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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第四楽章 革命のエチュード

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41.本物の音楽家

 天野先生と二人で早めの昼食を食べる。

 高科先生は、待機しているメンバーに今日のこれからの流れを説明していた。


「天野先生、私達だけこんなに呑気にご飯食べてて良いんですかねえ?」


 先生からの? 依頼を受け、ヒューイさんらのドイツメンは、ドイツフィル本部に今は行っている。


「仕方ないでしょう? 設営さんや照明さん来るの13時半だし、今からホール行っても誰も居ないよ?」


「そうですけど……」


 天野先生って意外と冷静よねえ?


「必要なことはちゃんと御神先生が連絡してくるから、今は気持ち切り替えて、しっかり夜の為に食べなさい」


「……はい」


「高科先生と代わってくるから、絶対ここから移動するなよ。いいですね?」


 分かってますって……これ以上私が迷子とかになって迷惑はかけれないことぐらい……

 怖いですって天野先生……



 せんせ大丈夫かなあぁ……朝ごはんも食べてないのに。

 心配にはなるが、今は周りにこれ以上足を引っ張らないように、私は自分の出来ることに専念する。


 13時にホールへ向かうまで、ホテルから出るなと無言の圧をかけられた天野先生の言うことを聞いて、昼食をつまみながら、軽く今日の演目の流れに目を通す。


 ドイツ公演は5日間あるが、そのうち2日を連日で行い明日休みを挟み、後半3日間行われる。


 1日目がメンデルスゾーンで、2日目の今日はバッハを先生は選んだ。


 G線あまり得意ではないんですけど……

 そんなこと言ってる場合ではないですよね。


 一曲目は弦中心の『ブランデンブルグ協奏曲』でそのあとが『管弦楽組曲』のG線か……これでもかってぐらい弦楽器押しの日よね今日って……


 今日って二つのバイオリンの為の協奏曲もあるのよねぇ……

 ユーリさんのビオラがまたこれが上手すぎて……

 泣けるわ……





 ◇




 そんなことをぼんやり考えていたら、天野先生が部屋に戻って来た。


「用意出来てる?」

「スコアとバイオリンと、衣装とで良いですよねえ?」


「御神先生の衣装分かる?」

「一応出してます」


「飲み物や軽食やメーク道具とかは現地に全てあるから。楽器と衣装だけで」


「ユーリさん達の分は?」


「14時にはこっちに帰ってくるってさっき連絡あったって。追加メンは直接ホールに向かうからって」


「先生は?」


「御神先生は連絡ない……でも大丈夫! 絶対来るから!」


「……はい」


 天野先生が、先生の衣装やスコア他必要な物の忘れがないかチェックしてくれている間、私も自分の用意を再度チェックする。


「よし、行くよ!」


「はい!」


 お父さん? と一緒にホールへ向かう。

 ありがとう。お父さん、そしてお母さん!





 ◇






「ユーリさん!!」


「ウサギちゃん!!」」


 ウサギじゃないってばぁああ。

 まぁ今日は仕方ないか……


「大変だったらしく、すいません何か。私だけ呑気に」


「いや、全てタカシが動いてたから。こっちはササキチャンと、どんどん契約書にサインさすだけで」


「え?」


 ユーリさんの笑いに、何とか目処がついた? ことに安堵した。


「ところで先生は?」


「もうすぐ帰って来るんじゃないかなあ? すんごい人来るよ今日」


「ぇ?」


 それだけ言ってユーリさんが手を振りながら去って行った。


「天野先生、今のユーリさんの言葉って? ユーリさんが言う凄い人って??」


「誰だろ……何処かの新聞社? その程度で凄い人ってユーリが言わないよなあ……」




 ◇



 集合時間の30分前になり、続々と皆が集まってきた。

 ユーリさんやヒューイさんの紹介で、新メンバーとの顔合わせも急ぎ行われ、あとは先生の出番を待つだけとなっていた。


 開演時間は19時だけど、本日はまだ一度もリハをしていなかった為、15時に総リハを1度だけ行い、そのまま本番を迎えるというかなりの強行スケジュールだった。


 時計の針を見る。


 あと5分で15時になるため、全員が舞台に向かう中、私も仕方なくバイオリンを手にし、控え室を出ようとした時だった。



 ──ガチャリ



「先生!」


「待たせたな」


 先生の笑顔に、涙が溢れる。


「その涙は今日の公演が終わってからにしろよ。今日が本当のデビューだ」


「ぇ?」


 先生が優しく微笑みながら私の頭を軽く撫でた。


「さて、仕事して貰いますよ」


 先生の顔がいつもの「音楽家」の顔に戻っていたことに安堵した。




 ◇




 先生の代わりに佐々木さんがストップウォッチを持ち、録音の準備をする。

 総チェック時間が無いので、リハ録音した音を先生が本番までのたったの1時間で直すと言う、神の仕事を行う。



 全員が楽器を構え、指揮台に立つ先生に注目する


 そしてタクトが振り下ろされ、全員がバッハを奏でる。


 嘘、信じられない……

 初めて合わせたとは思えないぐらい……


 既に何年も一緒にやってきた仲間のような共鳴だった。

 ミシェルさんやユーリさんが連れてきたとは聞いたけれど……

 その水準の高さに驚愕する。


 これがクラシックの本場の本物の音楽家達なんだ……


 ◇



 1曲目の通しリハが終了し15分の休憩の間、先生が照明さんと話しをしている。

 先生、朝から何も食べてないのに……

 大丈夫かなぁ……


 恐る恐る、そーっと静かにほんの少し後ろから見つめる。


 こっち向けーーーー

 と、念じながら。



 向いたーーーーーー!


 急ぎバームクーヘンと珈琲だけを近くに置いて、逃げる。


 怒るかなあ? と思って先生の顔を見る。


 無言だが先生がこっちに来い? と指だけで軽くジェスチャーした。

 それに従い再度近づく。


 隣の客席に座った私に先生は何も言わなかったが、照明さんや設営さんと話す中、珈琲を少しだけ飲み、カップを私に渡した。


 本来劇場内は飲食禁止であるのは私も承知していた。

 それでもどうしても気になって……


 設営さん達が一旦持ち場に戻った後、先生が軽く私の頭を叩いた。


「飲食禁止」

「ごめんなさい……」


「いや。ロビー出るぞ」




 ◇




 急ぎでバームクーヘンを手に持ったまま先生を追いかけた。


「朝から何も食べてないですよねえ?」


「あーー慣れてるから大丈夫」


「そんなことに慣れないで下さい!」


 もううう!!


 バームクーヘンを少しづつ食べる先生に思わず笑った。

 何でその食べ方なんですか!!


 先生を見ていたら、大きなトラックが目の前に停まり、台車に積まれた生花が次々とロビーに入って来た。


「ぇ?」


「先生、全席先程埋まりました」


 佐々木さんが走って来た。

 どういうこと?


「払い戻し分を再売り掛けた分だ」


「ぇ?」


 先生はそれだけ言い残し、佐々木さんの所に行った。



 ◇



「佐々木、降ろす場所指示しといて。あと二階にロイヤル席5席用意しろ」


「今日お見えになるんですか?」


「さっき空港付いたって連絡あったから開演までには来るって」


「護衛の方々の席は?」


「必要ないってさ」



 せんせ?


「さて、戻るか。あーG線お前もう少し豊かに弾けよ。ピッチ早いわ」


「すいません……気をつけます」


 早足に舞台に向けて戻る先生のあとを走って追いかける。


「走るなって。コケるぞ?」

「だってぇええ」


「大丈夫。ちゃんと今日はお前のデビューを飾らせてやる」


 先生がにっこり微笑んだ。


 先生に手を引かれ、後半のリハに挑む。


 開演まで残りあと、2時間──

 緊張感が一層深まる。



◆◆おまけ◆◆

『管弦楽組曲』:組曲第三章が有名な『G線上のアリア』です。一度は耳にしたことがある方も多い名曲です。

『ブランデンブルグ協奏曲』:G線同様、第一楽章はCMなどにもよく使われる、大変メジャーな曲です。



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