時とは逆になったな」


 ※「そんな昔の話もう忘れたよ」


 ※「お前、ここの会長継がないか?」


 ※「結構です忙しいので。養わないといけない奴らがこれ以上増えたら、俺寝れないから」


 ※「身体だけは大事にしろよ。現役引退したら真面目に考えてくれ」


 ※「どいつもこいつも……スローライフ計画なんだって。じゃあな」





 ◇


 ──ガチャ


「まだ寝てるのか?」


 テーブルの上に運ばれた朝食が手付かずだった為、心配になり寝室に急ぐ。


「かたつむり」が出来上がっていて、笑いながら撫でた。

 暫くそのまま撫でていると「かたつむり」が頭を出してこっちを見る。


「せんせ! あれ? あれええ? 出かけるって?」


「もう終わって帰って来ました」


「ぇ? 今、何時ですか??」


「もう直ぐ11時になりますが?」


「えええええ?! 一回起きて、シャワーしたんですよ。でもまだ眠いって……あのまま寝ちゃったんですね……」


「ずっとそのままでいろよ」


 幼女のような濁りのないキラキラした瞳で、一心に自分に向けて笑う愛しい女を抱きしめた。


「そろそろ起きたらどうですか? 花音さん?」


「ごはん~~ごはん~~何処連れて行ってくれるんですか?」


「姫の食べたいものを」


「何がいいかなあ~~来月にはもうドイツ出ちゃうんですよねえ? なら今のうちにウィンナー!!」


「よくお前、飽きないな」


「美味しいもん! 次ってポーランドでしたっけ? ポーランドって何が美味しいですか?


「は? 何でポーランド? オランダですよ」


「ぇ?」


「日程表ちゃんと見てるのか?」


「……オランダって2日しかなかったですよね?」


「大丈夫かよ」


 先生に呆れた顔をされた。

 それよりも気になることが……


「そのあとのオーストリアって先生の……」


 この前来ていた人が居る国よねぇ。


「そういうことだけは覚えてるよなぁ」


 先生がほんのちょっとだけ、遠い目をする。


「何もないんですよね?」


「俺の戻る場所はお前の所しかない」


 何か誤魔化されたような……


 昔のことを何度も聞くのは嫌がるのは分かっているけれど、気にならないと言えば嘘になる。でも全く恋愛経験が無い。なんてことはあり得ないし……


「飯食いに行くぞ」


 モヤモヤした気持ちのまま先生について行く。


 ただ、この日を境に、そんな感情を考える暇もないぐらいプロの本当の大変さを経験することになる。





 ◇





 ドイツ公演終了後は、初演の感動を味わう余韻もなく、束の間の休日を終えてからは、怒涛のように時間が流れ去って行った。


 次の公演に向けての準備と練習が毎日遅くまで続き、変わらず先生の怒号が飛ぶ中、慣れたドイツフィルメンバーに付いていくだけが精一杯だった。


 そして遂に2カ所目に向けて旅立つ日となった。


 今回はオランダまで飛行機で行き公演日数が短い為、終わり次第直ぐ次の公演地のオーストリアに向かう予定だった。



「せんせ〜〜他に持って行くものって?」


「ホテルに衣装とか必要な物は既に送ってます。現地でも大抵の物は買えますから」


「ありがとうございます……」


「体調気をつけろよ温度差激しくなるから」


 そうよねぇ。こっちに来た時はまだ夏だったのに、今は既に秋になりつつある。

 早すぎるわ……


 これからハードスケジュールになるのよねぇ。本格的に移動しながら月2カ所公演を2週間毎にこなしていかなくてはいけない。


 12月のニューヨークで行われるクリスマスコンサートまでは超ハードスケジュールでヨーロッパを周っていく。


 先生は全公演に出れなくても良いとは言ってくれているが、体調崩して先生の足手まといになるような事態だけは避けないと……


「今話から第五楽章となります」

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