34.父と息子
──先生のご実家で、先生が居ないのにお風呂頂くって……
しかもお風呂デカ!
私って厚かましすぎかしら?
と、若干自分の行動に反省しつつ由紀様に言われた通り、先生の部屋で楽譜をペラペラめくっていると、先生から電話が。
『ごめん遅くなった。これから帰る。マンションか?』
『ご実家の先生のお部屋にお邪魔しております~~』
『どうする? 朝迎えに行こうか?』
『来て? これから』
『そっち泊まるのはパス。迎えに行く』
『わかりました』
何でそんなに実家に帰るの嫌がるのかしら?
みんな優しいのに……
それから30分ほどして先生から再び電話があり、玄関まで出て来いと言われ、由紀様に一応挨拶に行き、今日のお礼をしていると。
御神パパ様が。
「何を自分勝手なことを! 花音さんは所有物じゃないのに!」
あ、いえ。別に私はそれでも良いんですけど……
激怒するパパ様が玄関まで付いて来た。
嫌な予感しかしないのですが……
ちょ、パパ様!
突然、玄関前で停まっている先生の車目がけ、一直線に向かうパパ様に驚き、急いで後を追いかける。
「ちょっとおおおおおお!」
あの親にして、あの先生か……
沸点が……
何やら言い争い? をしている様子?
◇
「何時だと思ってるんだ! こんな時間に彼女も迷惑だろ!」
「あ? だから迎えに来てんだろうが!」
「なら、お前が彼女に合わせてあげるべきだろ! 何でお前を待ってた花音さんがお前に合わせるんだ!」
「は? 花音が嫌だって言ったのかよ!」
「お前に彼女が逆らえる訳ないだろ!」
「意味わからんし」
「帰るぞ、さっさと乗れ!」
先生が私に声を掛けるが……
めっちゃキレてるんですけど……
「いい加減にしないか! お前の都合に彼女を巻き込むのは止めなさい」
「はぁ? お前に関係ないだろ。花音が決める話だろ!」
ちょ、っと。
もうううう!
パパ様は先生を気遣って……
あんなに心配そうにしていたし。
先生が遅くまで仕事していることだって。
「せんせ。一緒にいこ?」
「あ?」
「眠くなっちゃったも~~~ん。はやく~~」
「ふざけんな!」
「たかしさ~~ん」
「犯すぞここで!」
「貴志!」
車のドアを開けて先生の腕を掴む。
「ね?」
しぶしぶ付いて来た先生を連れて、先生の部屋まで連行した。
「せんせ。お父様も由紀様も先生のことが大好きなんですね」
「は? 阿呆か」
「親孝行しましょ? 出来る人が居るんですから……」
ちょっとだけ先生が羨ましかった。
私は父親を知らない。母は私が小さい時に亡くなった。
殆ど母の記憶は私にはない。
あるのは病院の消毒液の匂いと白い建物と、一緒に遊んでくれた看護師さん達の記憶が微かに残っているだけだ。
「分かったって……泣くな」
先生が抱きしめてくれる。
ううん。あの時、何の躊躇いも無く、保護者欄に名前を書いてくれた先生に私は心から感謝しているもの。
「風呂入ってくる」
「うん」
◇
「何でコイツと朝飯食わないといけないんだよ」
「旅館みたーーーい! 凄ーい! せんせ。お魚骨取りましょうか? 貸して?」
ご機嫌斜めな先生から無理矢理、焼き魚の皿を取り上げる。
「お前そんなことまで花音さんにさせてるのか?」
「あ? 頼んでねーし」
二人のやりとりに由紀様も苦笑いしている。
「禁煙」
「めんどくせー家」
タバコを出そうとした瞬間パパ様から注意され、それをちゃんと聞く先生がちょっとだけ可愛かった。
無言で朝食を食べる先生が面白くて、つい笑ってしまう。
「あ?」
「別に? 何でもないですよ?」
「あ、先生このあと由紀様と一緒に『花のワルツ』弾いて下さいよ」
「はぁ?」
「ね? せっかくお二人が揃ったんですし!」
「必要ないだろ」
◇
「何で朝っぱらから、しかもコイツの前で、くるみ弾くんだよ」
未だにブツブツ言っている先生を由紀様と華麗にスルーする。
何と由紀様の提案で、先生が持っている国宝、あ、世界の宝、お値段20億円以上と言われる世界の名器「ガルネリ」様をお借りした。
「こいつに勿体無いだろ」
と、先生はずっと言っていたが……
うん、それは私も思いますよ?
由紀様の話だとこの「ガルネリ・デル・ジェス」の所有者は別に居て「使用権」を「御神 貴志」一代限りの条件付きで先生が亡くなるまで「使用許可」を得ている物だそうで、先生自らが指定した者に一時貸与は認められているそうだ。
その契約の経緯については、先生が由紀様を止めた。
ドイツに渡った当時、世話になった人。とだけしか教えてくれなかった。
パパ様一人の為だけに、プロピアニスト二人による、くるみ割り人形から「花のワルツ」バリエーションの演奏が始まる。
凄っ!
由紀様うま!!
先生はいつも由紀様に対して、ピアノのことは何一つ文句をつけることはない。
寧ろ「御神 貴志」にピアノを教えた師は由紀様だからだろう。
先生の繊細で情熱的、官能的な旋律に対して、由紀様の音は華麗で上品且つ気品高く、時に力強さがある。
産まれた時からの「姫様」のプライドなのかしら? 先生の感動的な印象と違い、うっとりする音色だ。
御神パパ泣いてる?
目頭を軽く押さえたパパ様が、拍手と同時に立ち上がった。
「ありがとう花音さん。素晴らしいプレゼントを貰いました」
パパ様が私の手を取り、何度も頭を下げた。
「何がプレゼントだよ。さっさと仕事行けよ」
「先生! 少し早いですが、父の日ですよ!」
私は先生を睨む。
「帰るぞ、花音」
もう、先生ったら……
部屋を出て行き、スタスタ廊下を一人早足で歩いて行く先生を追いかける為、パパ様と由紀様に軽く会釈だけして御神家を後にした。
車をいつもと同じように運転する先生の顔を見上げたが、ほんの少しだけ柔らかな表情をしていた。
私と一緒の時には殆ど吸うことがないタバコに火を付けたと同時に、車の天井がゆっくり開いた。
滅多に車の中では吸わない先生が、まるで照れ隠しのようにタバコを吸う姿がちょっとだけ可愛く見えた。
第三楽章完結
「今話で第三楽章完結になります。次回からは遂に世界へと」
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