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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第四楽章 革命のエチュード

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37.緊急事態(1)  

 初めての異国の地! 毎日が夢のよう! と喜んでいたのが、つい昨日のことのように懐かしく思える。

 長かったようであっという間の一ヶ月だった。


 遂に今日、ドイツでの初公演。

 世界ツアーの初演を迎える。

 無事午前のリハーサルを終え、緊張を束の間忘れるかのように、控え室で談笑をしている時だった。



 ──ガチャ


「ハァ、ハァっ。すいません! 御神先生知りません?」


 突然ドアを開け、息を切らして入ってきた男性の姿に皆が驚く。

 先生の事務所のマネージャーさんである佐々木さんだった。


「多分タバコ吸いにその辺にいると思いますよ?」


 彼は、私の答えに直ぐに視線を出口に移す。


「ありがとう!」


 急いで走って部屋を出た、佐々木さんの後を高科先生が追いかけた。




 ◇




「御神先生! 大変です!!」


「あ? 何だよ?」


「実は、今日のチケットのことですが~~~~~」


「はぁ? あのクソッが!」


 男は吸いかけのタバコを珍しく地面に投げ捨て靴で踏み潰した。

 その姿を見ていた高科も、事態の重さを危惧し、二人に近づく。


「どうします?」


 マネージャーである佐々木は、師でもある彼の顔を不安そうに見つめた。


「チケット自体は5日とも完売なんだよな?」


「はい。ただその分の何処までを、()()()に押さえられているかが……。手を尽くしてはいますが、何分(なにぶん)時間が…すいません」


「とりあえず今日のか」


「金銭的な損害は此方にはないですが、半数は押さえられています……」


 2人の会話に高科は思わず声が出る。


「半分も?」


 高科は驚愕の顔で佐々木を見た。


「クソが!」


 苛立つ弟分に高科が声を掛ける。


「貴志、今は俺達に出来ることを精一杯しよう。母校に電話してみるわ。学生達を招待してやろうぜ」


「2000席の半分で1000か。初演に仕掛けてくるとはな」


「よほど愛されたようだな」


 高科は苦笑いしながら、弟分の肩を軽く叩く。


「めんどくせーーーーー」


「佐々木は取り敢えず、明日からの動向を。その後のウィーンやチェコにも影響出ないか注意しとけ」


「了解です」


「どうせメディアも押さえてられているはずだ。金の使い方考えろよ成金が」


「中々の粘着ですな。問題は桜井だな……」


 彼女の記念すべきプロデビューが、こんな汚い形で汚されることになることを心配し、高科は男を再び見つめる。


「ドイツ語も英語も読めないことに今は感謝だな」


「それだけで済むならいいけどな……」


 高科は、これだけで()()が終わるのか? 心配していた。


「花音はどんな手を使っても俺が守る」


 久しぶりに見た、目の前の男の憎悪と冷たい彫刻のような微笑に、高科は背中に冷たいものが流れた。






 ◇



 ──ガチャリ



「あ! 先生! さっき佐々木さんが探してましたよ?」


「さっき会った。ユーリちょっと話しがある。あと天野も」


 それだけ言って先生がドアを閉めた。


 何かあったのかしら?

 でも何かあったなら先生はちゃんと言ってくれるわよね?





 ◇



「は? 何だそれ?」


 ユーリは意味が分からず、怪訝な顔を浮かべる。


「え? 半数を? 今日の分をですか?」


 同時に天野も理解出来ず、たずねた。


「今、分かっているだけでな。実際開けてみればもっと増える可能性も」


「純粋な音楽を!」


 ──ガシャン


 ユーリは怒りを露わにし、近くにあったゴミ箱を蹴った。


「そういう世界だ。ある程度の邪魔は想定していたけどな。メディア操作だけじゃなく、現生仕掛けてくるとはな。ハハハッ向こうも随分やる気なようで」


「笑い事じゃないよ、タカシ! 今日はサクライの大事な日だよ!」


「分かってるよ。多分舞台で崩れる。ユーリ、バイオリン一応用意しとけ。第一のスコアは?」


「僕を誰だと?」


「第二のビオラは高科にカバー入らすから。あとは天野頼むぞ」


「了解です。姫には?」


「舞台出る前に俺から説明する。そこで立てなかったらユーリ任せるぞ」


「マジ死ねよ。音楽で勝負してこいよ!!」


「ゴミ箱直しとけよ」


 男はそれだけ言い残し、去って行った。


 残された天野とユーリは、互いに今夜の舞台が記念すべきデビュー公演になるはずの姫を心配した。


 控え室で何も知らずに過ごしている姫の顔を見るのは気が重いが、二人はどちらともなく互いの肩を叩き合い、姫のもとへ急いだ。





 ◇



「おかえりなさ~~い」


「うさぎちゃん、飴食べる?」


「ユーリさん! ウサギじゃないってばあ!」


「あれ? 先生は?」


 何も知らず、キョロキョロ保護者を探す幼子のような顔する女に、ユーリは一瞬、彼女の頭に手が伸びそうになったが、飴を差し出した。


「ありがと~~」


 小さな子供のように微笑む彼女の笑顔を直視出来ず思わず席を立ち、出口に向かう。


「御神先生、関係者へ挨拶とかで色々忙しくて、開演時間までには必ず帰るからって」


 天野は緊急事態に対応している王子の姿を、姫に懸命に隠すことだけに集中した。


 ユーリと天野は刻一刻と迫ってくるタイムリミットへのカウントダウンに、出来るだけ平静を装いつつ、心配そうに王子の不在を気にする姫の側に交代で仕えていた。


「先生遅いですよねぇ? 佐々木さんも何か急いでましたし……何かあったんですか? 高科先生も全く姿見えませんし?」


 こういう所だけは、勘が働くよなあ……


「初演だからねぇ。色々あるんだよ。それよりちゃんと軽食とった? 桜井の場合お腹空いたら音に影響するからねえ」


「天野先生……それって私って食べることしか無いみたいじゃないですかあ」


「近いものは、あるけどね」


「ひどおおおおい!!」



 ──ガチャ


「高科先生!」


 高科先生の姿が見えたが直ぐに視線を天野先生に移した。


「天野ちょっと」


「ちゃんとお腹に入れときなさいよ?」


「は~~い」




 ◇



「聞いたか?」


「一応。どうですか? ベルリン大学」

「200ちょっとなんとか……すまない」


 先輩である高科は、天野に深々と頭を下げる。


「いや、急遽ですし充分ですよ。有り難う御座いました」


「貴志は?」


「分かりません……開演までには戻るとは言っていました」


「桜井には?」


「出番前に御神先生から直接話すって……」


 ──沈黙が暫く続く。


 いきなり出番前に事態を伝えると言う彼の案を、否定も出来ないし肯定も出来ないこの状況に、二人は少しでも事態が好転すること。


 そして、その為に今、奔走しているであろう王子の報告を待つしかない自分達に苛立ちを隠せなかった。


 何も出来ないまま、ただ時間だけは無情にも過ぎて行く。


 開演1時間前になり、既に全員が着替えなどを済ませ控え室に集合する中、肝心の船長が未だ不在の船に、事態を知っている男達三人はなんとも言えない不安と憤りでいっぱいだった。



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